誰の部屋?〜施設見学#35

傍目からは本心かどうかわからないながら、母が施設行きを承諾したということで、紹介業者さんの案内で見学に行くことになった。

現在、部屋が空いてるところから、母の年金収入に見合う月額料で、かつ母の状態に合うところということで、3軒リストアップされていた。


業者さんが先方とアポを取り、私たち姉妹と母を車で案内してくれる。いっしょに説明を聞き、意向をまとめて……と、入居までの面倒を見てくれて、それがすべて無料だったのでとてもありがたく、本当に心強いし助かった。


1軒目。

いきなりエレベーターが壊れていて、階段を2階分も上がらなくてはならなかった。母の足腰は大丈夫かと心配したけど、意外にひょこひょこ昇って来た。ガイドさんが「そんなお年とは思えない、本当にお元気ですね!」としきりに褒めるもんだから、うれしそうになおさらがんばって階段を昇る姿がちょっと可笑しかった。


部屋に通されて、どう? と訊かれると、母は「ふーん、いいじゃない」と言った。

私にはそれほどよくは思えなかった。なにしろ古いし、館内も暗い。部屋からトイレも遠かった。

さらに説明を受けながら館内を回ってる時、「ちゃんと覚えておいてね。あとで、どこがよかったか自分で決めてもらうからね」と言ったら、「え? 誰が??」と来た。「ママが」と答えると、「えーーっ! 私の部屋!?」と驚いた顔をした。


やっぱりわかってなかったか。

前日から病院で「明日は施設見学」と言われ、車の中でも散々そういう話をして来ているのに、忘れてたにしても、思い出したという感じでもなかった。


応接セットに座って細かい説明を受けてる時には、もう自分の住むところを見学してるとわかってたようで、「はい、娘たちにすべて任せて、私は従うだけですので」みたいなことを言った。そして、先日の病院での話し合いの時のように、背筋を伸ばして手をひざにそろえて、話すごとにいちいち頭をぺこぺこさせるなど妙な謙虚さを見せるのだ。


本当に全部わかっていて、施設に入る方がいいと心から納得しているのか、そうしたくないけどしかたなく妥協してるのか、あまりよくわかってなくて話を合わせてるのか。

それがずっと気になっていた。


2軒目では、すっかり見学のペースに慣れた様子で、ずいぶんと明るく職員さんと話していたのだけど、”ヘルパーさん” の話が出たあとに、ふと母を見ると、外界のすべてを遮断してるかのような顔をしていた。目を開けてる以外は、顔の全部の筋肉の力を抜いてるみたいな。

驚いて「どうかしたの?」と訊くと、ハッと気づいたようにスイッチが入って、「もう、ここには入らないって決めたから、話を聞いてなかった」と、その前までの愛想のいい様子とは打って変わって不機嫌そのものだった。

理由を訊くと、「ヘルパーとかそういうのは、私はいいから」とのこと。「ヘルパー」はやっぱり禁句だった。


3軒目は一番料金が高い施設だったが、看護師も常駐していて、最後の看取りまでやってくれて(施設によっては、認知症や病気が重度になったら「これ以上は看れません」というところもあるらしい)、経営母体もしっかりした会社とのことだった。

設備も新しく、部屋もきれいで広かった。

でも、母の年金収入より数万円足が出るということと、大きい施設で人数も多いので、車椅子の行き来で廊下が渋滞するような感じで、常にせわしなくザワザワして落ち着かない印象だった。


というわけで、すべて見終わって2軒目に即決した。母にとっては、見たことを全部覚えていて、そこから選ぶというのはとても無理そうだったので、主に娘たちの判断で決めた。


2軒目のところは、部屋は狭かったけど新しくて、食堂が広くて明るくて景色もいい。自前の厨房で調理している食事は評判のおいしさだと言うし、家族が来て泊まったら1食350円で家族もいっしょに食べられるというのも、遠方から来る私にはありがたい。

デイサービスも自社でやっていて、いろいろ融通が利きそうだった。


人気があるところなら、早い者勝ちで急いだ方がいいだろうと思い、例の大型連休目前ということもあって、すぐに手続きを取ってもらうことにした。

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