第66話 オルト視点 戦乙女の訪問

 その日は朝早くから妙な胸騒ぎがあった。

 代り映えのない朝を迎え、いつものように早朝から修行に励んでみんなとご飯を食べる。

 でもその胸騒ぎは消えることなく、時間が経つにつれて大きくなっていく。

 今までに感じたことのないの原因がはっきりとしないままお昼を迎えたころ、屋敷の門のほうで大きな音が鳴った。

 僕たちは昨日の言いつけ通り、彼女たちが帰るまで屋敷の奥へ隠れるように引っ込んだ。

 屋敷の奥の部屋でシン君やサキちゃんと一緒に隠れていると、門が開く音が聞こえ、次の瞬間不快に感じていた胸騒ぎが引いていくのを感じる。


(これは・・・一体何なんだ?)


 気になって周囲を見渡しても特に何の変化も見られない。

 騒いでいた胸を押さえると、そのしぐさに気づいたサキちゃんが心配そうな顔を向けてきた。


「ハク、どうかしたの?」

「いや、何でもないよ。」

「ホント?」


 そういっていつ騒ぎ出すかわからないシン君の様子をうかがいながら隣に座る。

 身を隠している部屋は物置に使っていることもあってほこりっぽい。

 少しだけ息苦しさを感じて戸を開けると、そこには道着姿のイロハさんとシバ先生が立っていた。


「開けたらダメ。」


 開いた戸の隙間からイロハさんの声が聞こえてきた。


「ごめん、ちょっと息苦しくて。」

「・・・なら、少しだけ。」


 了承を取って戸にもたれかかり、胸元の胴着を少し開く。


「少しは楽になりましたかぁ?」


 戸の隙間から流れ込んでくる新鮮な空気を吸っていると、ふいにシバ先生から声を掛けられた。

 シバ先生は僕の体の調子をずっと見てくれていただけあって、ちょっとした変化にすぐ気付いてくれる心強いお医者さんだ。

 それにしても今日は初めて顔を合わせたはずなのに、もう僕の調子に気づいたんだろうか。

 サキちゃんには心配を掛けたくないからウソをついたけど、シバ先生には見抜かれるだろうから素直に答えるしかない。


「そうですね。不思議と今は何も問題ないです。」

「それは何よりです。」


 そういうと満足げに瓶底メガネをくいっと指で押し上げた。


「少しだけ気の流れに変化を与えるようにぃ屋敷の結界に仕掛けを施しましたぁ。ハク君が暴走でもしない限り向こうに気取られる心配はないでしょうねぇ。」


 僕の疑問に答えるようにシバ先生は説明口調で今朝からの違和感の正体を教えてくれた。

 相変わらず語尾が間延びしたような独特な口調で若干聞き取りづらいけど、どうやら僕のために屋敷の結界に手を加えてくれたらしい。


「多分、今はあちらさんが気持ち悪がってるんじゃないでしょうかぁ。まぁそれも誤差の範囲でしょうけどぉ。」


 多分何をしたのか聞いても分からないと思うから聞かないことにして、クルス様が出迎えているであろう客間のほうへ目を向けた。

 今、あの部屋には僕が生まれ育った国から来た、伝説の偉人の血を引くと言われている戦乙女という人がいる。

 一体どんな人なのか気にならないわけじゃないけど、向こうが何を考えて僕を探しているのか分からないうちは存在に気づかれるわけにはいかない。

 何事もなく帰ってくれるのを祈りながら部屋でその時を待ち続けた。


 ◇◇◇◇◇


 客間にクルス様が出向いてから随分と時間が経ったけど、未だに帰る気配を見せない。

 随分と粘っているようだけど、こっちは別の事情で早く帰ってもらいたい。


「なぁ、まだ出ちゃダメなのか?」

「シンってば、クルス様の言いつけを守れないの?」

「いや、だからこうして守ってるだろ?俺が言ってるのは、いつまでここにいなくちゃいけないのかだよ。」


 もう何度目かになるやり取りをサキちゃんと繰り返し、暇でしょうがないと言わんばかりに部屋の中をぐるぐる歩き回り始めている。

 でもその答えは至極簡単だ。


「それはあの人たちが帰るまで、だよ。」


 さも当然と言わんばかりに回答すると、それを聞いたシン君はふくれっ面になってしゃがみこんだ。

 遊び盛りのシン君にとってはとても辛い時間であることは重々承知だけど、今はおとなしくしていてほしい。


「そんなことはわかってるよ!でもさぁハク・・・ちょっとだけ見たくないか?」


 感情を押さえられずに少し大きな声を上げた後、何を思ったのか口角を上げてあくどい表情をしたシン君が不穏な言葉を口にした。


「ダメ!それは絶対ダメ!」

「ちぇっ!」


 即座にサキちゃんに否定されて胡坐をかいたまま背中を向けた。

 とはいえ、その背中を眺めながら小さくため息を付いたサキちゃんも、さすがに暇をもてあまし始めている。

 子どもたちの我慢の限界が先か、戦乙女たちが帰るのが先かという状況が続いていた。


「っ!?」


 その時、部屋の外にいたイロハさんが何かの異変を感じ取って息をのんだ。

 神妙な面持ちで客間に目を向けて、何かを探ろうとしている。

 そして次の瞬間、激しい衝撃音が鳴り響いて戸をガタガタと揺らした。


「な、なんだ!?」

「分からない!じっとしてて!」


 そういうとイロハさんは素早く駆けだして姿を消した。

 何事もないことを祈りながら戸の隙間から外の様子を窺っていると、じっと黙って座っていたシン君がなにやらもぞもぞと落ち着かない様子を見せ始めた。

 そのしぐさには僕も身に覚えがある。

 とはいえもう少し我慢してもらいたかった。


「な、なぁ、厠へ行ってもいいかな?」

「えっ?」


 怪訝な表情を浮かべていたサキちゃんは「こんな時に?」とでも言いたそうな目でシン君を見た。


「こればっかりは仕方ないだろ!?な?用を済ませたらすぐ戻るから・・・」

「ダメだよ・・・」

「なんだよっ!じゃあサキは俺にここで漏らせっていうのか!?」

「そんなこと言ってないでしょ!もう少し我慢できないの?」

「我慢できそうならこんなこと言ってないんだよ!」

「う・・・、ホントにそれだけなんだよね?」

「もちろんさ!」


 僕と顔を見合わせたサキちゃんは「仕方ないなぁ」とつぶやいて目を瞑った。

「すぐ戻るから!」と威勢よく飛び出したシン君の背中を見て、なぜか嫌な予感がしたのは僕だけじゃないと思う。

 飛び出していったシン君の向かった先は確かにお手洗いの方向だったから大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。

 そして待つこと数分。

 小ならもうとっくに終わっていいはずなのに、戻ってくる気配がない。


「やっぱり!ハクッ!」

「ちょっと行ってくる!」


 青ざめた表情を浮かべたサキちゃんの声を聴いて立ち上がり、戸を開けると客間のほうに向かって足を進めた。

 先に客間のほうへ向かったイロハさんの姿は見えない。

 途中、お手洗いを覗いてみたけど、やっぱりシン君の姿はなかった。


(まずいって!)


 はやる気持ちを押さえつつ、出来るだけ足音を立てないようにしながら廊下を進んで角を曲がると、その先できょろきょろしているシン君を発見した。


「シン君!何やってんの!」

「やべっ!見つかっちまったか!」


 僕の声を聴いたシン君はちらっとこっちに顔を向けて言葉を零すと、角の先に顔を向けなおしてその目を光らせた。


「うわっ!ホントだ!すげぇ!」


 そういうと同時に前傾姿勢になって今にも全力疾走しそうな体勢になる。

 そうはさせるかとシン君より先に駆けだし、一歩目を踏み出した足とは反対側の残されているほうの足首を、倒れこみながらギリギリのところで握りしめた。

 足首をつかまれたシン君は勢いよく廊下に顔を打ち付けて小さな悲鳴を上げた。


「痛ぇ!何すんだよハクッ!」

「ダメだよシン君!ほら!クルス様とカグラさんが見てる・・・」

「あっ・・・」


 考えるよりも早く行動に出てしまうシン君の悪い癖がいかんなく発揮された結果、なぜか僕も巻き込まれる形でその身を廊下に投げ出す結果となってしまった。

 クルス様とカグラさんの向こうに数人の人影が見えるけど、顔を向けるわけにはいかない。

 この距離なら顔まで正確には分からないだろうし、今すぐここから立ち去るべきだ。

 だってカグラさんがものすごい形相でこっちを見ながら近づいている。


「ハク!逃げるぞ!」

「なんで僕まで・・・」


 小さく愚痴をこぼしながら反転して来た道を戻ろうとしたとき、僕のほうへ向けられた目線に気づいて引き付けられるように顔がその方向へ向いてしまう。


「あ・・・」


 本当に一瞬だけ目が合い、すぐに顔を逸らして廊下の角に飛び込んだ。

 はっきりと顔が見えたわけじゃないし、そもそも知っているはずもない。

 遠目からでもはっきりとわかる黄金に輝く髪が右目に映りこんだ瞬間、少しだけチクリと頭が疼いた。

 胸の奥によくわからない感情が浮かび、そしてすぐに消えていく。

 頭の上にはてなが浮かんで考え込んでいると、肩にポンと手が置かれてびくりと背中を震わせた。


「何、してるの?」


 あまり振り向きたくないけど肩に置かれた手に力がこもって来るのを感じ取り、すぐさま両手と両膝を床につけた。


「ごめんなさい!これには事情が・・・」


 わなわなと肩を震わせたカグラさんに謝罪が受け入れられることはなく、その後小一時間、シン君とこってり絞られたのは言うまでもない。


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