仙台での父と母〜父の輪郭(1)#49

東京にいたころは、父との具体的な思い出や、父への何らかの表立った感情は、あまりなかったように思う。

が、仙台に来てからは、いろいろ思い出せる父の姿がある。


東京ではどうだったか記憶は曖昧だけど、仙台での父はとにかくまともな時間には帰って来なかった。ほとんどいないのに、いろいろな思い出があるのは私の年齢が一つ上がったせいか、あるいは、物語を読んでてラストに近い部分がより記憶に残るのと同じ原理なのか。


まず、いっしょに夕はんを取った記憶がない。朝ごはんをいっしょに食べていた記憶はあるので、やはり夕はん時間には帰宅してなかったのだろう。

しかも、自室で一人で寝ることに私もやっと憧れる年ごろになったのに、父が私の個室に仕事机を据えたせいで、それが叶わなかった。父はそこで、帰宅後も深夜まで毎日仕事をしていた。


休日の記憶は二つだけ。

一つは、社宅か会社の行事のテニス大会(?)で、敷地内のテニスコートで誰かと打ち合っていた姿。テニスができるなんて知らなかったけど、見よう見まねでやっていただけだったのかもしれない。


あと一つは、家族でどこかの古い庭園へ遊びに行ったこと。

夕方、帰る時にタクシーに乗ったのだけど、どういう経緯か運転手と不穏な空気になり、「降りる!」ということになって私たちは降りた。

すると、運転手も降りてきて、なおも父と言い合っていた。

子供の本能で、怖いものは見たくないので、そういう喧噪をぼんやりと受け流しながら、私は後ろ向きにしゃがんで手近な小石で地面の土をつついていた。


そのうち、怒号とともに砂利がこすれる音がし始めたかと思うと、ほどなく誰かの激しい息づかいとともにグヮシャッというような音が聞こえた。

何ごともないように、地面に意識を向け続けている私。

母も何か言っていたかもしれない。「やめて」みたいなこと?


一件落着したのかどうか、その後、促されて私も立ち上がり振り向いた。父は、服についた土ぼこりを手で払っていたようだった。

タクシーは走り去っていった。


実は怖かった。父がかわいそうだったし、心はザワザワしていた。何も見なかったけど、どっちが悪いにしても(たぶん運転手)、私は父の味方で、何があったにしても「やられた父」は見たくなかった。


温厚で、私も叱られた記憶がない。そんな父が、よほど腹に据えかねることがあったのだろう、こういうことは後にも先にもこの時だけだった。その時点までは。


仙台で、私は初めて「夫婦ゲンカ」らしきものを見た。

朝の食卓。何かを冗談めかしながら言い募っているような母。しばらくすると、父が読んでいた新聞をたたんで、母に向かって脅すように激しくバサッと振った(叩くマネ?)。

それをサッとかわした母は、それきり黙った。ちょっとニヒルな笑みを浮かべていたようにも見えた。


私はそれについて、何も思わなかった。取り立ててシリアスなこととは捉えてなかったのかもしれない。

内容も知らなかったので、どっちにしろどちらがいい悪いなどわかりようもないのだし、とにかく何らの感情移入もしないで、起こっていることだけを淡々と受け止めていた。


ただ、二人のそういう有りようは、私の記憶の限りでは仙台で初めて見るものだった。それ以前は、年齢的に気づかなかっただけかもしれないけど。

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