第68話 クロエ視点 アスカ包囲網1
クルスの屋敷へ訪問して話しを聞いた限りだと知らぬ存ぜぬの一点張りだった。
もちろん素直に教えてもらえるなんて思ってないけど、どこかで尻尾を掴んでやるつもりだった。
だけど相手も簡単につかませてくれるような相手じゃない。
レオンの意図しない揺さぶりによって相手がどう動くか、それによってこっちも対応を考えないといけない。
「とはいえねぇ・・・」
今わたしは水路際に広げられているテーブルに肘を付き、お団子が刺さっていた串を口に咥えてプラプラさせながらぼけぇっとお茶をすすっている。
レオンも似たような格好であくびをしながら、茶店に並んでいるお団子を眺めて次に何を食べようか、なんて考えているに違いない表情を浮かべていた。
そして隣に座っているニーナはわたしが加えている串をひょいと取り上げると「だらしないですよ」と苦言を告げて皿の上に戻した。
「だって、暇なんだもん。」
「それは分かりますが、それと礼儀作法の乱れは関係ありません。皆さんご覧になられていますよ?」
そういわれて自分の姿に目を向けた後、周囲に視線を巡らせてみる。
足を組み猫背で肘をついて顎を乗せた金髪乙女を、物珍しい目つきで待ちゆく人たちがちらちら見ている。
「コホン」
わざとらしく咳払いなどをして見せながら姿勢を正し、足を揃えて優雅な手つきでお茶の入ったコップを持ち上げた。
朝のさわやかな風に、街路樹の枝垂れた枝とともにさらさらと金糸が舞い踊る。
(あぶないあぶない・・・当代戦乙女として恥ずかしくない行動を、と。)
心の中で呟きながら父と母に躾けられてきた作法を披露する。
どうやらそれが功を奏したのか周囲からは感嘆の声が漏れ、行きかう人たちの足がわたしの前を通る時だけスローペースになっている。
胸を張ってみせたものの、わたしがやりたいことはこんなことじゃない。
わたし達の目的はオルトという人物を見つけて話を聞き出し、源泉に起こっている問題を解決すること。
何とも言えないむなしさが吹き抜けていつの間にか猫背に逆戻りしてしまった。
「ねぇ、あちらさんはまだ動かないの?」
「さぁな。」
「さぁなって、ちょっとは頭を使いなさいよ!」
「お前なぁ、無茶言うなよ。右も左もわかんねぇ土地で無暗に動いたっていいことなんてねぇぞ?」
「だからってここでじっとしてても何も変わらないわよ。」
「・・・それもそうだな。どうせ暇だし。」
やいやいとレオンを責めたてていると、意外なことに肯定の返事が聞こえてきた。
最後の一言が余計な気がするけど、そこは気にせずおもむろに立ち上がって茶屋に支払いを済ませる。
「何をするにしても情報が必要ね。」
昨日の話にも出た鬼人族の事も知っておきたいし、何ならそっちに乗り込む必要も出てくるかもしれない。
まずはバイカンに会いにお城へ向かうことにした。
お城の入り口でバイカンへの面会を申し込み、しばらくしたのち入城を許可されて最初に面会した部屋に通される。
しばらく待っていると戸が開いてバイカンが姿を現した。
「これは戦乙女様。さっそくクルスのもとへ向かわれたそうで、行動が早いですな。」
「ええ。でもしらを切りとおされまして。」
「あいつはそういう男なのです。何をするにも裏でこそこそと。」
忌々しそうに呟くバイカンに昨日の顛末を伝えると、一点して嬉しそうに目を輝かせた。
「左様ですか!であるなら今頃は海峡を渡らせまいと警備を厚くしておることでしょう。ふむ・・・」
そういって考え込むように顎をさすって天井を見上げた。
何か思うところがあるのか、外の兵士を呼ぶといくつかの書類を持ってこさせて素早く目を通した。
「戦乙女様の訪問によって、奴らもその男をいつまでも屋敷で匿っていられないと焦ったことでしょう。もとよりその男・・・オルトでしたか、そやつに我が国での居場所などありませぬからな。外に出せば目立つことは必至。すぐにでも捕まえることができるでしょう。であるなら・・・」
「であるなら?」
「既に行動に移していると考えるべきでしょうな。クルスの屋敷から移動するにはアスカを経由するしか道はない。昨晩の関所の通行履歴を確認したところ、数名の通行許可は出ておりますがオルトと人物像が一致するものはおりませんでした。そこがまた怪しい。」
「ではまだ屋敷にいると?」
「いえ、それはないでしょうな。奴の決断は早く、それでいて用意も周到。何か策があるはず・・・」
そういってまたしても考え込んでしまった。
イエスタの地理には詳しくないので考察のしようもないけど、バイカンがそういうのなら少なくとも一度はアスカを経由するのだろう。
行動に移しているけどまだアスカに到着していないのか、はたまた別の・・・
「アスカに入るには必ず関所を通らないといけないのでしょうか?」
「基本的にはそうですな。細かく身分を調べたりはしませんが、怪しいものの侵入は許されませんので。」
「基本的には、という事はほかにも方法があるということですか?」
「・・・そうか!そっちか!」
急に大声を上げて立ち上がった。
巨漢の突然の動きにびっくりしてのけ反っていると勢いよく机に手を付いて前のめりに顔を突き出してくる。
「いやぁお恥ずかしい!長くアスカに住んでおるというのにあそこを失念しておりましたわ!」
「あそこ・・・とは?」
「貧民街ですな。あそこならある意味自由にアスカへ出入りできる。」
大きな町には必ずと言っていいほど存在するエリアがある。
住むところや食べるものを追われた人たちの掃き溜めが徐々に大きくなって一つの居住区を形成する。
そういったスラムをどのように管理するのかは、その街のポリシーに基づくことになる。
どうやらその貧民街とアスカはある程度行き来が自由に行えるということだ。
「一般の民衆が立ち寄ることもありませんし、このバイカンもすっかり忘れておりましたわ。」
「はぁ。」
うっかり気の抜けた返事が口元からこぼれてしまった。
とはいえオルトたちが貧民街に潜伏している可能性は本当にあるんだろうか。
ただ、何も手がかりがない以上、そこを調べてみるしかないかもしれない。
後ろに立っている二人に顔を向けて立ち上がろうとした矢先、バイカンが手を上げて制する。
「まさか戦乙女様が貧民街へ向かわれるおつもりか?」
「はい、そのつもりですけど?」
「それはいけませぬ!あのような場所にグランザムから来た客人を向かわせたとあっては末代までの恥!ここは私にお任せください。」
「でも・・・」
「どうしても、と言われるのであれば下町のほうの捜索をお願いします。貧民街以外で身を隠せると言ったら下町くらいでしょう。ウミナト側の街道にも兵を向かわせるので奴らはこのアスカに袋のネズミ。徐々に捜査網を狭めていけばいずれは。はっはっは!」
「・・・分かりました。」
高らかに笑い声をあげたバイカンへお礼を伝えてお城を後にして、言われた通り城下町へ向かって足を運ぶ。
敵襲に備えた街づくりなのか、グランザムと違って道が入り組んでいて方向感覚が狂いそうになるものの何とか住宅街を抜けて下町へ入った。
一般人の多くが下町で生活していることもあって活気があり、行きかう人たちもかなり多い。
通路わきにはお店が立ち並んでいて、通行人たちの関心を引こうと店主たちが大きな声を出している。
あちこちで値切り合いの声が聞こえて右へ左へとお金が宙を舞う。
「すごい人混みね。」
「すげぇな。こんなかにオルトが紛れてるってのか?」
「それは分からないけど、潜伏するなら貧民街か下町のどっちかだってバイカン殿も言ってたし、今は信じるしかないでしょ?」
「うへぇ・・・顔もわかんねってのにどうやって探すんだよ・・・」
レオンの呻きはごもっともだ。
最大の特徴でもある白髪と右目の負傷。
まずはこのどっちかの特徴と合致する人物をごった煮の中から見つけ出す必要がある。
いると決まってるわけじゃないから、完全に骨折り損になる可能性があるのが悲しいけど。
嘆いてばかりじゃいられないので六つの目を駆使しながら前後左右に目を向け、少しずつ下町の中へ足を踏み込んでいく。
とはいえさすがに人が多く、いるかもしれないってだけの人物を探すという行為が激しく集中力をそいでくる。
途中でおいしそうな揚げ物をつまんだり、喉を潤したりしながら当てもなく捜索を続けてどれくらい進んだだろう。
二人と離れないようにしながら疲れた目を浮かべて進んでいると、買い物客の話し声が聞こえてきた。
「おい聞いたか?バイカン様の兵が貧民街に入っていったらしいぞ!」
「なにかあったのか?」
二人と目を合わせてその声に耳を傾ける。
「なんでも賊が貧民街に紛れ込んてるって話しだ。」
「賊って泥棒か何かか?」
「そこまでは知らねぇけど、えらく物々しい恰好だったからなぁ・・・鬼人族かもな。」
「ば、バカ言うんじゃねぇよ!なんでアスカに鬼人族がいるんだよ!?」
大声を出されたほうの買い物客は肩をすぼませると手を口に当て、もう一人の買い物客の耳元に近づけた。
その内容が気になって私も後ろからこっそり近づいて聞き耳を立てる。
「大きい声じゃ言えねぇが、クルス様のところで何やら怪しい動きがあるって言うじゃねぇか。」
「マジ!?クルス様っていやぁエンジュ様の右腕だぞ?そんなお人が何企むってんだよ?」
「だから噂だって言っただろ!その噂ってのが鬼人族と繋がってんじゃねぇかってな。」
「おま・・・それが本当なら何か?お国をひっくり返す気・・・モガッ!?」
「ば、バカッ!声がでけぇんだよ!」
そういって相手の口を塞いだ買い物客は辺りを窺うようにきょろきょろと顔を動かしたので、買い物の素振りをして事なきを得る。
町の噂にしては随分と物々しい。
その話は最初にバイカンから聞いたけど、それが町中に広まっているというのだろうか。
クルスの屋敷で鬼人族の話が出た時の反応は確かに妙だった。
鬼人族との繋がりを隠す気がないのか、それとも隠す必要がないほど何かが進んでいるのか。
アスカの人たちは鬼人族を恐れているし、北のほうではつい最近でも戦いがあったと聞いた。
ハクの捜索に鬼人族の問題が絡んでこなきゃいいけど。
人の流れを避けながら通路の端っこに身を寄せて考え込んでいると、目の端に何かが移ったような気がした。
この人ごみの中で目の端に何か気になるものが移りこむなんて考えにくい。
だけどその考えにくい現象が起きたという直感を信じてその方向に目を向ける。
人混みを掻き分け突き進んだ視線の先に一人の青年の後ろ姿を発見した。
そんな後ろ姿なんてこの雑踏の中で何人も見てきたのに、その後ろ姿に妙な既視感を感じて一歩踏み出した。
「ん?どうした?」
「いや、何か・・・」
そういって見失わないように人をかき分けながらその青年の後ろ姿を追いかける。
買い物が終わったのか、青年は体を起こすとそのまま私に背を向けて人混みの中に溶け込んでいく。
「ちょっと待って!」
つい声が出てしまったけど、喧騒にかき消されてその青年に届いた様子はない。
急ぎ足でちょっと強引に体を割り込ませながら突き進み、どうにかこうにかその青年の背後まで近づいて手を伸ばして肩を掴んだ。
突然肩をつかまれた青年はビクッと体を震わせて、うつむき加減で私の顔を覗き込んだ。
「あなた・・・」
「なんですか?」
探している人物とは似ても似つかない黒髪の青年はおどおどしながら私に声を投げかけてきた。
「え・・・何って?」
「何でもないなら失礼します・・・」
そういうと肩に掛けた手を払って人混みの中に消え去ろうとする。
「いや・・・だからちょっと待ってってば!」
振り払われた手をもう一度伸ばしてその青年の肩を掴もうとしたとき、どこからともなく少女が体を割り込ませて伸ばした手をつかんできた。
「うちの下男に何か?」
その少女が小さい声で私に問いかけてくる。
前下がりに切り込んだボブカットの片方に鮮やかな葉っぱの形の髪留めを付けている。
額にかかるようにヘアバンドを巻いて前髪から覗いている目には強い意志を感じる。
とてもただの買い物客には見えない。
掴まれていた手を引き戻して、改めてその二人に目を向ける。
「下男って?」
「アスカでは男の使用人のことをそう呼ぶようです。」
「なるほど。」
わたしの呟きに素早く反応したニーナがそっと耳打ちして教えてくれた。
「で、何?」
何も聞いてこないことにしびれを切らした少女が再三となる問いを投げかけてくる。
何、と言われてもただ気になっただけで深い意味はなかった。
ただ遠目から見て何か引っかかるものを感じただけ。
「あ・・・何ってわけでもないんだけど・・・」
「じゃ。」
しどろもどろな受け答えをすると用はないとばかりにその身を翻して去ろうとする。
既視感の正体がわからず、見えなくなってしまう前に一つだけ質問させてもらう事にした。
「あの!・・・どこかで会ったこと、ありませんか?」
その声に青年は足を止めた。
でもそれは一瞬の出来事で、一言「いいえ」と呟くと少女に連れられて雑踏の中に消えていった。
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