第3話 ドラン
水汲み場は村の中心を流れる川に数カ所作られている。
あまり目立ちたくないから一番人気の少ない水汲み場を目指した。
朝ということもあって、ほかの村人たちの姿もまばらといった感じ。
すれ違う村人に小さくお辞儀して少し離れた場所へ移動し、担いできた天秤棒と水桶をそばへ下した。
僕は自覚している。
村のみんなから嫌われていることを。
理由は言うまでもないがこの外見だ。
人は自分と違うものを排除したがる傾向がある。
その理由は知らないし興味もない。
ただ嫌われている立場から言わせてもらえば、むやみに関わってこられなければそれに越したことはない。
だから僕を見ても一瞥くれるだけで声がかかることはない。
その態度、自分に向けられたらって思ったことある?
そんな感情も昔はあったけど、もう慣れてしまったし気にもならなくなった。
大事な家族とローラおばさん、レティがいてくれたらそれでいい。
さっさと水汲みを終わらせてしまおうと、水桶を川へ投げ込んで引き上げる。
その水桶を天秤棒に通して肩に担いで家に持ち帰るだけなんだけど、これがなかなかに重労働だ。
一回一回は大したことないけど、水窯が一杯になるまで繰り返すのは骨が折れる。
けど、水を溜めておかないといちいち川まで汲みに行かなくてはいけない。
面倒だけど誰かがやらなきゃいけない仕事の一つだ。
天秤棒を肩に担いで元来た道を引き返そうとしたその時、僕の進行方向にいた人が急に近寄ってきて体当たりをしてきた。
慌てて体勢を立て直すも間に合わず、担いでいた天秤棒のバランスが崩れて盛大にひっくり返してしまった。
「・・・ッ!」
「おい!何してくれんだよ!?」
自分から体当たりをしてきておいて、いったいこいつは何を言ってるんだ?
倒れた拍子に水桶を頭からかぶり、全身ビショビショになりながら、恨めしそうな目で体当たりをしてきた相手を睨んだ。
「おやぁ?これはこれは村の端っこで慎ましく暮らしているオルトくんじゃないか!どうしたんだい、ビショビショじゃないか?」
「・・・」
相手の顔を見て僕はため息をついた。
子供のころから何かにつけて僕に悪戯やいじめを繰り返してきた、憎き相手。
身なりが僕と違って小綺麗なところも何だかむかつく。
僕と同じ年に生まれたこいつは、いじめの主犯格にして村長の息子のドランだ。
なんでお前が水汲み場にいるんだよ・・・って、考えなくてもわかるけど。
ドランの周りにはいつもの取り巻きも三人ほどいた。
顔は覚えてるけど、名前は知らない。
僕に嫌がらせをするようなヤツの名前なんて覚えるつもりはない。
でもドランは村長の息子だし、顔を合わせることも他のやつより多かったので、いやだったけど覚えてしまった。
いつものように人を見下したような目をしてニヤニヤしている。
こんなことをしていったい何が楽しいんだろう?
僕には理解できない。
「今日は訓練が休みだからゆっくり朝の散歩をしていたのだが、うん?オルトくんはお仕事かなぁ?がんばりますなぁ。」
「ドランさん、こいつん家は貧乏だから休んでなんていられないんですよ~。」
「あぁそうか、何をするにしても、自分でしないといけないんだったねぇ。貧乏人はつらいな。」
ドランと取り巻きは僕を笑いのネタにしたくてたまらないらしい。
僕のことを貧乏って言ってるけど片田舎のトップだからってお金持ちとは程遠いくせにお気楽なもんだ。
こんなヤツに構っている暇はないし、さっさと水を汲みなおして朝の仕事を終わらせよう。
そう思い直して濡れた体で立ち上がり、水を汲みなおしにかかる。
「おいおいオルトよぉ!ドランさんが話しかけてるってのに、その態度は良くないんじゃないか!?」
「まぁまぁ、いいじゃないか。放っておいてあげよう。」
「ドランさんがいいっていうんなら・・・」
なんなんだこの茶番は。付き合わされるこっちの身にもなってほしい。
でもって、そういう茶番は是非僕のいないところでやってくれ。
「ちょっと!?おにいちゃん、ずぶ濡れじゃない!?」
その時、水を汲みに来たのであろうレティが、水汲み場の上から僕を見つけて駆け寄ってきた。
僕の様子を見た後、周りにいるのがドランと取り巻きだと気づき、いつもの笑顔から鬼の形相に一変した。
「またあんたたちの仕業ね!今度は何したの!・・・っておにいちゃんの様子を見たら何となくわかるけど・・・。」
「レティ、いいんだ。僕がふらついてドランにぶつかって勝手にひっくり返ったんだよ。」
「おにいちゃんっ!そんなこと言って、本当はあいつらが絡んできたんでしょ?」
これ以上の面倒ごとは出来るだけ避けたいので、さっさと自分のせいにしてこの場を切り抜けたい。
レティは僕のためを思ってのことなんだけど、あいつらにとってはいじめのネタにしかならないから、そっとしておいてほしいというのが本音ではあるけど。
「おまえっ!オルトんとこの隣のガキだな?余計な口出しすんじゃねー!」
「何よあんたたちっ!おにいちゃん相手に四人で寄ってたかって恥ずかしくないの!?」
「なにっ!?」
「レティもういいから。僕が相手にしなきゃいいだけなんだから。」
「もうっ!おにいちゃんは・・・」
それでいいの?と言いかけられて、レティの頭を軽く撫でた。
レティは不満そうだが、争いの種は撒かないにこしたことはない。
それに何かの拍子で僕以外へ矛先が向きかねない。
こいつらはそういうヤツらだ。
このままレティを置いていくわけにもいかないので、水汲みは一度出直そう。
そう思い、荷物をまとめてレティに「帰ろうか」と促す。
と、そこへ取り巻きの一人がまた余計なことはを口走った。
「ケッ、情けねぇヤツだな。貧乏人のメスガキに守ってもらって満足か?」
「っ!取り消しなさいっ!おにいちゃんはあんたたちみたいに、つるんでしか行動できないような弱虫じゃないわっ!」
「ガキが!調子に乗るなよっ!」
「きゃっ!」
まさかそんな汚い言葉が飛び出してくるとは思ってなかった。
それに気を取られてしまい、取り巻きの一人がレティの肩を突き飛ばすのを止められなかった。
「レティ!大丈夫っ!?」
「う、うん・・・」
よく見たら膝を擦りむき、倒れたときに体を支えようとした手を捻ったようだ。
体の奥が熱くなるのを感じ、沸き上がる感情を抑えきれずドランを睨みつけた。
「・・・なんだぁ?楯突こうっていうのか?」
さっきまで黙って見ていたドランが怒気を飛ばしてくる。
人を人とも思わないような目つきに気おされて、にらみ合いも束の間、目をそらしてしまった。
「はっ、情けねぇやつだ・・・行くぞお前ら!」
「・・・」
吐き捨てるようにいうとドランは取り巻きを伴って水汲み場を後にした。
残された僕はレティの顔を見られず、うずくまることしかできなかった。
情けなさと悔しさがこみあげて、今にも涙が溢れそうになる。
するとレティがしゃがみこんでいた僕の背中に覆いかぶさってきて、耳元で小さくささやいた。
「いいんだよ。おにいちゃんは無理しなくて。」
「レティ・・・ごめん・・・。」
すると今度はにやにやしながら首に腕を回して大声を上げた。
「突き飛ばされたときに足捻っちゃったみたいー!痛くて歩けないからおんぶしてー!」
なんともわざとらしい表現に思わず吹き出してしまった。
「いや、捻ったの手首だよね?」
「え!?う、ううん、足だよ足!あーイタタタタ!」
「わかったよ。・・・ありがと、レティ。」
「・・・」
返事はなかったけど、背中に抱き着く力が強くなるのを感じた。
そして少し震えていることも。
レティだって怖かったんだ。
僕よりも小さい女の子が年上の男に立ち向かうなんて、そうそうできることじゃない。
それに引き換え僕はなんて情けないんだろう。
あの時、四人がかりじゃ勝てっこないとか村長の息子に手を出したら後が面倒とかそんなことを考えてしまって、結局動けなかった。
そんな事を考える間に飛び掛かっていたら、少なくとも今ほど惨めな思いはしなかったんじゃないだろうか。
(強くなりたい・・・)
ただ漠然と強さを求めていたけど、今みたいな気持ちじゃ強くなんてなれっこない。
自己満足みたいな訓練じゃ、いざというときに結局役に立たない。
レティを背負い直すと、新たな決意を胸に家路を急いだ。
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