切り捨てなくてはならない。#53

賃貸の狭いマンションながら、母の小さなお城であった部屋がなくなるのがさびしくて、行くたびにメソメソしていたことは何度か書いた。


施設生活もなんとか動き出したことから、延ばし気味にしていた正式な引っ越しをいよいよ考えねばならない。見積もりは取ってあり、あとは日にちを決めるだけ。6月の下旬にさしかかるあたりで決行することにした。


前日、私だけ先に乗り込んで、施設に持って行くものを決める。

洋服類は、退院直前の仮引っ越しの段階で、ある程度取捨選択してまとめてあった。あとは最低限の家具類、靴やバッグ、身の回り品と多少の趣味的なもの、それから写真や手紙をはじめとする思い出の品などだ。


それらを整理する前に、どうしても持って行けなくて処分することになるだろう物たちを、じっくり見ていた。子供のころから当たり前にあって、常に目にしていたものばかり。やはりメソメソしてしまう。


まず本棚。

昔はどこの家庭にもあった百科事典、父の文芸書。どれも真っ茶色に変色している。母が読んでいた本は小説からノンフィクション、実用書など多岐に渡る。読んで興奮気味に感想を言っていたのを思い出す。それから、私が自分のところに置き切れなくて預かってもらっていたもの。妹が子供のころに見ていた図鑑やねこの写真集。父のギターの教則本などもあった。

棚の隙間には、古い人形が飾ってある。


本棚も中身も持ち込めないので、丸ごと処分だ。またメソメソしながら、せめて写メしておいた。


次にサイドボード。

今の日本人の生活スタイルではそんなものは置かなくなったけど、やはり昔はふつうにあったものだ。いかにも、昭和だなぁという巨大さ。。。

中には立派な食器やきれいなグラス類、滅多に使わないけど形がきれいで、ほとんど飾り物と化している特別仕様の食器。母はお気に入りのものを整然と配置しており、普段使いのものではないために長年そのままの状態になっている。


使わないので要らないし、飾るにしても場所がないのでこれらも丸ごと処分。胸が痛む。

ほんの少しだけ私がもらうことにして、あとはまた写メした。


本棚もサイドボードも、その外側も中身も母の趣味、お気に入りの象徴だった。

それに、母のサイドボードは、世が世なら高値で売れそうなくらい見栄えがして、しかも汚れがほとんどついておらず新品に見える。でも、今どきほしい人もいないだろうから単なる大型ゴミだ。


最後はタンス。

これまた今の感覚で見ると巨大とも言えるタンスを含め三つもある。一番小振りなチェスト型のは施設に持ち込むことにして、あとは処分になる。

よそ行きのスーツやワンピース、皇室のような帽子、いわゆるハンドバッグ然としたバッグ類、マフラーやショール、そして高級そうな冬の外套類。あらためて、おしゃれだったなぁと思う。捨てるなんてもったいない。でも、いずれも今後出番があるとは思えなかった。

オーバーを一つ、私がもらうことにした。


いただきものを全部使わずにとってあったのだろう、高級タオル類も引き出しいっぱいに詰め込んである。これは、使いそうなものだけ施設に持って行くことにする。


そうやって、夜遅くまでメソメソしながら、母の大事にしていた持ち物を選り分けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る