母と父の出会い。#22
中学を出ると、母は遠くの大きな町にある美容専門学校へ行った。
朝早くの列車に乗って、遠い道のりを通うのは大変だったと思う。そこまでして、なぜ美容師になることを選んだのか、そういえば訊いたことがなかった。
ただ、おしゃれはすごく好きだったようだ。母には年の離れた二人の妹がいるが、彼女たちが「きれいなお嬢さんという感じの自慢の姉だった」と言っていた。
その後、東京の有名な美容学校へ進学する。
ある時、まだ小学生ほどだった(私の)叔母たちは、夏休みで帰省してくる母を駅まで迎えに行って、ビックリさせようとしたことがあったと言う。どんなおしゃれな洋服を着て、どんな髪型で、どんなおみやげを持ってきてるのか、彼女たちはドキドキワクワクしながら待つ。そして、降り立った母に向かって「おねっちゃ〜ん」と呼びかけ、無邪気に駆け寄った。
確かに、自慢の姉をビックリさせることには成功したが、こちらも驚くことになる。まったく無視だったのだ。
ぷいっとソッポを向いて、黙って通り過ぎていく母を見て、二人とも「怒らせてしまった?」とショックを受ける。「だから、行かない方がいいって言ったでしょ!」と、今度は上の叔母が下の叔母を怒る。「だって…」としょんぼりする下の叔母。
近年、この話を叔母たちから聞いた時、私は目に浮かぶようだと思った。
三人で想像するに、母はとびっきりのおしゃれをして故郷に降り立って、「どこの誰だろう?」と田舎の人々の目に留まることを意識していた。なのに、「小汚い格好をした田舎丸出しの私たち」(叔母たち談)に駆け寄られて、自分のイメージが壊されたことが気に入らなかったのでは?
勝ち気で、理想が高くて、プライドも高くて、思い込みが激しい。メンタルは強い(あるいは強がり)が、時にそれを持ってか、人に対して厳しい見方をすることがある。
そんな、母らしいエピソードかもしれない。
東京では、なかなか良い成績をおさめていたらしい。その美容学校が経営する美容院には、外国の大使や外交官の妻たちがよく来ていて、そこで簡単な工程をやらせてもらうことがあったと言う。
「金髪の髪ってね、触り心地が全然違うの。濡れるとずっしりと重くて、でも、すごくしっとりしてるの」
子供のころよく聞かされた話だが、私は濡れた金髪をウットリと想像して、やっぱりモノが違うんだと憧れた。
今にすれば、日本人の黒髪でも同じ感触の場合はあるのじゃないか? と素人の私は思うけど、真相はわからない。お客さんのいろんな髪を触ったうえでの見解なので、やはり何かは違うのかもしれない。
美容師にはインターンというものがある。
母は、地元の隣町の個人経営の美容室に行くことになった。そういえば、なぜそこが選ばれたのかも訊いたことがなかったが、これが母の人生を決めることになった。
そこの二人いる息子が二人とも、母を見初めてしまったのだ。
そして、これまた残念なことに詳しい経過は聞いたことがないけれど、兄の方が母を射止めることになった。
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