第5話 ドランの謀略

「ただいまー。」


 予定通り日が傾き、夕食の準備に取り掛かる時間帯に家に着いた。

 疲労は溜まっているけど、その表情を見せるとあれこれ言われるのが分かっているので勤めて元気に振る舞う。

 どうやら今日は父さんも仕事を切り上げて家に居るようだ。

 居間では父さんが農作物の種を選別していて、台所では母さんが夕食の準備をしていた。


「おかえり。うん、ケガはないようだな。」

「そうだね。今回は大物を相手にしなかったから。」


 そういって腕を広げて怪我がないことを強調すると、安どの表情を浮かべ選別作業に戻った。

 すると今度は母さんが台所から姿を現す。


「オルト!いい加減狩猟なんて・・・あら!立派なウサギじゃないの!」


 小言を言いかけたけど持ち帰ったトゲウサギを見て歓喜の声を上げた。

 トゲウサギは普通のウサギよりも大型で、名前の通り体毛が針のように固く尖っている。

 下ごしらえに手間がかかるし肉も少し硬いのが難点だけど、大型なだけに量が取れることと野性味あふれる匂いに慣れれば庶民の強い味方だ。


「じゃあ、夕食は一品増やそうかしらねぇ。」


 そういえば前回はレティのところにおかずを持っていくのが遅くなってしまったから、今日は先にあっちで食べようかな。


「今日はローラおばさんとこで食べるから、先に取り分けておいてもらえる?」


 そう伝えると母さんはぴくっと体を震わせて立ち止まった。

 なぜか少し俯き、振り返ることなく父さんに声を掛ける。

 その声を受けて父さんは作業の手を止めると、向かいに座るように促した。


「オルト、こっちに来て座りなさい。」

「え、なに?急に改まって・・・」


 促されるまま居間にいる父さんの向かいの席に腰を下ろした。

 作業の手を止め、随分と深刻な表情で僕の目を見ている。

 しばらく僕の顔を凝視して大きく息を吐き出すと、ゆっくりと口を開いた。


「実はな・・・ローラさんとレティちゃんの面倒は村長さんが見ることになったんだ。」

「・・・えぇっと?」

「レティちゃんがな、ドラン君と結婚することになったんだ。」

「け、結婚!?」

「それで村長さんのところから支援を受けられるようになったんだ。そういうわけでうちからの支援は必要ないという話になったんだ。」


 話が急展開すぎて理解が追いつかない。

 レティが結婚?

 しかも相手がドラン?

 何がどうなったらそんなことになるのか意味が分からない。


「ちょっと待ってよ!レティが結婚とか、どこからそんな話が出てくるのさ!?」

「経緯がどうだったのかは知らないが、状況から察するにドラン君の申し出をレティちゃんが受けたんだろう。もともとひと月ほど前からレティちゃんには差し入れを断られていたんだ。二週間ほど前にオルトが持って帰ってきたロッカードの肉の差し入れは受け入れてもらえたようだが・・・。ここ最近は村長さんとこのお手伝いさんが定期的に世話しに来ているようだ。」

「そんなこと・・・なんでそんな大事なこと教えてくれなかったの!?」

「すまん・・・父さんたちがそのことを知ったのも一週間ほど前なんだ。」


 一週間ほど前にレティが来て、今までの感謝の言葉とドランとの結婚の報告をしたという。

 そして僕へ詫びを伝えてほしいと泣きながら何度も頭を下げたとも。

 こんなの十中八九ドランの悪だくみに違いない。

 居ても立っても居られず、勢いよく立ち上がって家を飛び出そうすると父さんに腕を捕まれてしまった。


「待て!今更お前が行ってもローラさんやレティちゃんが辛くなるだけだ。」


 掴まれた腕に力がこもり、鋭い痛みが走る。

 ドランの企みなんてこと、父さんも薄々わかっているんだろう。

 でもさすがに今回ばかりは見過ごせない。


「だからって僕が何もしないわけにはいかないでしょ!二人とも僕の家族なんだ!」

「・・・」


 父さんはその言葉を聞くと黙り込んで僕の目をじっと見つめてきた。

 さっき言った言葉に嘘も偽りもない。

 レティにとって拷問のような仕打ちを黙って見過ごすわけにはいかない。

 こんな時のために訓練を積んできたんだ。

 そういう気持ちを込めて父さんの目を見つめ返すと、ぎゅっと握られていた力が徐々に抜けていき父さんは腕を離した。


「家族か・・・そうだな。」

「うん。僕は家族を守りたい!」


 そういうと笑みを漏らして僕の背中をバチンと叩いて発破をかけてくれた。

 背中がヒリヒリするけど決心はより一層固いものとなった。


「おばさん!レティは居る!?」


 ノックと同時に声を掛けて玄関を押し開けると、奥の部屋から僕を呼ぶ声が聞こえたのでおばさんの元へ急いだ。

 入室前にノックをしておばさんの許可を取り部屋に入る。

 夕闇が訪れた室内は頼りない蝋燭に照らされ、ベッドに横たわるおばさんを弱々しく映し出していた。

 僕の顔を見て少しだけにっこり微笑むと体を起こすしぐさを見せる。

 その動きを悟り、すかさず体を支えて起こすとベッドサイドの椅子に座って事情を聴いた。


「ごめんねオルトちゃん、こんな話になってしまって・・・」

「なんで謝るんですか。謝らなきゃいけないのは僕のほうなのに。それでレティはどこに・・・ってドランのところなんですね。」

「ええ。」


 そういうとおばさんは力なくうなだれた。

 おばさんから得た情報によると、二ヶ月くらい前からドランが姿を見せるようになってレティに話を持ち掛けていたらしい。

 内容を聞いても答えてもらえず、それから以降思いつめた表情をすることが度々あったとのことだ。

 そして僕がロッカード肉のシチューを持ってきた日の翌日、突然ドランと結婚すると打ち明けられた。

 今よりいい生活とおばさんの治療を約束する、というのがドランからの提案だそうだ。

 たしかに今よりいい治療を施せばおばさんの病気も治るかもしれない。

 生活水準も上がるのは魅力的な話だ。

 でも何か引っかかる。

 この内容をレティが受け入れるとは思えない。


「私があの子の足枷になるなんてね・・・」

「レティはそんな風に考えたこと一度もないはずです」

「・・・そうね。でも結果的にそうさせてしまっているのよ。」


 その言葉を聞いてはっとした。

 レティはドランからの提案をずっと一人で抱え込んでいたんだ。

 誰にも相談できず誰にも頼れず一人でずっと二ヶ月も。

 僕よりも小さな女の子にそんな重責を背負わせてしまっていた。


「僕もその一人だったんだ・・・。」

「ちがうの!そういう意味で言ったんじゃないの!」

「わかってます。でもこんなことになってるなんで知らずにレティを一人ぼっちにしてたんですよね。」


 でもここで意気消沈している暇はない。

 握りこぶしを作ると椅子から立ち上がり、おばさんを元気づけるように声をかけた。


「ドランに直接話を聞いてきます。あいつのことだから何か企んでるに違いない。」

「ありがとう。でも無茶は駄目よ?」

「わかってます。それじゃあ、行ってきます。」


 わかってるとは言ったものの、多少の無茶は通すつもりだ。

 そうでもしないとこの話をなかったことにはできないだろう。

 心の中でおばさんにお詫びをしながら布団に寝かせるとドランの家を目指した。


 ドランが住んでいる村長の家は村の中心部にある。

 僕たちの家は村の東の端っこなので地味に離れているけど、数百メートルなのでそんなに時間はかからない。

 辺りはすでに真っ暗だけど、周辺の家からこぼれる明かりのおかげでうっすらと道が照らされて、移動には困らない。

 村に二つしかない街灯の一つは村長宅前の広場に設置されているので、その街灯を目指して進む。

 程なくして村長宅に到着すると、心を落ち着かせるために深呼吸を二、三度繰り返す。

 とりあえずレティと話がしたい。

 あくまで冷静を装い、ドアに取り付けられている木製の丸いノッカーをドアに打ち付けた。

 乾いた音が鳴り響き、しばらく待っているとドアの向こうから足音が聞こえてくる。

 一歩下がると同時にドアが開き、中からお手伝いさんが顔をのぞかせた。


「夜分にすみません。こちらにレティが来てますよね。呼んでもらえませんか?」


 そう伝えるとお手伝いさんは顔色を曇らせて一言。


「あなたが来てもレティさんと会わせるなと言い付けられております。お引き取りください。」


 僕が来ることを想定した、とても事務的なものの言い方だった。

 言い終わると早々にドアを閉めようとしたので、隙間に足先を突っ込んで妨害する。


「ちょっと待ってくださいよ!じゃあドランを呼んでください。ドランならいいでしょ?」

「ドランさんはご家族と食事中です。あんまりしつこいようなら王国兵を呼びますよ!?」


 そんな安っぽい脅し文句に怯んでなんかいられない。

 無理やりにでも引きずり出すしかないだろう。


「ドラン!出て来いよ!居るんだろ!」


 ドランを挑発するかのように玄関先でしつこく大声をあげる。

 押し問答を繰り広げているとさすがに根負けしたのか、程なくしてドランが姿を現した。

 食事の時間を邪魔させたせいか、かなり表情が険しい。

 玄関で悶着していたお手伝いさんを下がらせると、目の前に立ちふさがって声を荒げた。


「夜中にガタガタとうるさい奴だな!何の用だ!?」

「何の用かは自分が一番よくわかってるんじゃないのか?」

「・・・ほう、今日はえらく威勢がいいな?」


 ねばつくような笑みと視線で僕を見下してくる。

 小さいころからいじめられてきたトラウマから後ずさりそうになるけど狩猟で鍛えた胆力の賜物なのか、何とかこらえることに成功した。

 平常心を取り戻すと俯きかかった顔を持ち上げてドランをにらみ返した。


「なんだぁ!反抗的なツラしやがって!」


 こちらの態度に苛立ちを隠すこともせず、あくまで高圧的な態度に出てくる。

 ドランは昔からそうだ。

 立場の弱い奴は容赦なくいじめ抜いて支配下に置いてきた。

 常套手段ではあるけど、強者と弱者の立場を逆転させることは並大抵のことでは起こりえない。


「用件はわかっているだろ?レティとの結婚の話、ローラおばさんは納得していない。勝手に進めていいことじゃないだろ!?」

「やかましい!お前こそ部外者のくせに入ってくるんじゃねーよ!」

「僕はレティと一緒に育ってきた家族だ。部外者なんかじゃない!」

「ふん、勝手に関係者面しやがって・・・だがな、結婚はあいつが正式に受けたんだ。あいつが拒まない限り、お前が騒いだところで無意味なんだよ!」

「くっ!」


 悔しいけど確かにドランの言うとおりだ。

 状況はすでにドランの思惑通りに進んでいる。

 レティ本人が拒まない限り、この話をなかったことにはできない。

 しかしなぜレティはこの話を受けたのか、それがずっと気になっていた。

 いくらおばさんのためとはいえ、嫌いなドランと結婚するという話にはならないだろう。

 きっとほかにも理由があるはずだ。


「レティがお前と結婚するなんて、すんなりと受けるわけがない。どんな条件を出したんだよ?」

「はぁ?それはあいつが自分の親にも伝えたんだろうが。お前もそのあたりの話は聞いてきたんだろ?」

「それは確かに聞いた。だからこそおかしいと思ったんだ。おばさんの治療という名目は魅力的だけど・・・それだけじゃないんだろ?」


 僕の予想が正しければ、ほかの条件があるはず。

 そしてその条件は僕にとってとてもみじめで、レティにとってつらい選択だったに違いない。

 その答えをドランはイラつきつつも残忍な表情で告げた。


「察しだけはいいようだな。あぁそうさ、金輪際お前との接点を断つんなら俺はお前に手を出さない。それがもう一つの条件だ。」


 どうやら僕の予想は的中したようだ。

 怒りとともに悲しみが押し寄せてくる。

 ドランはどこまで僕を、僕たちを苦しめれば気が済むんだ?

 いや、きっと終わりなんてないんだろう。


「しかしなんだな、俺としてはお前をいじめられなくなるのはつまんねぇけど、お前にとって最大級の苦痛になるに違いねぇ!人生のお荷物が二つ増えるのが面倒だけどな。」


 風前の灯火だった僕の理性はドランの最後の言葉で跡形もなく消し飛んだ。

 全身の毛が逆立つような感覚とはまさに今の状態を指すのだろう。

 我を忘れ、腹を抱えて笑っているドランに襲い掛かっていた。


「レティのことをなんだと思ってるんだ!」

「フンッ、やっぱりお前はバカだな!」


 僕の逆上した一撃は大振りになってしまい、動きを読まれたドランにあっさりと躱され、代わりに足をかけられて前のめりに転がってしまった。


「ククク・・・無様なもんだな。」

「く、くそっ!これ以上レティとローラおばさんを侮辱することは許さない!」


 その言葉を聞いたドランが不敵な笑みを浮かべた。


「許さないだと?だったらどうするというんだ?」

「僕と勝負しろ。僕が勝ったらお前の口から今回の件を破棄しろ!そしてレティとおばさんに詫びてもらうぞ!」

「バカバカしい!なんで俺がお前と勝負を・・・いや待てよ、じゃあ俺が勝ったらどうするんだぁ?」

「僕が負けたら一生ドランの奴隷になってやる!」

「フハハハハ・・・こいつぁおもしれぇ!生きたおもちゃか、そいつは今から楽しみだなぁ!」


 どこまでも下衆な発言に同じ人間とは思えない気持ち悪さを感じる。

 

「あれこれ策を練ったのに必要なくなったなぁ。俺の勝ちは揺るがねぇけどお前が逃げるかもしれねぇ。勝負が終わるまであいつはうちにいてもらうか。」

「誰が逃げるかっ!」

「腰抜けのお前のことだ。わかったもんじゃねぇ。勝負はそうだな・・・一週間後だ。舞台はしっかり準備しといてやるよ!」


 ドランは高笑いを上げながら満足そうに家に戻っていった。

 あいつのペースに乗せられたけど状況は好転したはずだ。

 少なくともレティにとっては。

 勝とうが負けようがレティは解放されるだろう。

 あとは僕の進退だけだけど自信はある。

 今までの成果を発揮するチャンスを掴んだんだ。

 そんなことを思いながら家に帰って事情を父さん母さん、そしておばさんに伝えた。

 母さんとおばさんにはこれでもかってほど叱られた。

 後に引けない状況であることを汲んでくれた父さんは慌てず騒がず一言だけ激励してくれた。

 本当はすごく心配しているんだろうけど。


◇◇◇◇◇


 翌朝からドランはご丁寧に勝負のことを村中に広めていた。

 勝負とはいえ決闘に近い争いごとを問題に思ったのか村長は模擬戦という名目となり、相手が戦闘不能になるか降参するかで勝敗を決める形式となった。

 模擬戦ということもありドランは訓練兵の装備で来ることが予想され、先生からは対ドラン用に仕込みをつけてもらっている。

 そして明日が本番ということもあり、先生はいつにもまして熱くなっていた。


「訓練兵だからって単調な動きばかりじゃないぞ!」

「はいっ!」


 木剣を構える先生からは異様なまでに殺気が放たれている。

 これはドランの怒気に当てられても動じないようにするための訓練の一環だ。

 気持ちで負けていては勝負にもならない。

 先生の繰り出す太刀筋を見極めて防戦から攻撃に転じる。

 狩猟の時は刃物を使うけど訓練兵でもない僕の場合、対人戦闘時は体が武器になる。

 相手の間合いをかいくぐらなければ攻撃は届かないけど、懐に入ってしまえばこちらの間合いだ。


「相手がどう動くのか、予備動作の癖なんかでもいい。何か一つでいいから付け入る隙を探すんだ。」

「隙、ですか・・・」

「そうだ。油断はできないが言ってもドランは訓練兵の枠を出ないペーペーだからな。必ず隙はある。」

「こっちから仕掛けてもいいですよね?」

「ああ。うまくこちらのペースに乗せることができれば絶好のチャンスが生まれるしな。打って出るのも悪くない。」


 ドランの性格からして攻められるのはストレスだろう。

 そこをうまく利用してこっちの流れを作ることができれば勝機はある。


「本番に支障が出るとまずいからここまでにしようか。」


 そういって先生は構えを解くと近くの切り株に腰を下ろした。

 僕も乱れた息を整えながら近くに置いている水筒を手に取り一気に飲み干す。

 先生の向かいの地面に座ると手拭いで額の汗を拭きとり、薄曇りの夜空に目をやった。

 まるで先行き不透明な僕のこれからを映し出しているような空に不安を覚え、ブルっと体が震えた。

 それを見逃さず先生がちゃちゃを入れてくる。


「お、どうした?怖くなったか?」

「そんなんじゃありませんよ・・・嘘です。やっぱりちょっと怖いです。」

「まぁそうだろうな。まともな武器も防具もない。お前にあるのは拳だけだからな。」


 そう言われて汗ばんだ手を見つめる。

 僕は明日、この拳でドランに打ち勝たなければならない。


「真剣勝負なんて最初はだれだって怖いもんさ。まして相手が刃物を持っていればなおさらな。でも気持ちで負けたらしまいだ、気を強く持てよ。」

「はい。」

「護身術ばかりだったお前が狩猟の経験のお陰か、攻めの勢いがよくなった。最初はどうなることやらと思ったもんだが、ちゃんと身についてるじゃないか。」

「獣相手でしたけど、それなりに鍛えられたと思います。」

「明日は手助けしてやれないからな。自分の手で勝ちをもぎ取って来いよ!」

「はいっ!」


 そういって力強く立ち上がると先生と拳を突き合せた。

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