作戦その2。#12

年が明けて1週間ほどして、まず妹が訪問した。

曰く、「5ビン渡したニセ薬のうち、4ビンがなくなっていた。捨てたのか飲み切ったのかわからない」とのこと。そしてやっぱり、出ない出ないは相変わらずで、新しい市販の下剤が買ってあった。


万策尽きた感じだった。

少しずつは出ているのだ。それを忘れているだけなのだ。下剤のせいで腸が異常に活動するので、水っぽいものとカスのような少しずつの便は常に出ていて、食べた物が出切ったタイミングでは、いくら腸が押し出そうと蠕動しても、出すものがないから出ないのだ。

それを何度も言って聞かせるけれど、聞く耳を持たないか、聞いても忘れる。


母が満足するような、長くて太くていかにも「出た〜!」って感じの物は、今の状態では絶対に出ない。お腹が苦しい、便が溜まっているからごはんが食べられないと言うので、お腹が張りそうな食物繊維剤も試しにやめてみてた。だから、なおさら大きな塊は出ない。


万策尽きても、何かしなくては。

次に考えたのが、毎日電話して出たかどうか訊き、「出た」と言ったらその場ですぐにカレンダーの今日の日付に丸を書くようにしてもらった。そして、次に電話した時に「出ない」と言ったら、カレンダーを見てごらんと言って、出てないことはないんだと確認させる。


これはこれで、うまくは行った。

でも、これでわかったのは、少しずつ出ても母は決して満足しないのだということだった。つまり、下剤を飲んでお腹が出そうとしてギュウギュウ動くのに、そのわりに母の期待する姿形の物が出ない=溜まっているので「お腹が常に便でいっぱいで苦しい、ごはんが食べられない」と思い込む=もっと薬を飲んで溜まった物を出すようにしなくては、というループに陥っている。


やはり、下剤をやめさせるしかない。


私は意を決して、近所のドラッグストアに乗り込んだ。

本当は母の写真を見せて、この人に下剤を売ってくれるなと言いたかった。けど、相手も商売だ。個人の小さい薬局ならご近所のよしみで聞いてくれるかもしれないけれど、薬剤師もレジ係も何人かいるし、徹底してもらうのも無理だろう。

そこで、その時は服用を中止していた病院の下剤を持って行って薬剤師に見せ、「母が認知症で、市販の下剤とこれを重複して飲んでしまってるので、この店で下剤を買い続けるのはまずいですよね(=売らないでほしい)」と言うことにした。これなら薬剤師たるもの、健康被害につながると考えて、自ら「この人に売ってはいけない」と思ってくれるのではないか。


ところがどっこい。

「重複しませんよ。作用が違いますから。病院のは便を出しやすい形にするもの、市販のは腸を動かして強制的に出すものです。いっしょに飲んだら絶対にダメとも言えない」と来た。ガックリしながら、下剤を飲み過ぎて下痢で困っているんです、と正攻法で訴えてみた。すると、敵もさるもの、「売らない」とは言ってくれず、逆にほかの薬(お腹の張りを取るもの)やタブレット状のサプリをすすめてくる始末。


よくわかった。母はいいカモだったのだ。

数日おきに、効かないから別の下剤がほしいと言ってくる老婆。これまで、おそらく店頭の全種類を取っ替え引っ替えすすめて来たのだろう。「この人おかしい、大丈夫かな」と思う前に、薬をたくさん買ってくれる上客と思われていたのだ。


母の乏しい記憶力で、つどちゃんと別種の薬を買って来ていたのも、彼らの功績だったのだ。

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