第67話 オルト視点 新たなる旅立ち

「過ぎてしまったことは仕方あるまい。」

「ごめんなさい・・・」

「すみませんでした。」


 夕食前の食堂にみんなで集まり今後の方針について話し合いの場がもたれた。

 シン君と二人で正座していると、先んじてクルス様が改めて僕らの行動に釘を刺した。

 なぜかその対象でもないサキちゃんも申し訳ないというような表情を浮かべている。


「もうよい。シンの好奇心を読み誤ったこちらにも非がある。」

「父上!?」


 寛大な処置にカグラさんが悲鳴にも似た声を上げた。


「すでにお前が絞り上げたのであろう?それなら私から言うことは何もないではないか。」

「ですが!」


 なおも引き下がろうとするカグラさんを手で納めると、クルス様はもう一度こっちへ目を向けた。


「カグラが口酸っぱくいうのはお前たちのことを思ってのことだ。そのことをしっかりと肝に銘じなければならん。それが分からんお前たちではなかろう?」

「はい。」


 クルス様の言葉を聞いた僕たちは肩を落としてカグラさんのほうを見た。

 情けない僕たちの姿を見たカグラさんは大きくため息をつくと肩をすぼめた。


「次からも気をつけなさい?シン、あなたは特にね。」

「わかりました・・・」


 こってり絞られたばかりのシンは縮こまって、消えてなくなりそうな声で返事をした。


「ぷっ!」


 その様子を見たイロハさんが、堪えきれないとばかりに吹き出した。

 その声を聴いたカグラさんの表情がまたしても険しくなる。


「イロハ!あなたにも責任があるのよ!?」

「え?」

「あなたが持ち場を離れなければシンが出てくることもなかったのよ?分かってるの?」

「あの時は!」

「言い訳は聞きたくありません!」

「・・・」


 険しい剣幕で責めたてられてイロハさんはキッとカグラさんを睨みつけた。

 いつにもまして鋭い目つきになったカグラさんにみんなも押し黙ってしまう。


「カグラ、いい加減少しは落ち着け。お前がそんなでは話しが進まぬ。」

「・・・すみません、少し席を外します。」


 クルス様にたしなめられたカグラさんはハッとした後、少しうなだれて食堂を出ていった。

 イロハさんはそんなカグラさんの背中を目で追いながら無言を貫いていた。


「ふぅ。よいか皆の者、事は一刻を争う。事情は分からんがやはり奴らの目的はハクの確保だ。シバの結界で誤魔化せるのにも限界があるだろう。そうなるといつまでもこの屋敷にハクを匿っておくことは出来ん。」

「・・・」

「万全の状態で送り出してやれず、すまない。」

「そんなっ!やめてください!」


 そういって急に頭を下げたクルス様に驚いて声を上げた。


「クルス様は、いえ、ここにいる人たちは僕の命の恩人です。感謝しないといけないのは僕のほうなんですから。」

「我らの目的のために利用したと考えることもできるのだぞ?」

「それでも構いません。僕は皆さんを信じています。だからこれからも信じさせてください。」


 確かにそう見ることもできるかもしれない。

 だけど僕は知っている。

 この人たちの心の温かさを。

 数少ない心を許せる人たちを疑うつもりは毛頭ない。


「・・・甘いなハクよ。だが良い目をしておる。忘れるなよ、今のその気持ちを。」

「はい!」


 そういうとクルス様は袖に手を突っ込んで一枚の紙を取り出し、畳まれたそれを開いて机の上に置いた。

 そしてその紙の一点を指さした。


「良いか、ここが我らがいる場所、イエスタだ。」


 その指は右下に小さく書かれたいくつかの島国を刺していた。

 そのほかには大小様々な大きさの大陸が描かれている。

 初めて見る世界地図に心の中で驚きつつ、クルス様の指の先に注目した。


「ここから・・・」


 そういってクルス様の指が隣の大陸へ向かい、そしてさらに別の大陸を指さしてその右端で止まる。


「隣のグリムエンテ大陸にわたりグランザムの最東端、ここが目的の場所だ。」


 その道筋を想像しながら生唾を飲み込んだ。


「遠いですね・・・」

「そうだな。だが行くのであろう?」

「はい。」


 今更聞くまでもないといった表情を浮かべながら、敢えて聞かれたその言葉に返事をする。

 少し寂しそうに笑った後、すぐに表情を引き締めると言葉をつづけた。


「イエスタを出ればこちらも手助けは出来ん。急ではあるが今日の夜にはアスカへ移動し身を隠せ。」

「きょ、今日ですか!?」

「そうだ。向こうはこちらに探りを入れたつもりでおるだろうから敢えて乗ってやることにする。だがただでは乗らぬ。今のハクと同様、今日に今日動くとは思うまい。」

「な、なるほど・・・」

「しかし奴らがどう動くか警戒もせねばならん。カグラには黄龍海峡側の見張りをさせねばなるまい。よって・・・」

「ハクは私が護衛する。」

「・・・え!?」


 クルス様の言葉を遮るようにイロハさんが声を上げた。


「いや、でも・・・」

「ハクだけじゃ不安。」

「うっ・・・」


 ごもっとな指摘に二の句が告げない。

 クルス様はイロハさんの言葉に小さくうなづいた。


「イエスタを出るまではイロハに付いてもらうがよい。」

「いいんですか?」

「これはイロハからの申し出だ。気にすることはない。」

「・・・分かりました。それじゃイロハさん、よろしくお願いします。」

「ん。」


 小さい胸をどんと叩いて見せたイロハさんに頭を下げる。

 すると机の上にドスンと何か重たいものが置かれた。

 顔を上げると小綺麗な巾着袋にぎっしりと何かが詰まっているように見える。


「これは?」

「何も準備してやれない代わりだ。受け取りなさい。」


 そう言われてゆっくり巾着袋の口を開いてみると、その中にはたくさんのお金が詰まっていた。

 いくら入っているのか想像もつかない。


「こんなにもらえません!」

「いや、もらってもらうぞ。お前の功績はこんなものではないのだからな。」


 クルス様のほうに押し返した巾着袋がもう一度こちらに押し戻されてくる。

 もう一度断ろうかとも思ったけど、引き下がるわけもないクルス様の様子に諦めるしかない。


「分かりました。ありがたく頂戴します。」

「そうしてくれ。金はいくらあっても困らんからな。それで身の回りの準備もするといい。」

「はい。」


 そういえば僕はずっと借り物の服のままだ。返す必要はないのかもしれないけどこれ一着でずっと旅をするわけにはいかないだろうし、胴着のままじゃほかの国で目立つかもしれない。


「アスカでの潜伏にはシンが役に立つだろう。そうだな?」

「えっ?」


 あれこれ準備の話をしている途中で急にシンの名前が飛び出し、名前を呼ばれた当の本人も困惑した様子でクルス様を見上げていた。


「俺が?」

「そうだ。シンは貧民街出身。身を隠すにはいい場所であろう?あの現状を改善してやれぬ私が貧民街を利用させてくれというのも皮肉なことだがな。」


 急に重要な役割を言い渡されたシン君はうつむいて肩を震わせ、ガバっと顔を上げると真っ赤な顔をして大きな返事をした。


「任せてくれよクルス様!」

「えぇー、いいなぁ!サキは?サキには何かないの?クルス様!」


 怒られっぱなしだったシン君は与えられた仕事に大喜びではしゃぎまわると、はたと止まって姿勢を正した。

 急な変化に何事かと首をかしけていると、わざとらしくせき込んだ。


「あんまりはしゃいじゃいけないな。さっきカグラ姉ぇに叱られたばっかだし。」


 そういって鼻の下を指ですすって表情を引き締めた。


「ハク!一晩だけだけど貧民街のことは俺に任せろよな?」

「うん、頼むよシン君!」

「へへっ」


 嬉しそうに腕を腰に当ててシン君はにっこり微笑んだ。

 そんな様子を見てサキちゃんはクルス様の袖をつかんで駄々をこねていた。


「サキにも重要な仕事があるのだぞ?」

「え?ホント?」

「うむ。皆が仕事を終えて帰ってきたとき、笑顔で出迎えてやってくれ。」

「えー・・・」


 期待に輝いた表情が一転、あっという間に曇っていく。

 どうやら期待しているような内容じゃなかったらしい。

 クルス様はそんな暗い表情を浮かべたサキちゃんの頭に手を置くと優しく語りかけた。


「これはとても大事な仕事だ。疲れて帰った者たちを癒すものが居なくては次の戦には出られぬ。サキにはそのような癒し手になってもらいたいのだがな。」


 そんな風に言われたサキちゃんはあっという間に笑顔に戻って大きく頷いた。


「そういうことなら任せて!お母さまと一緒にみんなを待ってるね!」

「うむ。ナナオと留守を頼むぞ。」


 そして近日中の行動計画とグリムエンテへの渡航準備、そしてそれから先の行動指針なんかを教えてもらいながら、屋敷で最後となる夕食を頂いた。

 セツさんの振舞ってくれる暖かい料理がこれで最後かと思うと熱いものがこみ上げてくる。

 それを誤魔化すようにご飯を頬張った。


 ◇◇◇◇◇


 夕食後、馬車の準備があるとのことでしばらく時間が空いたので、最後に中庭へ足を運んだ。

 秋空の下、ルーメルの光が池に映りこんでゆらゆらとはかなく揺れている。

 屋敷のあちこちに目を向けながらここでの出来事を思い出していると、いつの間にか僕の後ろにカグラさんが立っていた。


「ちょっといいかしら?」


 そういって答える間もなく縁側に座っていた僕の隣に腰を下ろし、夜空に浮かぶルーメルに目を向けた。

 何かいつもと様子が違うように見える。

 いつも気丈で凛としているのに今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。


「どうかしたんですか?」


 そう聞かずにはいられないような気がして声をかける。

 その声を聴いたカグラさんは悲しげな表情を浮かべたまま、小さく微笑んだ。


「ちょっとね。あの子・・・どうしてる?」

「あの子?えぇっとイロハさんのことですか?」


 急にあの子と聞かれて戸惑ったけど、カグラさんからあの子と呼ばれるのはイロハさんしかいないだろう。


「最後、ね。口論になっちゃったでしょ?あれから顔も見てないのよね。」

「それならまだ時間ありますし、仲直りすればいいじゃないですか?」


 そう伝えるとカグラさんは複雑な表情を浮かべて答えた。


「今回はちょっと言いすぎちゃったかな。でもあの子のことを考えると言いたくなっちゃうのよね。」

「・・・」

「小さかったあの子がいつの間にか成長して、もう自分の足で決めた道に進もうとしている。」


 いったんそこで言葉を切るとルーメルを見上げていた目線を落とした。

 夜空から降り注ぐ、冷たく輝く光が肩にかかっている漆黒の髪に反射して横顔を照らしている。

 その顔には複雑な感情が浮かんでいて、声をかけるのがはばかられてしまった。


「ずっとあの子を守って生きていくんだって思ってた。それが私の使命だと。でもあの子は私を置いて自分の世界を探しに行こうとしている。」

「そう・・・なんですか?」

「ええ。お姉ちゃんって言いながらずっと私を追いかけてたのに、今じゃ私があの子に依存しちゃってるわ。」

「でもそれは姉妹なんですから当たり前なんじゃないですか?」

「そうともいえるけど・・・」


 いつになく力のない表情を浮かべたカグラさんを何とか元気づけたいけど、うまく励ましの言葉が出てこない。


「この前なんて無茶して一人で突っ込んでいって大けがして、もしかしたら死んでしまっていたかもしれない。そう考えるといてもたってもいられなくなる。だからずっと手の届くところにいてほしいって、ね。」

「・・・」

「でも、そんなのは傲慢だわ。あの子は私の所有物なんかじゃないもの。」


 そういうと勢い良く立ち上がって空を見上げた。

 後ろ姿で顔がよく見えないけど、少しだけ肩が震えている。


「だからイロハのことを第一に考えるのはやめることにした。」

「極端ですね。」

「ええ。そうでもしないと私自身が変われないもの。」

「いいんですか?今ならまだ仲直りできると思いますけど。」


 何かを吹っ切ったようにこっちに振り向いたカグラさんの瞳が少し潤んでいるように見える。

 でも一つ瞬きをした瞬間、暗かった表情は消え去り今日の夜空のように澄み渡っていた。


「仲直り?フフッ、そんなの必要ないわ。だって私たちは姉妹なんだもの!」


 そういっていつもの自信に満ちた笑みを浮かべると座っている僕の正面に歩いてきておでこを小突かれた。

 カグラさんの機嫌がころころ変わることなんて見たことがなかったから、突然の出来事に目が点になってしまう。


「しっかりしなさいよ!じゃないと置いてかれちゃうわよ?」

「はい?」


 そういってカグラさんは自分の準備を始めるために屋敷へ戻っていく。

 縁側へ駆け上がると同時にこっちへ振り向くと大きな声を上げて手を振った。


「ハク!やり遂げなさい!あの子レティのために、そして・・・あなた自身のために!」


 その言葉を残してカグラさんは屋敷の奥へ消えていった。


「はい!必ず!」


 見えなくなったカグラさんの背中に向かって大きく返事をすると、意を決して屋敷の門へ足を向ける。

 馬車の準備は滞りなく進んでいて、既にシン君とイロハさんは荷台へ乗って準備万端といった感じだ。

 シン君は夜も遅い時間ということもあって眠そうに目をこすっている。

 アスカについてからがシン君の仕事なので、今は寝てもらっててもいいだろう。

 イロハさんは神妙な面持ちで身に着ける防具や刀に漏れがないことを確認している。

 僕を隣国まで送り届けるまでなんだから、そんなに準備する必要はないと思うんだけど。

 一通りの確認が終わったところでクルス様が姿を現し、みんなの顔を見渡した。


「良いか皆の者。恩義あるハクを必ず隣国まで届けるのだ。決してぬかるなよ?」

「ん。」

「クルス様!任せてくれよ!」

「うむ。では行け!」

「はい!」


 クルス様は御者台の下男に指示を出すと、馬車はゆっくりと動き出して門から離れていく。

 ずっとお世話になった屋敷が、クルス様が小さくなって夜の闇に消えていく。

 完全に見えなくなるまで荷台から見つめ、最後に目いっぱい頭を下げて感謝を表した。


「これまで本当に・・・お世話になりました。行ってきます!」


 頭を上げて荷台へ体を引っ込めると馬車の進む先を見据えた。

 暗い闇が大きく口を開けているような錯覚に襲われたけど、イロハさんとシン君の顔を見て勇気をもらって踏ん張る。

 揺るがない決意を胸に、僕は長い旅の小さな一歩を踏み出した。


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