第59話 クロエ視点 オルトの行方を追って
「知らねぇなぁ」
「分からないわねぇ」
「忙しいのが分からねぇのか?後にしてくれ!」
ニーナと二人で港で働いている人たちに聞き込みをしてはみたものの、予想通りというか想定の範囲内というか。
わたしたちの言葉が正しくイエスタの人たちに伝わっていない可能性もあるけど、それらしい人物を見たという証言は得られない。
そんなにすぐ情報が得られるとは思っていないのでショックを受けることはないけど、これをどれだけ続けたらオルトにつながるのかを考えるとちょっと眩暈がするのは気のせいではないだろう。
ひとしきり港にいる人たちに声をかけ、そのすべてに玉砕してニーナと合流する。
「さすがに日が経ちすぎてますね・・・」
「わかってはいたことだけど・・・ね。まぁ、ちゃんと言葉が通じてることは分かったわけだし、大きな前進よ!」
ニーナがいつの間にイエスタ語を習得したのか気になるところではあるけど、そろそろレオンと合流して一息つきたいところだ。
港から離れて町のほうへ向かって足を進める。
港にいた時から分かっていたことだけど、アスカの建物はグランザムとは大きく異なっている。
グランザムでは石材を積み重ねたものが主流だけど、イエスタでは基本的に木造建築がほとんどのようだ。
異国情緒溢れる港町のメインストリートの両脇には様々なお店が並んでいて、客と店主の激しい値切り合戦が勃発している。
主に他国から仕入れに来た商人が値切ろうと大声を張り上げているようで、一般客はそこまでではないようだ。
仕入ともなると少しでも安いほうがいいに決まってるし、躍起になる気持ちも分からなくもない。
そんなことを考えながら活気づいた街並みを眺めつつ、宿屋っぽいところを覗いてレオンの姿を探したけどなかなか見つからない。
「あいつ、どこいったのよ・・・」
「そうですね。宿屋はさっきのところで最後のようですし・・・」
港からウミナトの端っこまで町の中を歩いてきたけど、レオンの姿はどこにも見当たらない。
まったく、街中で迷子になるって自称親代わりが聞いて呆れる。
ため息を付いて歩いてきた道を戻ろうと振り返ると、すぐ脇の立派な屋敷の門の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。
何やら言い争っているようだけど、今はそんなことに首を突っ込んでいる場合ではない。
ニーナに声をかけると港のほうへ向かって戻っていく。
巻き込まれないように早歩きで門の前を通り過ぎると、その直後、大きな音がして門が吹き飛ぶと同時に中から数人の男たちも吹っ飛んできて道に転がった。
「ちょっと何なの!?ニーナ!巻き込まれないように離れるわよ!」
「クロエ様・・・まことに申し上げにくいのですが、どうやらトラブルの種はレオン様のようです。」
「はぁ!?」
驚きの声を上げて後ろを振り返ると、吹き飛んだ門から見慣れた大男が道に飛び出してきた。
それと同時に何十人もの男たちがすかさずレオンを取り囲む。
男たちは腰に下げた細身で湾曲した剣を引き抜くと正眼に構えて大男に狙いを定めている。
「曲者めっ!皆の者、気を抜くな!こやつ手ごわいぞ!」
「「「おう!」」」
何をしたらこんな状況になるのか問い詰めてやりたいところだけど、あれを放っておくわけにもいかない。
レオンに向かって突っ込んでいく兵士たちが盛大に吹き飛ばされていくのを哀れみつつ、足に力を籠めると大地を蹴って上空へ舞い上がった。
同時に右手を握りしめて拳を作ると、精神を集中させてエーテルの流れを感じながら拳へ収束させる。
淡い光を帯びた右手の拳を確認すると、光の尾を引きながらレオンに向かって急降下し、気合の声を張り上げた。
「なにやってんのよぉぉぉ!」
「ごあっ!?」
拳は見事にレオンの後頭部を打ち抜き、その衝撃でレオンは足元の地面に顔面からめり込んだ。
わたしはパンチの衝撃を利用して空中で一回転しながら華麗に着地し、砂埃の付いたスカートを手で払った。
吹き飛ばされた兵士たちはその一部始終を呆然と眺め、地面にめり込んだレオンとわたしを交互に見ている。
右手の拳に宿ったエーテルを解くと七色の光を放ちながら空中へ溶け、別に痛かったわけでもない右手をヒラヒラと振りながら足元に転がっているレオンに目をやった。
「ちょっと。いつまでそうしている気?あんたのために一芝居打ったんだから付き合いなさいよね?」
そう声をかけると、一呼吸間を開けて事も無げに地面から頭を引っこ抜くとわたしの正面に土下座した。
「ははぁ!御見それしました!」
その姿を見た兵士たちは少しだけ安堵の表情を浮かべると、異国の言葉を操る私たちを注意深く観察し始めた。
彼らには曲者を仕留めた強者であると映っているはずだけど、当のわたしの素性が分からず困惑していることだろう。
どうやってこの場を納めたらよいものか考えあぐねていると、門の奥、屋敷のほうから人の気配を感じた。
「これはこれは。見事なお手前です。さすがは戦乙女の後継者様であらせられる。」
その言葉を聞いた兵士たちはにわかにざわつき、こそこそと話を始めてちらちらとこっちに視線を送っている。
別に隠しているわけじゃないから構わないんだけど、戦乙女の継承者であることがばれると大体こういった反応をされるから、出来ればばれたくないというのが本音ではある。
だけどばれてしまったのなら仕方がない。
戦乙女の継承者であることを最大限生かしてアスカの重鎮と接触し、オルト捜索の手伝いをしてもらうというのが手っ取り方法なんじゃないだろう。
「ばれちゃいましたか・・・えぇ、そうです。わたしがかの有名な戦乙女の継承者、グランザム王国のクロエ・ヴァーミリオンです。」
胸に手を当て、スカートの端を摘まみ上げておしとやかにお辞儀をして見せる。
こういったお作法は面倒くさくて嫌いだけど、こういう場では必要なことだろう。
普段はちょっと抜けてるところもあるけど、締めるところは押さえているつもりだ。
屋敷から出てきた男はこちらのお辞儀に深々と頭を下げると、周囲の兵士を下げさせて屋敷の中へと案内してくれた。
「いやはや申し訳ございませんでした。こちらとしても異国の言葉を話す大男が乗り込んできたとあっては迎え撃つしかありませんで。」
「いえ、きっとレオンの行動が怪しかったのでしょう。そちらに非はないかと思います。」
お互いに社交辞令を交わしながらそれとない会話を始める。
客間に通されて正面に座っている男にどこまで話していいものか。
「それで、お三方はどのような用件でこちらへ?」
「え?えぇ・・・」
唐突に男から核心に迫る言葉が飛び出してきたので、ついどもってしまう。
下手に探りを入れると怪しまれるし、印象を悪くすればアスカでの活動はおろか入国すら危ぶまれる。
もじもじしながら助け船を求めてレオン・・・ではなくニーナに目を向けると、私の考えていることが伝わったのか少し微笑んで頷いた。
その表情から言いたいことを言えばいいと汲み取り、重要な部分だけは伏せる形で言葉を返した。
「実はある人物を探しに来ました。とても重要な人物です。」
「ほう・・・人探しですか。」
「ええ。」
わたしの言葉を聞いた男は考え込むように顎に手を当てた。
さすがにこれだけでは胡散臭さ過ぎるか。
更に言葉を重ねようと身を乗り出した瞬間、男はこちらに向き直って口を開いた。
「詳しい事情を聴きたいものですが、お急ぎのご様子。分かりました。臨時の入国を許可いたしましょう。」
「ホント!?」
「ただし一つ条件があります。まずは我が主バイカン様へご面会いただきたい。そこで正式な入国の手続きを行ってください。」
「バイカン様ですか。承知しました。それでは私たちはこれで・・・」
そう言って立ち去ろうとすると男から制止の声が飛び出してきた。
「まぁまぁ、そう急がずともよいではありませんか。グランザムから遠路はるばるいらしたというのにもてなしの一つもせぬとあっては武士の恥。今日のところは我が屋敷にてくつろぎください。」
「いや、でも・・・」
「希代の戦乙女殿が目の前にいるのです。我らとしてもぜひお話を聞かせていただきたい!」
「そういわれても・・・」
何とかして断ろうと頑張ってみたものの、男は諦める様子を見せない。
もう一度だけ断ろうと目を向けたところで後ろに立っているニーナに肩を叩かれて振り向くと、諦めたほうがいいとばかりに首を横に振った。
レオンも肩をすぼめて諦めムードだったのでそれに従うしかない。
「・・・分かりました。そちらのご厚意をありがたく受け取ります。」
「そうしてください。すでに部屋は用意させておりますので。どうぞこちらへ・・・」
そういいながら立ち上がって客間の戸を開けると、わたしたちを引き連れて屋敷の中を進んでいく。
妙に段取りがよくて少し怪しいような気もするが、考えすぎだろうか。
とはいえわたしたちがイエスタに来ることは伝えられていないし、変に勘ぐるのはやめておこう。
その日は屋敷で夕食やお風呂を頂き、疲れた体をしっかり休めて眠りについた。
◇◇◇◇◇
翌朝、屋敷の主の計らいにより馬車でアスカまで護送してくれるとの申し入れがあった。
何から何まで段取り良く手配してくれてありがたいことだ。
念のため、ウミナトでオルトの目撃証言が得られたら連絡してほしいと忘れず伝えておく。
アスカまでは丸一日かかるとのことで、午前中にはウミナトを後にしてアスカに向けて出発した。
北半球にあるグランザムと違って南半球にあるイエスタでは真逆の季節となり、少しずつ肌寒い季節へと移っていく。
夏が終わりこれから迎える秋は、春と同じく一年を通してもっとも過ごしやすい気候といえる。
いうほど気温の変化はないとはいえ、やはり夏は暑く冬は寒い。
どちらかというと冬のほうが厳しいと言えるだろう。
年中薄曇りの世界において、ソラーナの光はとても貴重だ。
突き抜けるような青空なんて余程のタイミングでなければお目にかかれない。
風の淀んだ世界に青空はとても貴重な代物なのだ。
そのはずなんだけど。
「アスカってグランザムと違って空が高いわね。」
そんなことをつぶやかざるを得ないほど、アスカの空は青く澄んでいた。
そよぐ風はまだまだ活力を漲らせている緑のにおいを運び、街道沿いの草木を優しくなでていく。
馬車の帆を引き開けて体を乗り出して胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
草木を身近に感じるほどのにおいが鼻の中をくすぐり、グランザムでは感じたことのない充足感に満たされていく。
「そうでしょう。イエスタは島国である関係上、海と山に面しています。海がもたらす雨によって大地には緑が豊富で、昨今では淀んだ空気を押し流すかのようによく風も吹くようになりました。鬼人族さえいなければ極楽浄土と言って差し支えないでしょう。」
わたしのつぶやきが聞こえたのか、御者台に座っている兵士が自慢げに声をかけてきた。
イエスタ語が分からないレオンが「なぁ、あいつなんて言ったんだ?」と聞いてくるが無視して、気になる単語を聞き返した。
「キジン・・・ゾク、というのは何なの?」
「おや?鬼人族をご存じでない?それはいけませんなぁ。」
そういうと兵士は事細かに説明してくれた。
細かい内容は省くけど、ようするに人間の敵でアスカ北東部に居城を構えている恐ろしい奴らということらしい。
強靭な肉体と気というわたしたちの国ではエーテルと呼ぶそれを人間よりもうまく扱うことができる種族とのことで、最たる特徴は額に生えた角だという。
「それってゴブリン的な?」
「ゴブリンじゃさすがに釣り合わねぇんじゃねぇのか?」
小指で耳を掻いていたレオンが声を挟んできた。
どうやらニーナに通訳してもらっていたようだ。
「角があるんでしょ?ゴブリンとは特徴が一致するけど、確かに人間と渡り合えるような奴らじゃないか。」
「オーク・・・いや、オーガみたいなやつらかもな!」
「オーガが城を構えるって、それはさすがにヤバいでしょ!?」
オーガは魔人族の一種でとりわけフィジカル面で圧倒的なアドバンテージがある。
恵まれた肉体から繰り出される強烈な一撃は山を砕き海を割くという。
そこらの人間では到底太刀打ちできるわけがない
聞いた話によるとエーテルの扱いにも長けているというのだから、いくらアスカの兵士たちが屈強であったとしても襲われたらひとたまりもないだろう。
「心配には及びません。アスカには軍を預かる御三家、それらを統括する大将軍のトウリ様。そして君主であらせられるエンジュ様が治めておいでです。鬼人族など恐れるに足らず。わっはっはっ!」
「そ、そう・・・なのね・・・」
わたしが勘違いしているのかこの人が頓珍漢なこと言っているのかわからないけど、鬼人族にだけは会わないようにしたほうがいいと肝に銘じた。
それからも兵士はいろんなことを教えてくれた。
身分の高い人よりも一般兵の彼みたいな人のほうが接しやすく、世間話からでもいろんな情報が手に入る。
これから会いに行くバイカンという人はさっき話に出てきた御三家のうちの一人だという。
どんな人物なのかは末端の兵士である彼には分からないらしいので直接会って話してみるしかないだろう。
そして最近の出来事としては、少し前に御三家と対を成す勢力が勝手な行動を起こしてアスカに混乱を招いたこと。
そのたくらみを阻止するために軍は鬼人族の前線基地に攻め込んで大打撃を与えたけど、その際に御三家側の部隊が別勢力側のトップに刃傷沙汰を起こして生死不明の状態になったということだ。
そして問題なのが、別勢力側がアスカの政を一手に担っているということ。
ようするにその人が死んでしまうと、それはそれでアスカにとっても大打撃ということらしい。
どういう事情でそんなことになったのかは噂程度でしか伝わってこないので、信ぴょう性に乏しい情報しかない。
「それだけお互いに仲が悪いということなのね。」
「まぁ、そういうことです。」
勢力が分かれているということはそれだけ思想や信念に違いがあるということで、少なからず軋轢も生まれるというもの。
すべての対立関係が悪というわけではないだろうけど、この一件に関して見ると御三家側がやりすぎたと見れなくもない。
「これ以上踏み込むべきではありませんね・・・」
ニーナが耳元でささやいた。
小さく頷いて合意の合図を送ると世間話へ話題をすり替え、馬車はアスカを目指して進んでいく。
日をまたいで翌日のお昼ごろ、遠くに建物らしき姿が浮かび上がってきた。
ウミナトで見た作りの家が軒を連ねてところ狭しと家屋がひしめき合っている。
違いがあるとすればウミナトでは一軒一軒個別に立てられていたけど、ここでは一つの棟が異様に長く切れ目がない。
道側に同じような引き戸が等間隔で作られていて、それが一つの部屋であり家であり、階級の低い平民が暮らす家なのだそうだ。
長屋と呼ばれる建物がひしめき合っているエリアを抜けると、今度は商店が立ち並ぶエリアへ入っていく。
方眼に区画整理された商業エリアはさっきの住宅街を水路で分断するような形を成している。
水路には枝の垂れ下がった樹木が植えられ、その枝が風にそよいで何とも言えない風情を醸し出している。
また人や物を乗せた小舟が水路を行き交い、交通の便にも一役買っているようだ。
人の往来が多い商業エリアを抜け馬車は休むことなく町の奥を目指し、まるで迷路のような街並みを抜けると長大な塀を伴った大きい門の前に進み出た。
門の両側に控える兵士が御者台の兵士に近づいてくると、その男に懐から手紙のようなものを手渡した。
受け取った兵士は持ち場に戻るともう一人の兵士に何かを伝え、その兵士は大急ぎで塀に取り付けられた戸を開けて奥へと消えていった。
しばらくすると正面の大きな門がぎしぎしと音を立ててゆっくりと道を開く。
門の先にはグランパレスに匹敵するほどの建造物が姿を現し、馬車はその入口へとゆっくり進んでいった。
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