私たち家族が一番幸せだったころ。#39
小学1年生のころの自分について、大人になってからの私がずっと抱いてる一つのイメージがある。
私は透明なガラスの中にじっと閉じこもっていて、外界とは遮断されている。でも、透明なので、周りを眺めることはできる。
もちろん、子供同士で遊んだりしていたので、時々は外界と直接触れ合うことはできたのだろうけど、それが自分の意思だったかと言われるとそうじゃない気もする。
たとえば、クラスでほかの子たちが誰か一人をからかってはやし立てている場面があった。私はほかの子たちを見て、楽しそうだと思っていっしょになってはやし立てたのを覚えているけど、そうしたかったからじゃなくて、楽しそうなみんなに調子を合わせてやってみただけで、やってみたら何となく面白かったという感じ。一人の子をみんなでからかうのがどういうことを意味してるかなんて、まったくわかっていなかった。
家では、アンタは内弁慶だと言われていたので、たぶん親とはふつうに話していたはずだし、学校の級友よりも社宅の子との方が親しく遊んでた気がするので、本当に限られた場でだけ透明なガラスから這い出ていたのだろう。反対に、おそらくクラスでは目立たない方だったと思われる。
一言で言うなら、人間社会にまったく馴染めてないというか、まだ子供の社会にすらもうまく溶け込めてなかった、アホでぼんやりした子供。
そういう子が、母からどう捉えられたのか。想像はしてみるけど、実際のところは母にしかわからない。
そういえば、ヤ○ハの音楽教室に不本意ながら入れられて、心から楽しんではいなかったけど、音楽に親しむことにはなった。あんなどうしようもない子供ではあったけど、両親は何かを与えようとしてくれていたのだ。
そんな私も、小学2年の時に突然覚醒した。
タイミング的にはちょうどまた父が転勤して、違う土地(東京)にやって来た。それがきっかけとは思わないけど、新しい環境はとてもよかった。
私はいつの間にか毎日を能動的に楽しむようになり、あのころは生き生きしていたと自分で思う。まるで二度目の世の中デビュー、というか、この世に生まれ直してきたみたいだった。
社宅の子たちはもちろん、クラスの子たちとも積極的にかかわるようになっていた。
勉強の方では、漢字の書き取りが得意になっていたことは自分でも覚えている。母が言っていたのだけど、社宅の同学年の子のお母さんが、家では私にどういう勉強をさせているのかと訊いてきたらしい。何ごともライバル視され、時にはイヤミを言われ、自分の子の自慢をされたと言っていた。
ある日、その子がうちに遊びに来ていた。私たちは部屋の中でかけっこをして、最後はゴールであるベランダの窓に我先に突進した。
その子は真剣に勝ちたかったのだろう、ガラスに激突して、うちのガラスが見事に割れた。その子の腕の皮が三角形に切れて、じゃばらのようになって垂れ下がってるのが見えた。ものすごい出血量だった。
驚いて、外にいた母を呼びにいった。その後、本人の親が飛んで来て大あわてで連れて行き、夕方遅くに腕に包帯を巻いたその子と母親が病院から帰って来たのを見た。
母は私から事情を聞いていて、子供同士の遊びでの事故だと判断。でも、監督不行き届きということで、その親子にすごく謝っていた。何かお見舞いもしたようだった。だけど、その後、彼女のお母さんは私たち親子を無視するようになり、私がその子に話しかけた時には「お母さんから(私と)口をきくんじゃないって言われてるの」って言われて、いっしょには遊べなくなった。
一方うちでは、この事件について、母は私に「あなたは悪くないから(無視されても)気にしないように」ということと、「ああいう遊びは、しようと言われてもしてはダメ。ガラスには気をつけなさい」というようなことを言って、幕を閉じていた。
おそらく、あの子の腕には傷が残ったのではないかと今は思うので、本当に不幸な事故だった。女の子に傷がついて、しかもそれがライバル視していた私の家で負わされたものだとなれば、彼女の母が許せないと思った気持ちもわからなくはない。
でも、やろうと言ったのはあの子だった。エスカレートするのを止められなかったという意味では私にも責められるべき点はあるのだろうけど、うちの母の、相手と私への対処のしかたはあれでよかったと思う。
東京には2年住んだが、その2年間は下手すると私の人生で(結婚する前までは)一番幸せだった。母との関係も表立っては悪くなかったし、父も元気だったし、社宅の子たちや級友も全員仲が良い感じで、毎日が楽しかった。ただ、その親子から無視されてることだけが唯一の悩みだったくらいで。
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