作戦その1。#11

大晦日は、私たち夫婦と私の妹が母のところに集まって、既製のおせちを囲んで紅白を見る、というのが恒例になっていた。この機を捉えて、私は夫のM夫くんを利用しようと考えた。

もう母は私や妹の言うことは聞かない、というか、娘たちに言われることに慣れ過ぎて、心に響かなくなっていると感じたからだ。


作戦はこうだ。

当たり障りのないビタミン剤や、お腹に良い作用があるという触れ込みのサプリを、母の買っている市販の下剤のビンの中身と詰め替えて、

「M夫くんも便秘で、この薬で治ったんだよ」と言って渡す。5種類くらい用意した。中には、小麦粉を固めただけのいわゆるプラセボも混ぜた。

そして、M夫くんにももっともらしく作り話をしてもらい、これらの薬がいかに効いたか言ってもらう。


母は、義理の息子までもが自分を心配し、これを飲めば大丈夫だと(娘たちよりも)やさしく熱心に説明してくれることに気分を良くし、「うん、わかった。飲んでみます」とうれしそうだった。

なにより、それまでは何でもかんでも「飲んじゃダメ」の一点張りだったのが、「飲んでもいいよ」と薬を渡されたことに安心したようだ。下剤を飲むことイコール不安を取り除く安定剤的な意味合いになっていたのかもしれないと思う。


下剤をやめて腸が動くのが止まれば、少なくとも異常なトイレ通いもおさまり、夜も眠れるようになり、睡眠が取れれば気持ちも体も落ち着くのではないか。私たちもかなり期待していた。


そもそもどうしてこんなに便通にこだわるようになったのかと不思議に思っていたら、妹が言うには「テレビで『ただの便秘だと思っていたら、実は大変な病気で、手術して腸の中身を出した人がいる』という話を見たらしいよ」とのこと。


私たちの言うことを信じなかったり覚えられなかったりするのに、一回テレビで見ただけのことがこんなにも濃く頭に残って意識を支配するのか!?と、半ば呆れる。

私たちの言いたいことを動画にしてテレビで見せたらどうだろう??

でも、そんなもの作ってる余裕はなかった。


ニセの下剤にすべてを賭けて、年を越した。

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