母のお城はなくなった。#56
その夜、施設への引っ越し便に乗せられなかった細々した荷物を私の車に積んで、妹と二人で施設へ行った。
だいぶ絞ったつもりだったけど、すでに業者さんによって運び込まれたものは簡単には部屋に入り切らなくて、空き部屋に仮置きしてあった。
まずは、先日、夫と二人で組み立てておいた新しいベッドから引き出し式のエキストラベッドを取り出し、私が泊まりに来た時に使う布団をしつらえる。すでに疲れ果てていたので、はぁはぁ言いながらの肉体労働。荷物の片付けは最低限できるところまでやって、妹は帰宅。私は母の元のマンションに戻ってシャワーを浴びる。すでに入浴に必要なものは何も残ってないことに気づき、石けんなどを買いに行かなくてはならなかった。頭が回っていない。
それから夕飯を買って施設に戻り、その夜はエキストラベッドで寝る。
明日は、不動産会社が立ち合って最後の引き渡しの確認がある。その前に、朝からマンションの掃除と、私が引き取って持ち帰るものの整理だ。
その夜は、肉体があまりに疲れていたのと、神経が興奮していたのと、寝慣れてない環境なことと、明日の作業を考えると時間通りに終わるだろうかというプレッシャーで、なかなか寝付けない。朝は朝で、施設は6時前からドタバタと騒がしくなるため、朝寝もできない。
まったく疲れが取れてなくて、元のマンションに行く前に施設の部屋を片付けていたら、何度も立ちくらみがした。
不要品処分がメインとは言え、引っ越しを丸二日間だけでやるのにはやっぱりムリがあったか、と今さら思う。夜逃げより大変だ。
ほとんど一人暮らしだったマンションの母の部屋は、私たちが日常的な生活サポートをしていたものの、ふだん手つかずの部分には積年の汚れがこびりついていた。たとえば、網戸なんて一度も掃除したことがなかった。
そんなんで、掃除に想定外の時間がかかり、不動産会社が来る時間には終わっていなかった。なので「このあと、ここをこうきれいにしておきますから」などと言って、カギの引き渡しも翌日以降、母の施設に取りに来てもらうことになった。
マンション自体も古いし、母も十年以上住んでいたので、経年劣化なのか入居者責任なのかわからない傷みがあって、確認にも時間がかかった。
やっと片付け作業に戻った時には、もう夕方。
着物を取り出したあとのお茶箱は大型ゴミなので、役所へ廃棄の手続きだけはして、回収日の搬出はマンションの管理人に託すことに。そのほかにも退去前にすべきあれこれがあり、管理人がいなくなる17時までに打ち合わせをしながらバタバタと後処理をした。
最後に、私が持ち帰る荷物をまとめ、台車で何往復もして車に運ぶ。
大量の着物、ひな人形一式、リサイクルに売るもの、細々した消耗品、そして私の旅行荷物。あと、母が仕込んでいた古い梅酒を積む。
完全に重量オーバーだねと、妹が言う。
こうして、母のお城はなくなった。
母という人のすべてがビッチリと詰め込まれ、歴史が刻まれて来た、ほんの1LDKの部屋。
あんなに狭いと思っていたのに、すっかり空っぽになってみると、ガランと広かった。
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