第6話 摸擬戦
そして迎えた模擬戦当日。
いつものように朝を迎え、父さん母さんと朝食を頂く。
心なしか朝食が豪華な気がするけど、きっと気のせいではないだろう。
ただ、朝の挨拶を交わしてから誰も口を開かなかった。
無言のまま食べ終わると何事もなかったかのように三者三様、自分のやるべき仕事へ戻っていく。
僕が余計なことを考えなくて済むように気を利かせてくれているのだろう。
その気持ちに感謝しつつ、今日の戦いに備えて防具の準備を進めた。
準備といってもいつもの木製の籠手、そして使い古してボロボロの皮製の胸甲だけ。
少々見た目に難があるけど、岩のように硬い皮を持つ岩トカゲを素材にしているので防御力にはそれなりに自信がある。
「じゃあ、行ってきます。」
準備を終え、家に残っている母さんに声をかけた。
水仕事の途中だったのか、エプロンで手を拭きながら玄関に来ると何も言わずに抱きしめられた。
思いのほか強く抱きしめられて、少し胸が締め付けられる。
「大けがする前に降参するんだよ?」
「なんで負ける前提なのさ?」
「アハハ・・・そうだね。」
「負けるつもりはないし、もう後に引くつもりもないんだ。」
そういって自分を鼓舞する。
全力でぶつかって、それでもダメならどのみちドランに逆らう手段は残されていない。
僕も母さんを強く抱きしめて、そして力を抜くと背中をポンポンと叩いた。
「大丈夫。おおごとにするつもりはないんだから。」
そういって母さんを納得させる。
安心材料はどこにもないけど不安を煽るわけにもいかないから、あえて強気に見せた。
「・・・レティちゃんのため、そしてなにより自分のために頑張りなさい。」
そういうと母さんは抱擁を解いて僕を見送った。
玄関を出て畑に目をやると父さんの背中が野菜たちの向こう側にちらほら見える。
声を掛けることなくその背中に深く頭を下げた。
父さんも言いたいことはいっぱいあると思うけど、食後すぐに席を外したということは何も言うまいという意思表示に他ならない。
その意思をくみ取り、僕も声を掛けることなく出発した。
模擬戦会場へ向かう前にローラおばさんにも顔を見せた。
散々心配をかけてしまっているからちゃんと顔を見せておきたかったというのもあるし、何よりローラおばさんの顔を見たかったというのもある。
「おはようございます、おばさん。調子はどう?」
「もう。オルトちゃんは・・・私の心配より自分の心配をしなさい。」
そういって体を起こすとおばさんは僕をベッド脇の椅子へ促した。
「あはは、それはそうなんですけど・・・心配かけるようなことになってしまって、本当にごめんなさい。」
「もうそれはいいのよ。それに本当はこっちが謝らないといけないのに。」
そういってローラおばさんは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「おばさんが謝る必要なんてありませんよ。これは僕が蒔いた種なんですから。」
そうだ。
これは全部自分が蒔いた種なんだ。
ドランに目を付けられ何を言われても何をされても抵抗することなく、されるがままに流されてきた。
その流れはいつしかドランの周囲の人間をも巻き込み、大きな渦となって村全体へ波及していった。
でも今更悔やんでもなくなるわけじゃない。
タイミングは最悪だけど、このケジメは僕が付けるしかない。
「恐怖に負けていろんな人からいいように扱われてきました。でもそんなんじゃダメだと思って体を鍛えたりしたけど、結局抵抗することが出来ませんでした。いじめの矛先が僕に向いているうちに何とかしていればこんなことにはならなかったんです。・・・レティをこんな目に合わせたのは僕なんです。」
これが事実であり真実なんだ。
そうつぶやくと力なく俯いた。
「それは違うわ・・・といってもオルトちゃんは自分を責めるのよね。」
ローラおばさんは穏やかな表情を浮かべると、暖かい両手で僕の手を包み込んだ。
優しい気持ちが僕を包み込んでいくような気がした。
「ごめんね、こんなタイミングだけどちょっと不謹慎なこと言うわね。」
ローラおばさんは前置きを告げると、嬉しいような悲しいようなどちらともつかない表情で話はじめた。
「こんなことになってしまったことは残念だけどレティは幸せ者だと思うの。だってそうじゃない?オルトちゃんにここまで思ってもらえるなんて。」
「それは当然じゃないですか。レティは僕の妹みたいなものです。妹を守るのは兄の役目ですから。」
真顔でそう告げるとローラおばさんは驚いた表情を見せたかと思うと、残念そうな表情を浮かべ、やがてにっこり微笑んだ。
「あ、妹なのね・・・レティ、あなたの望む未来はなかなかに険しそうね・・・」
「え?なんですか?」
「ううん!こっちのことよ。気にしないで。」
ローラおばさんは慌てふためいて平静を取り繕った。
なかなかに険しいって何のことだろう?
「それと・・・あまり引き留めるのもいけないわね。」
そういうとローラおばさんはサイドテーブルの引き出しをごそごそし始め、中から小さな光る物体を取り出すと僕の首へぶら下げてくれた。
それは小さなペンダントだった。
菱形の青い宝石が付いた装身具のようで不思議な幾何学模様が描かれている。
覗き込んでみると何かが揺らめいているようにも見えたが・・・きっと気のせいだろう。
「これは?」
「お守りのようなものよ。気休めでもいいから持っていってちょうだい。」
「いいんですか?なんだか高価なものに見えますけど・・・」
無理やり首に付けられたそれは朝日を浴びてキラキラと輝きを放っている。
一瞬だけ大きく煌めいたような気がした宝石を大事に胸の奥へしまい込んだ。
気安く渡されたものだけどなくさないように気を付けよう。
服の上からその存在を確かめつつ立ち上り、心配そうな顔のローラおばさんに別れを告げると模擬戦会場となる村外れの野外訓練場を目指した。
朝も早くから野外訓練場には多くの見物人が集まっていた。
道中にも訓練場に向かう人たちがちらほらいたし、まだ増えるんじゃないだろうか。
そんな中ドランを応援する声は多いけど、僕に対しては心無い罵詈雑言が飛び交う。
この状況を作り出した原因の一部を自分も担っていると思うと落ち込んでしまうけど、弱気になるわけにはいかない。
これから自分の手で変えてやるんだ。
そしてレティも助け出す!
訓練場といっても広い荒れ地を少し整備した程度の代物で、その周囲を取り囲むように見物人がいる。
ほとんどの村人が見に来ているんじゃないだろうか。
訓練場入り口の脇にはトウジ先生含め、数人の王国兵が控えている。
正式な模擬戦として勝敗を認定するためなのだろうか。
そして中央にはすでにドランが待ち構えていた。
予想通り、腰には訓練兵御用達の青銅剣と左手にはラウンドシールドと言われる円形の盾、薄い革製の下地に鉄製のプレートを貼り付けた鎧を装備している。
対する僕は見るからに貧相な防具、そして木製の籠手だ。
周囲からは僕の出で立ちを見てせせら笑うものまでいる。
でも、そんな嘲笑に気を取られるわけにはいかない。
意識をドランに集中し、少し距離を取って向かい合う。
ほどなくして入り口付近で見守っていたトウジ先生が歩み寄り、僕とドランの間に立った。
どうやらトウジ先生が審判を務めるようだ。
トウジ先生が来たことを合図にドランが声を掛けてきた。
「ようオルト。よく逃げずに来たな。」
「・・・。」
「なんだぁ?ブルって声もでねぇってか!?」
またいつもの安い挑発だ。
いちいち相手にしていられない。
大きな声で挑発してくるドランの声に観客たちは笑い声をあげる。
よくよく考えたら、次の村長候補はこいつだ。
兵役を終えて戻ってきたらこいつが村長の後を継ぐのだけど、村民たちはこんな人情の欠片もないやつで本当にいいと思っているんだろうか。
そう思わざるを得ないほど、ドランは嫌な顔をしていた。
どれだけ僕が憎いんだろう。
正直怖いといえば怖い。
全身悪意の塊みたいな気配を漂わせて、今にも切りかかってこようとする相手が正面に立っているんだ。
怖くないわけない。
でも、ここで雰囲気に飲まれちゃダメだ。
ここは強気に出る。
「無駄口は好きじゃありません。先生、試合を進めてください。」
「冷静ぶりやがって、オルトのくせに!望み通りぶちのめしてやるっ!」
血気盛んなドランは臨戦態勢へと移行した。
その様子を見たトウジ先生から模擬戦のルールが説明される。
相手が降参するか、審判が継続不能と判断するかで勝敗を決める。
「両者とも異論はないな?それでは開始っ!」
開始の声が発せられると同時に、ドランはザラリと鞘から青銅剣を引き抜く怒声を上げながら5メートルほどの距離を一気に詰めてきた。
どうやら戦闘前の挑発が効いているようだ。
右手に持った青銅剣を上段に構え突進してくる。
こっちの思惑通りに動いてくれたが、意外と俊敏な動作に僕の動きもワンテンポ遅れてしまう。
まっすぐ振り下ろされた剣を大きく後ろにステップして躱す。
ちょっと大きく避けすぎたが当たるよりはいい。
刃を落としているとはいえ、あんなものが頭に直撃したらただでは済まない。
僕には頭部を守る装備がないのだから。
続いてドランは振り下ろした剣を力任せに振り上げる。
動きは先生に遠く及ばないが筋力は確かなもので、隙を力でカバーしている。
かなり強引な立ち回りだが、こちらも一撃必殺になりかねない攻撃に腰が引けてしまう。
一発目を大きくよけていたことが幸いし、二発目の剣閃もかろうじて回避に成功した。
(おいおい、完全に殺しにきてないか!?)
実際ドランの目はかなり血走っていた。
正直ここまで憎しみに似た感情をぶつけられたことはない。
いったい何がドランを駆り立てているのか想像もつかなかった。
だが、今はドランに勝つことだけを考えなければ。
ずっと訓練してきたのは躱すことと捌くことだ。
これを確実に実践し、相手の虚を突いて無力化する。
そのためにもまずは相手の動きを見切らなくてはいけない。
二度の攻撃を完全に躱されたドランは静さを取り戻した。
「ほぅ、よく俺の攻撃を躱せたな。」
「あれくらいならいつでも躱せるさ。」
僕も負けじとドランを煽る。
これも作戦の一つだった。
激高すると人間は動きが単調になりやすい。
頭に血が上りやすいドランには特に有効な作戦だと考えたのだが。
「ふん!そんな安い挑発に乗るかよ。」
冷静になったドランは左手の盾を前面に押し出し、右手の剣を低く構えてにじり寄ってくる攻防一体の姿勢を取った。
下手に手を出すと盾に阻まれ、剣の餌食になるだろう。
かといって、逃げ回っていては勝機は見いだせない。
何とかしてあの盾を掻い潜り一撃を加えたいところだ。
均衡を崩すためにこちらから敢えて一歩踏み出し、盾の守備範囲外となる足元を狙って蹴りを繰り出す。
ドランはそれをバックステップで小さく回避した後、突進気味に剣を突き出してくる。
「シャアアァ!」
眼前に迫る剣先。
体を少し左に逸らし右手の籠手の表面で受け流す。
ガリガリッという音と共に木製の籠手が削られたが綺麗に刺突を捌ききった。
そして無防備となったドランの右脇腹に拳を捻り込む。
プレートで覆われていない部分を狙った一撃はきれいに吸い込まれ、左手の拳に鈍い感触が伝わる。
ドランはくぐもった声を上げて少し距離を取り直し、忌々しそうにダメージを受けた右脇腹をさすった。
ダウンを奪うにはあと数発必要だろうか。
僕はドランから目をそらさずに籠手の損傷具合を確認した。
堅い木材で作ったとはいえ、そう何度も耐えられそうにない。
長期戦は不利だけど籠手にはもう少し頑張ってもらわないといけないだろう。
今度はこちらから前に出た。
左右にステップしながら前に詰めていく。
「シュッ!」
ドランは僕の動きに合わせて横に一閃、それを右に大きく避けて盾を蹴り上げる。
ガツンッという大きな音はしたが盾を蹴り上げることは出来なかった。
蹴りが当たった瞬間、衝撃を殺すように後ろへステップしたドランが攻勢に出てくる。
「うらああああーーーーっ!」
力任せの斬撃が襲い掛かってくる。
狂気じみた奇声を上げているが、意外と目は冷静さを保っているように見える。
まだ勝負はつきそうにないので籠手の破損を早めるわけにはいかない。
確実に躱せる攻撃の場合は体をひねって距離を取り、反撃できると判断した場合は受け流してドランの体勢を崩す。
斬撃の軌道を見極めると体を半身ずらして剣をやり過ごして低い姿勢を取り、そのまま肩口から突き上げるように体をぶつけた。
衝撃でドランの体が後ろに下がったことを確認すると、今度は振り下ろされている腕を担ぐ姿勢を取り、そのまま一気に背負い投げた。
そのまま一気にマウントポジションへ入ろうとしたところで盾を間に滑り込まされ、一旦距離を取る。
「ちょこまかと動きやがって・・・」
憎々しげに毒を吐いて額を拭うドラン。
装備が軽量なだけこちらが素早く動けるので、隙をつきやすい。
でもドランの攻撃が一回でもクリーンヒットしたら立て直すのは困難だろう。
あんまり強引な駆け引きには出られない。
「ちっ、こんなやつ相手に俺が後れを取るっていうのか!?」
そういうと素早い動作で突きを繰り出してくる。
籠手で受け流して反撃に転じようとしたところでドランが素早く剣を引き戻すと、今度は袈裟切りに切り替えて迫ってくる。
一歩下がって剣をやり過ごし、距離を詰めようとしたところにドランも突っ込んできて互いの体が激突する。
体格や装備品の違いから押し負けて激しく吹き飛ばされ地面を転がる。
素早く起き上がって前を向いたけど、そこにいたはずのドランの姿がない。
「こっちだ!」
左側面から急に声が聞こえ、同じタイミングで踏み込みの水平切りが襲い掛かってきた。
一気に劣勢に立たれ思考が鈍る。
思わず籠手で受け止めるも、剣の勢いを殺せず籠手が真っ二つに割れてしまった。
それでもなんとか剣の軌道を逸らし、左腕に打撲痕を残す程度で済んだので良しとしたい。
でもこれで左側の防御が手薄になってしまい、ドランに付け入る隙を与えてしまうことになった。
それまでずっと静かだった見物人たちが、ドランの攻撃が当たった瞬間だけ周囲から歓声が上がりドランの勢いを後押しする。
「くそっ!」
舌打ちと一緒に言葉が漏れる。
それを見逃さず、ここぞとばかりにドランが調子付いてくる。
「どうした、降参するなら今のうちだぞ?」
「まだ勝負は終わってないぞ!」
「強がるんじゃねーよ!お前、余裕がなくなってきたんじゃねーのか?」
正直余裕は全くない。
余裕はないけど付いていけないスピードでもパワーでもない。
チャンスは必ずあるはずだ。
すると急にドランがにや付いた顔で呟いた。
「少しはやるようだな。仕方ねぇ、お前程度に使うつもりはなかったんだけどな。」
「なんのことだ?」
そういうとドランはズボンのポケットから何やら布切れのようなものを取り出した。
何やら細かい模様が描かれているが、一体それがどうしたというのだろう。
訝しんでいるとドランは不敵な笑みを浮かべたまま、その布切れを胸当ての正面に貼り付けた。
「なんだそれは!」
「お前には一生かかっても用意できない代物だぜ!」
言い放つと同時に貼り付けられた布は燃え上がるかのように発光すると炭となって消滅し、描かれていた模様が胸当てに焼き付けられていた。
その直後、ドランの周りの空気が吸い寄せられて厚みを増し、全身にうすい空気の層のようなものが現れた。
今まで見たこともない現象に理解が追い付かない。
「なんだよそれは!?・・・先生!よくわからないけどあれは反則なんじゃないですか!?」
「・・・いや、摸擬戦のルールに精神術行使の有無は明言していないからな。ドランのやつ、どうあっても勝ちたいようだな。」
「精神術!?」
精神術という単語はローサおばさんの勉強の中で聞いたことがある。
たしか万物のエネルギーのもととなるエーテルを操って摩訶不思議な現象を引き起こす術の事だったはずだ。
素養のあるものにしか扱えない技術だと聞いていたけど、ドランにそんな能力があるとは思えない。
貼り付けていたあの布に何か仕掛けがしてあったに違いないだろう。
「何をしたんだ!?」
「お前が知る必要はない!どうせこれから負けるんだからな!」
するとドランはさっきとは打って変わって積極的に、そして半ば捨て身に近い体勢で突っ込んできた。
まるで盾の存在を忘れているかのようだ。
ドランが何をしたのかはわからないけど、こっちも余り後がない。
最大限の注意を払いつつ前に出た。
ドランがスピードを乗せた袈裟懸けを放ってくる。
威力もスピードも十分だけど、これまで以上に大振りなため太刀筋が読みやすい。
小さくステップを踏んで攻撃を躱すとドランの側面に回り込んで、がら空きの脇腹に拳を叩き込んだ。
防具の隙間を狙ったこぶしは正確に脇腹を捉えた。
でも表現しづらい手ごたえが帰ってきてダメージを与えられた感触がまったくない。
直後、袈裟懸けを引き戻したドランが腕力に物を言わせた横薙ぎを繰り出してきた。
とっさにバックステップを踏み、剣先が胸当ての表面を削り取って通過した。
(攻撃はきれいに入った・・・なのに、あの感触はなんだ?)
攻撃は鉄製のプレートを外して防御の薄いつなぎ目にうまく入ったはずだ。
しかも単純な打撃ではなく衝撃が内部に伝わるように、しっかり踏み込んで拳をねじりこんだ。
クリーンヒットだったんだ。
ノーダメージなはずがない。
あれをまともに食らって、反撃を繰り出せるはずがない。
なのにドランは平然と反撃してきた。
何かあるのは間違いないけど、打ち倒して勝利を掴むしかない。
またも防御を無視して突進してくるドランに、こっちも大きく前進すると今度は反対側へステップ移動し、効かないとわかりつつも盾に横方向から掌打を浴びせる。
鈍い手ごたえとともに少しだけドランの体勢が崩れ、その隙を見逃さず後頭部めがけてハイキックを叩き込んだ。
ハイキックを入れた足に攻撃時の衝撃はないけど今回もきれいに入った。
「う、嘘だろ・・・」
今の蹴りは人体の急所だけどドランは平然と立っている。
最初の攻撃で何となくわかっていたけど、さっきのではっきりした。
ドランは自分の体に精神術とかいうやつで防壁みたいなものを張り巡らしているんだ。
だから防御をする必要がなく無謀といえる攻撃が出来るんだ。
「くそっ!」
焦りから無駄な動きが増えて、徐々に体力を奪われていく。
その間もドランは容赦なく剣を振り回して追い詰めてくる。
そんなやりとりが5分くらい続いたとき、ドランを覆っている空気の膜のような防壁が徐々に歪んでいるように見えた。
「ちっ、時間切れのようだな。そろそろ終わりにするか!」
ドランはそう言ってにやりと笑うと、だらしなく剣をぶら下げながら突っ込んできた。
僕にも残された時間は少ない。
すでに肩で息をするほど体力を奪われてしまった。
僕にとってこれがラストチャンスになるだろう。
歯を食いしばり、足に力を込めると全力で地面を蹴った。
狙うはドランの右腹部。
最初に一撃入れている影響もあり、そこへの追撃で足腰立たないようにしてやる。
「馬鹿が!見え見えなんだよ!」
右側面にステップする直前、ドランは下げていた剣を思い切り地面にたたきつけた。
乾燥した地面は剣の衝撃を受けて粉砕すると大量の砂ぼこりを巻き上げた。
でもここで引くわけにはいかない。
舞い上がった砂ぼこりに敢えて突っ込み一瞬視力を奪われてしまうが、その向こうに見えるドランの脇腹を視認するとフィニッシュブローとなる左フックを捻り込み、確かな手ごたえを感じた。
そして次の瞬間。
「終わりだ!」
不覚にもドランの不気味な叫び声が聞こえたほうに顔を向けてしまった。
直後、鈍い音と共に顔面に途轍もない衝撃が走り、頭が激しく揺さぶられて意識が切れかかる。
何が起きたのかわからない。
顔の右半分が燃えるように熱い。
続いて左脇腹に強烈な痛みが襲い掛かってきた。
「ぐぅぅぅ・・・」
大きく吹き飛ばされて起き上がることができない。
立ち上がろうにも足に力が入らないし、痛みで意識が飛びそうだ。
「うっ・・・おぇぇぇ・・・!」
あまりの痛みに訳も分からず胃の内容物が逆流して口と鼻から噴き出した。
周囲の観客から悲鳴のような叫び声が上がり、すぐさま大歓声が野外訓練場全体を覆いつくした。
(息が・・・でき・・・ない・・・)
目に入った砂ぼこりと痛みで涙が溢れ、何も見えなかった。
ただ苦痛とドランに対する恐怖だけがそこにあった。
そして勝利を確信したのかドランの足音が近づいてきた。
「いい様だなぁ。死ぬんじゃねーぞ、これからお前は一生俺様の奴隷なんだからなぁ!あーはっはっは!」
「・・・」
言い返す気力もなく、ただ早くこの痛みから解放されることだけを祈っていた。
痛い。
痛い。
痛い。
そして、僕の意識はぷっつりと途絶えた。
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