第48話 守護者降臨

 それはあまりにも唐突に発生した。

 そして、この空洞に到着したときに目にしたあるに三人の目が奪われる。

 いつの間にか空洞内の中央に位置する場所にあった丁の字型の台座ともいうべきそこから気が漏れ出していた。

 その気は何とも言えないほど澄み渡っていて、なぜか触れてはいけないものであるかのように感じ取れた。

 溢れ出した気は徐々に空中へ舞い上がると周囲の風を巻き込みながら強烈に渦巻き始める。

 そしてその中心が空気の摩擦によって静電気を発生させてバチバチと発光を繰り返し、ひときわ大きく発光して周囲を照らすと、さっきから渦巻いていた風が収まり静寂が訪れた。


「くっくっく・・・はーーーはっはっはっ!」


 突然錐使いが高笑いを始めたかと思うと、全身を震わせてこれから起こるであろう変化を見逃すまいと凝視した。

 レンギョウと私も何が起こっているのか分からず身構える。

 するとさっきまで原因不明の嵐が発生していた場所にゆっくりと気が流れ始め、徐々に何かを形作っていった。

 それは次第に色を濃くし、より鮮明さを増してその形を作り上げていく。

 そしてそれらは自身に与えられた大きく美しい翼を広げて羽ばたくと上空を何度か旋回し、降下を始めると力強く、どこか優雅に丁の字型の台座に止まった。


「な、何・・・?」


 目の前で起こっている現象を見てもそれが何なのか頭が理解しようとしない。

 一見すると鷹や鷲のたぐいに見えるけど、その体は半透明な気の塊だ。

 一方は爽やかな風を凝縮したような山葵色わさびいろの体を持ち、ひとたび翼を広げればたちまち強烈な風となって地面や外壁を穿ち砂ぼこりが舞い上がる。

 そしてもう一方は刹那の閃きともいえる雷を幾重にも纏った金糸雀色かなりあいろの体で、その嘴から放たれる鳴き声は空気を振動させて幾条もの雷光がほとばしっていた。

 気そのものが生命であるかのような二羽の鳥たちから溢れ出る強烈な存在感に目を離すことができない。

 それはレンギョウも同じだったようで身動き一つせず、あれが何者であるのかを探るような目つきで睨みつけていた。


「お・・・おおっ!」


 すると高笑いをしていた錐使いが歓喜の声を上げた。

 なにか高貴なものを前にしてあがめるような態度の錐使いは両手を広げると現れた鳥のような生き物に言葉を発した。


「おおっ、間欠泉の守護者よ!その底なしの気をもって我ら侵入者を排除するのだ!」


 そういって私達のみならず自らも標的にしろと言わんばかりに二羽に近づくと、黒い気を纏いなおして両手の獲物を振りかざした。

 錐使いが守護者と呼んだ二羽の鳥達は即座にその声に反応すると、台座から飛び上がり大きく羽ばたいた。

 突如、大量の気が渦巻いて空洞内を埋め尽くすほどの竜巻が発生すると、あっという間に錐使いを飲み込んだ。


「うおあぁぁぁぁーーー!」


 吸い込まれていく錐使いをよそに、私とレンギョウはその場から壁際に飛びのいてその様子を注意深く観察した。


「あれは何っ!?」

「あんなものは知らん!!」


 レンギョウは叫ぶと太刀を地面に突き刺して体を支え、腰に下げていた巾着に手を突っ込んで無造作に引き抜き、それを口の中に放り込んでむしゃむしゃと食べ始めた。


「な、何してるの!?」

「オレのすることにいちいち反応するな。」


 そういうともう一度手を突っ込んで何かを取り出すと私の口に無理やり放り込んだ。


「むぐ!?ちょっ・・・!!」


 強烈な苦みが口の中いっぱいに広がって口から吐き出しそうになるところをレンギョウにふさがれてしまう。


「飲み込め!ここから生きて出たければな。」


 涙目になりながら無理やり喉の奥に押し込んで一気に飲み込んだ。

 後味も最低で口の中に残った何かのカスがしつこく苦みと臭みを放出している。

 直後、お腹の中が熱くなると同時に緩やかに気が満たされていく感覚に包まれた。


「これは・・・?」

「これでまた動けるようになるはずだ。」


 要するにさっきのは何かしらの薬なのだろう。

 そう言われると、錐使いに受けた外傷はともかくとして内部に残った損傷が柔いでいるのがわかる。

 体内で徐々に溶け出してくる薬剤の効果なのだろう、すり減らした気が回復していくのがわかる。


「あ、ありがとう・・・」

「・・・いないよりはマシだと判断しただけだ。」


 相変わらず愛想もない言葉に心がささくれ立つけど、ここは一応感謝しておこう。

 おかげで吹きすさぶ竜巻に体を持っていかれなくて済んだし、少しだけど体力も回復した。

 その間も竜巻は留まるどころか勢いを増し続け、空洞内のありとあらゆる物体を飲み込んで暴走を続ける。

 時折空気を引き裂くような鳴き声が聞こえ、その度に稲妻が轟いて竜巻の中を駆け巡る。

 いくつかの稲妻がはじけ飛んでは空洞の外壁を直撃して崩落し、崩れ落ちた岩が風と雷に削られて石礫となって周囲にはじけ飛んだ。


「無茶苦茶!」


 立っているのもやっとの状況でそれらを回避すること数分。

 竜巻は徐々にその勢いを弱めて雲散霧消した。

 さすがにすべてを回避することは難しく、いたるところに打撲を受けたけど何とか持ちこたえることに成功した。

 しばらくすると煙を上げたボロ雑巾のような錐使いが上空から落下して地面に叩きつけられた。


「やった!」


 私はそう言って握りこぶしを作り、レンギョウを横目に見た。


「・・・」 


 レンギョウはというと睨みを聞かせたまま錐使いを見た後、二羽の鳥に視線を移して固まっていた。

 私も恐る恐るレンギョウの見ているほうへ視線を移し、驚愕の景色を目の当たりにした。

 横穴となる風穴を通ってきたのでこの空洞が山のどのあたりにあるのか、想像するのは難しいけど、崩落した外壁が外に通じているらしい。

 いつの間にか夜になっていたようで、その穴から天白の光が静かに差し込んでいた。

 そしてその光の中に台座に止まった二羽の鳥と、そこにいるはずのない人物がたっていた。


「えっ!?」


 そこには白髪の人影があった。

 青みを帯びた白髪の人物は長く伸びた髪が目元を覆い、相変わらずどこを見ているのか分からない。

 だけど二羽の守護者を見上げるように顔を上げ無表情に佇んでいる。

 一糸纏わぬその姿は、まさに今ここに湧いて出てきたとしか言い表せない出で立ちだ。


(そんなこと、あるわけない!)


 頭の中ではそう思っても、目の前の事実が私の中の常識を覆してくる。


「ハク・・・」


 その名を呼んで改めてこの事実を飲み込む。

 ハクは私の声に反応するそぶりはなく、ただじっと守護者を見上げている。


「何なのだ、あいつは?」


 レンギョウが化け物でも見ているかのように呟きながら疑問を投げかけてくる。

 私もそれを知りたい側なので答えることができない。

 ハクがどうやってここに現れることができたのか、二羽の守護者と呼ばれた存在とどういう関係なのか、頭の中に答えのない疑問が浮かんで埋め尽くしていく。

 この状況をどう解釈していいのか分からず、ハクのもとへ駆けつけてよいのかもわからない。

 ハクは今、守護者の眼下にいる。

 そこに行くということは、もしかしたらもう一度あの嵐を引き起こされるかもしれない。

 そうなるとハクの救出どころの話ではない。

 倒れてピクリともしない錐使いを横目に見ながらどうするべきがレンギョウに視線を送ったけど、かくいうレンギョウもどう動いていいか思案しているようだった。

 あれこれ手立てを考えていると、またしても目の端に変化を感じてその方向へ目を向けた。


「今度はなに!?」


 もはや何が起こるのか予想も想像もできない。

 二羽の守護者が飛び立つとハクを中心に旋回を始めた。

 次第に速度を増していくと徐々に守護者たちの体を構成している気が分散し始める。

 風と雷の気がハクを取り囲んで繭のようになり、しばらくその状態が続くと上部からきらきらと分解して空気に溶けていった。


「一体・・・何が起きているんだ・・・」


 レンギョウが驚きの声を上げたと当時にさらなる変化が訪れた。

 ハクの立っているところ、守護者が降り立った台座を中心にとめどなく気が溢れ出してきた。

 それは例えるなら枯れた井戸の底から水が大量に湧き出てくるかのように。


「間欠泉の封印が解かれたというのか!?」


 再びレンギョウが驚愕の声を上げた。

 その言葉を裏付けるかのように溢れ出した気は、何かに影響を受けて変化を起こすわけでもなく、ただひたすらに空洞内を満たしていく。

 そしてその中心では無感情のままのハクが直立不動の姿勢でぼーっと空中を眺め続けている。

 ただ、いつの間にか右手に何か光るものを握りしめていた。

 それが何なのか、今何が起きているのか、何をどう判断してよいのか全く考えることができない。

 でも何もしないわけにはいかない。

 錐使いが死んだのか、ハクがどういう状態なのか、間欠泉に何が起きたのか。

 まずは一つずつ整理しなければいけない。

 そう思って錐使いの様子を確認するために倒れている方向に目をやった。


「い、いない!?」


 驚きの声を上げた瞬間、嫌な予感がしてハクへ視線を動かすと同時に走り出した。

 そこには背中を切りつけて倒れ込むハクと、その右手に握られている何かを奪い取った錐使いの姿があった。


「ハクッ!」

「まだ何か企んでいるのかっ!」


 憎々しげにレンギョウが言葉を吐いた。

 ボロボロになっている体を無理やり立ち上がらせ、肩で息をしなければいけないほど疲弊しているのに、外套の奥に光る眼が明らかに何かを物語っている。

 錐使いは溢れ出す気の中心に立ち、そしてハクの右手から奪い取った何かを指先で摘まみ上げた。

 それは天白の光に照らされて薄緑色の光を放つ丸く小さな宝石のようだった。

 錐使いは天高くその宝石を掲げると、上を向いて大きく口を開いた。

 そして小さい宝石はその口の中へ消えていった。


「ハクから・・・離れろ!!」


 そういうと大地を蹴って錐使いへ突っ込んだ。

 空洞内に満たされた気によって力が何倍にも膨れ上がるような錯覚を覚える。

 確かな手ごたえとともに大きく跳躍し、落下とともに絶妙なタイミングで上段からの抜刀を仕掛けた。

 刀が空を割き、錐使いの頭へ吸い込まれていく。

 そして次の瞬間、刀を持つ手が硬直した。


「なっ!?」


 上を向いた錐使いの顔面目掛けて振り下ろした刀は完全に錐使いを捉えていた。

 しかし、刀は何か強烈な力によって押し返され、錐使いに届いていなかった。

 その得体のしれない力は徐々に勢いを増すと、私とハクを吹き飛ばしてさらに膨張を続ける。

 壁際まで吹き飛ばされたハクに駆け寄って切られた背中を確認すると、肩から腰に掛けて激しく切り裂かれていた。

 吹き飛ばされた衝撃なのか、もとからそうとも言えるが意識はあいまいだ。

 いずれにしてもすぐに治療が必要な状態であることはだれが見ても明らかだった。


「もうそいつに用はない・・・」


 静かに錐使いの声が響いた。

 声の方向へ目をやり、妙な変化を見せた錐使いを睨みつける。

 そっちに用がなくてもこっちはおおありだ。

 これまでさんざん人を殺し、鬼人族を殺し、ここに来てまだ何かを企んでいる。

 そんなやつをこのまま野放しにできるわけがない。


「こっちには用がある。」

「キサマを殺すという用がなっ!」


 そういうとレンギョウと私は周囲に満ちている気を喰らった。

 封印から目覚めたかのように間欠泉は絶え間なく気を放出させ、いくら吸収しても尽きる様子はない。

 限界まで気を吸収すると全身の筋肉を活性化させて一気に詰め寄る。

 フラフラで身動きの取れない錐使いは真っ赤に燃えた太刀を上段から、私は水平に薙ぐように脇腹を切りつけた。

 両者の斬撃が当たる瞬間、錐使いの体が膨張するように見えたかと思うと、体の表面を覆うように気の膜が出現して攻撃を受け止めた。


哭呪印こくじゅいん邪霊憑依じゃれいひょうい!」


 錐使いはそういって言葉を発すると両手を振り上げて私たちを弾き飛ばした。

 そして腕に力を籠めるように握りこぶしを作って後ろに引き絞ると、突如足元から薄暗く蠢く影のような気が立ち上った。

 その影は錐使いの気を喰らうかのように踊り狂い、次第にその形を変えていく。

 よく見ると蠢く影は破れた外套の一部が変化したもので、それがさながら九つ首をもたげた龍をその身に宿した姿となった。


「ふ・・・ふふふ・・・ふははははーーーっ!」


 全身を震わせながら突然笑い出した錐使いを睨みつける。

 錐使いの背後で揺れ動く九つの首の一つ一つが意志を持っているかのように伸縮してとぐろを巻いた。

 錐使いは豹変した姿に酔いしれるように両腕で自分を抱きしめながら恍惚の笑みを浮かべた。


「すごい・・・これはすごいぞ!力が!体の中から力が漲ってくる!俺はついに手に入れたぞ!究極の力をっ!」


 そういって大声で笑い始めると背中から生えた龍の口が開いて耳障りな咆哮を上げた。

 耳を手で塞ぎながらさっきの言葉の意味を理解して怒りがこみあげてくる。


「そんな目的のために我らを手にかけたというのかっ!」


 怒りの声を上げたレンギョウが錐使いに向かって足を進める。

 燃え盛る炎の気が足元の地面を赤く染め、今にも溶解しそうな勢いだ。


「消し炭さえも生ぬるい!塵となって果てろっ!」


 怒りでかみしめた口の端から血が滴り落ちる。

 その瞬間レンギョウの気が爆発した。

 強烈な熱波を纏ったレンギョウが錐使いに突進し、その勢いのまま上段から切りかかった。

 錐使いはその攻撃に動じるそぶりも見せず、身動き一つしない。

 炎を巻き上げる太刀が袈裟懸けに錐使いの首元へ襲い掛かると、背中から龍の首が太刀に食らいついた。

 気の塊であるはずの龍の首は太刀から溢れ出る炎に焼かれて、さながら肉が焼けるような音を上げている。

 太刀の勢いに押されて徐々に首元に近づくと、さらに二つ三つと龍が口を開けて太刀に巻きつき、完全に太刀の勢いを止めると残りの首がレンギョウに襲い掛かった。


「チッ!」


 レンギョウはさらに気を強めて龍の首を焼ききって後退し、構えなおすと錐使いを見て小さく舌打ちした。

 さっき焼き切ったはずの首が再生している。


「再生できなくなるまで燃やし尽くしてくれるっ!」


 そういうとレンギョウは手に持つ太刀に気を込めた。

 レンギョウから溢れ出た気は太刀へ伝わると大きな炎の塊を作り出した。


劫火残灰ごうかざんかい!」


 雄叫びとともに太刀を一閃すると、轟音とともに巨大な炎の渦が打ち出されて錐使いを飲み込んだ。

 炎の渦は大蛇のように錐使いへ巻き付いて燃やし尽くさんと食らいつく。

 それを阻止するかのように九頭の黒い龍が大蛇と化した炎の渦ともつれ合った。

 その行く末を黙ってみているつもりはないらしく、レンギョウは太刀を地面に突き刺すと猛然と錐使いに駆け寄っていく。

 右手と左手に気を集中させるとその拳で激しく殴りつけ、錐使いはたまらず状態をかがめた。

 そこを見逃さずレンギョウは左腕を引き絞ると、気合の掛け声とともに鳩尾へ拳をねじ込んだ。

 衝撃とともに体が宙に舞い上がると、追撃とばかりにレンギョウも飛び上がり、上空で体を一回転させてからのかかと落としをお見舞いする。

 地面に叩きつけられた錐使いは轟音とともに砂ぼこりに飲まれた。


(す、すごい・・・)


 薬を飲んだとはいえ毒に侵され、これまでの戦闘の疲労も蓄積しているはずなのに、これだけの気を扱って錐使いを追いこんでいる。

 鬼人族が戦闘に長けているのはいうまでもないけど、ここまで差を見せつけられると敗北感を味わってしまう。

 あれだけ激しい攻撃を打ち込んだにもかかわらず、レンギョウは地面に刺した太刀を掴むと油断を一切見せずに構えなおした。

 それもそのはず。


「くっくっく・・・無駄なんだよ・・・無駄無駄無駄ぁーーー!」


 砂ぼこりの中から不気味な声が響き渡り、気の膨張に伴って砂ぼこりの中から一本また一本と黒い龍の首が姿を現す。

 どうやらレンギョウもそれをわかっていた様子で、小さく舌打ちしながら気を徐々に高めている。


「素晴らしい・・・気が無限に湧いてくる。さぁて、ここでの目的は果たした。お前たちをすり潰したら次は鬼人族の城でも落としに行くか。最終的にはイエスタ全土を我が手中にっ!」


 自ら発する気に酔いしれるかのように呟いて己の目標を高らかと宣言した。


(鬼人族の城を攻める?イエスタを手中に?そんなことをして何がしたいの?)


 私には理解できなかった。

 自分の目的のためなら人を殺めることもいとわない。

 そんなやつがこれから鬼人族を殺し、同族にも手をかけてイエスタの頂点に立つと言っている。

 そんなことは絶対にあってはならない。


「そんなこと、絶対に許さない。」

「クルスの娘よ、お前にこの俺を止められるのか?」

「止める・・・止めてみせるっ!」


 レンギョウほど強いわけじゃないけど、ここで何もしないなんて選択肢は存在しない。

 これまでの辛い経験が頭をよぎって刀を持つ手に力が宿る。

 私はこいつを止めに来た。

 今はその一点に意識を集中させる。

 次の瞬間、周囲の気を一気に吸い込んで地面を蹴った。


「やってみるがいい!そして力の差を思い知れっ!」


 両手を開いて黒い気を纏うと龍の首が激しく動き出す。

 私が動いた瞬間、レンギョウも飛び出してきた。

 両側から振り下ろされた攻撃は龍の首を切断するも、すぐに復活してもとに戻ってしまう。

 奇声を発しながら繰り出してくる手刀をかいくぐって懐に潜り込み、脇腹めがけて切り上げるけどその瞬間龍が割って入って刀に食らいつく。

 反対側ではレンギョウが太刀と拳を使った猛攻で押していくけど、無尽蔵に生み出される龍に一進一退の様子だ。


「どうした?二人がかりでもうおしまいか?」

「なめるなぁ!」


 雄叫びを上げたレンギョウが怒りとともに炎を吹き上げて斬撃を繰り出した。

 龍は強烈な炎を浴びて消滅するけど、やっぱりすぐもとに戻って炎の気を喰らっていく。

 そして反撃とばかりに龍が死角から襲い掛かってきていくつもの裂傷を付けられた。

 こっちも手数を増やして注意を引き付けようとするけど、レンギョウほど火力のない私のほうにはあまり興味がないらしい。

 後ろに目でもついているのか錯覚してしまうほど正確に刀をはじき返してくる。

 不意に伸びてくる龍がこちらの動きをけん制するかのように蠢き、口から吐き出される邪悪な気によってこっちの気を相殺していく。

 いったん距離を取ってレンギョウと並びあうも、お互いに有効打を決められず肩で息をしなければならないほど疲弊している。


「ハァハァ、黒い・・・龍が邪魔・・・」

「それだけではない。あいつの気の根源を立たねば埒が明かん。」


 それは確かにそうなんだけど、力の根源と言ったら錐使いが飲み込んだ宝石みたいなやつのことだろう。

 それをあいつの腹の中から取り出すには大穴を開けなければいけない。

 簡単に接近できる相手じゃないし、よしんば接近できたとして龍に守られた錐使いの腹に穴を開けられるほどの攻撃手段もない。


「来ないのならこちらから行くぞ!」


 こちらに考える時間を与える気はないとでもいうように、今度は錐使いのほうから突っ込んできた。

 両手の手刀が黒い気を纏って正確に急所を狙って突いてくる。

 眉間に吸い込まれてくる手刀を刀で弾くと、突然脇腹に衝撃が走って一歩下がる。

 見ると脇腹に龍の頭が喰らいついて、食いちぎらんとその身をくねらせていた。

 激痛で顔が歪むけど怯んでいる場合じゃない。

 刀で断ち切ると痛みを堪えて前進する。

 進んだ先で切り結んでいるレンギョウの背後から跳躍すると上空から十文字に切り結んで龍の首を落とし、錐使いの背後に着地すると無数の突きを繰り出した。

 背中の龍を串刺しにするも手ごたえはない。

 やはり本体となる錐使いへ直接攻撃しない限りどうしようもないんだろう。

 とはいえ、いくら切り進んでも分厚い気を纏った錐使いの体へ刀が届きそうにない。

 それはレンギョウも同じく、黒い気の影響で炎が拡散されてしまい本体まで届く様子はない。

 迫りくる手刀を払いのけると、突破口を見つけるために一歩踏み込んだ瞬間死角から強烈な殺気を感じて刀を振り抜いた。

 振り抜いた刀は龍を両断したけど、その後ろからもう一つ龍が大口を開けて迫ってきていることに気づくのが遅れてしまった。


「い・・・ぎ・・・!」


 悲鳴にもならない声があがる。

 振り抜いた姿勢のまま両腕と一緒に体を咬まれ、そのまま宙に浮き上がりレンギョウのほうに叩きつけられる。

 一瞬太刀を構えたレンギョウだったけど、私ごと龍の首を切るのは躊躇ったようで、構えを解くと私の体を受け止めた。

 でもその隙を錐使いが見逃すはずがなかった。

 私を受け止めて無防備となったレンギョウに向かって龍の首が一斉に襲い掛かった。

 私を咥えていた首を切り落とし、向かってきた龍の首をいくつか迎撃したものの、すべてを捌き切ることができず、脇腹や腕を咬まれ苦痛の表情を浮かべる。

 私を抱えたまま後方へ飛びのくと片膝をついて放り投げだされた。


「ご・・・ごめん・・・なさい・・・」


 痛みを堪えつつ詫びを入れる。

 苛立ちを隠しきれないのか、レンギョウは深くため息をついて立ち上がり錐使いを睨みつける。


「そろそろ限界なんじゃないのか?」


 余裕の笑みを浮かべて不規則に左右に揺れながらゆっくりとこっちへ近づいてくる。

 でも確かに今の状況をひっくり返すだけの手段がない。

 レンギョウも苦虫を嚙み潰したような表情で近づいてくる錐使いとの間合いを見計らっている。


「ではそろそろ消えてもらうとするか。」

(何か・・・何でもいい・・・)


 そして止めを刺そうと錐使いが私たちへ向かって駆け出してきた瞬間、壁際からじんわりと染み渡るかのように地面を伝ってきた。

 その冷気は錐使いの足元まで伸びると、鋭くとがった槍のような氷柱を発生させた。


「まだ生きているのか。」


 ひらりと身をかわして氷柱を叩き割ると忌々し気に冷気の発生する方向へ目を向ける。

 そこには背中をざっくり切られて気絶していたはずのハクが立っていた。

 でも意識があるようには見えない。

 四肢に力は籠っていないし頭も垂れ下がっている。

 表情は見えないけど誰がどう見ても何かできるような状態ではない。

 ただ一点普通と違うところは、首飾りに付いている青く澄んだ宝石が光を放っているところだろう。

 その光に呼応するかのように錐使いの腹部のある一点も光を放っている。


「う・・・ぐ・・・おあぁぁぁぁぁ・・・!」


 すると突然、頭を抱えて苦しそうに呻き声を上げた。

 変化はそれだけではなく、気を維持できなくなったのか纏っている龍の影が薄くなり、その輪郭もぼやけ始める。


「何を・・・した・・・許さんぞ!この力は・・・俺のものだっ!!」


 雄叫びを上げるとハクに向かって一直線に突進を始めた。

 それと同時に私も飛び出す。

 体中の裂傷や咬傷から血が流れ痛みに意識が消えかかりそうになるけど、これからあいつのすることを傍観することはできない。

 飛び出しながら今までのことが走馬灯のように脳裏をよぎる。

 シンやサキの笑顔、計画を達成するために父たちと話し合った日々、そして父やカグラの焦燥した顔。

 今ここでハクを失うわけにはいかない。

 無我夢中で持っていた刀を投げつけ、そしてハクと錐使いの間に割って入りハクを背に両手を広げて目を瞑った。

 刀を弾き飛ばした錐使いの荒い息遣いが耳元に迫り、黒い気を纏った手刀が私の胸を貫いた。

 肉を貫き引き裂く音と共におびただしい量の血が地面に流れ出る音が聞こえる。

 最後にあいつを頼りにすることが癪だけど、今は私の個人的感情を優先するべきではない。

 この場において私よりもレンギョウのほうが戦力は上だ。

 ハクが何をしてくれたのかはわからないけど、錐使いの異変を見る限りこれが最後の好機と見ていいだろう。


(レンギョウ・・・後は任せた・・・)


 そう思って死を覚悟したけど、一向に痛みが訪れない。

 死ぬほどの激痛は脳が神経を遮断するとかいう話は聞いたことがあるけど、今がまさにその時なのだろうか。

 そう思って恐る恐る目を開けた。

 するとそこには錐使いの薄汚れた顔ではなく、燃えるような赤い羽織がはためいていた。


「え・・・?」


 想像していた風景と違うことに違和感を覚え、貫かれたはずの胸元を確認しようと目を落として体が硬直した。

 目を落とした先にはレンギョウの背中があり、そこからどす黒い手が伸びていた。

 その傷口からは鮮血が噴き出し、私の顔を赤く染め上げた。

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