母が選んだ結婚。#25
母がインターンをした美容室には、経営者にして美容師であり、のちに私の祖母となる人のほか、店の跡取りとなる娘(長女でのちに私の叔母)、従業員やインターンが母を入れて数人という態勢だったようだ。
母は住み込みで、家の方の家事も手伝っていたらしく、そこで私から見た祖父、父、叔父(次男)、もう一人の叔母(次女)と顔を合わせて生活するというような環境だった。
美容の仕事はそれなりに楽しかったのか、あまり私はその時代の具体的な仕事の話を聞いた記憶がないのだけど、次女(のちに私の叔母)にいじめられた話や、先輩美容師から意地悪されただか厳しくされただか、そういう話は時々していた。
たとえばある時、母のお気に入りのスカートがはさみで切られていた。
「○子ちゃん(次女)のしわざだと思うの。でも、私は何も言わなかった。きっと、自分の大好きな兄(私の父)が私に取られると思って、焼きもちを焼いたんだね」と言っていた。
インターン時代のその手の話は、私は絶対にそういう経験はしたくない、というか、自分には耐えられないと思いながら聞いていた記憶がある。そして、それらの話は、母は強い人だという印象を私に植え付けた。
さておき、私から見ると「おしん」的に思えるような世界で、母を支えていたのが父との関係だったのかもしれない。
スタートはどういう成り行きだったのか聞いてないのだけど、最終的には父が「○○ちゃん(母)と結婚したいんだ」と意思表明するに至り、母は承諾の返事をした。
その後、父が長期休暇を終えて東京の大学に戻る日の早朝、母がまだ寝ていると、父はそっと母の部屋に入って、額にそっとキスをして、またそっと部屋を出て行ったそうだ。
私はその話を聞きながら父の実家を思い浮かべ、カーテン越しに差し込む朝の光や、その光が淡く照らす畳に敷かれた布団、寝ている母、屈んでキスをする父、そっと出て行く後ろ姿、気づいているのに何も言わずに寝ているふりの母などなどを、勝手に鮮明に想像したものだ。その光景は、今でも実際に見たかのように私の中に焼き付いている。
一方で、母の行っていた東京の美容学校では、母のことを目にかけていた恩師が母に留学の話を持ちかけていた。いったんはその話を受けることにしていた母も、結婚すると決めて、最終的には断ったそうだ。
海外留学に憧れていた私はそれを聞いて、なんともったいない! と自分のことのように悔やんだのだけど、「でも、もし留学していたら、あなたは生まれてないのよ」と言われ、何とも言えない気持ちになった。
とにかく、母にとって父との結婚は、「そこまでして」した結婚だったのだ。そのことがのちに、母に重くのしかかることになるのだが。
ちなみに、私が中学生くらいのころだったか、子供は妊娠してからどれくらいで生まれるのかという話で「十月十日(とつきとおか)」という言葉を知った。すると、両親の結婚式の日から私の誕生日までの計算が合わないことに気づいた。
私は、あの両親に限って「婚前交渉」があったとは信じられないと思って、かなりのショックを受けた(笑)。まして、当時はデキ婚という言葉もないどころか、順番が逆なことがバレたらかなりのスキャンダルだったのでは!?
一人で悶々としていた私、どういう経緯で母に真相を確かめたのかは覚えていないけど、母の答えが「あなたはハネムーンベビーだったのよ」だったことは覚えている。
正しく純情で、着実に結婚へと歩み、家庭を作った二人。今だったら、もう少し二人きりの時間を楽しみたかったんじゃないかなどと邪推するところだが、当時の私はその答えが妙にうれしかったものだ。結婚してすぐに私を授かったんだ、って。
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