第2話 護身術

 子供は六歳から十二歳まで学校に通い一般教養を身に着ける。

 読み書き計算は生きていくうえで最低限必要な知識だ。

 これがあるとないでは大きく違う。

 そして十二歳を過ぎて学校を卒業したら二種類の進路が待っている。

 一つ目は親の仕事を手伝う。

 これは言うまでもなく農業に従事することを指す。

 そして二つ目は訓練兵になるというもの。

 村には王都から僅かながら兵士が派遣され、村の警護と訓練兵の確保という仕事を担う。

 訓練兵として軍に志願すると十二歳から十八歳までの間、兵士に王国兵になるための訓練を付けてもらう。

 そして十八歳になる年の始めに入団試験があり、その試験に受かれば晴れて正式な王国兵となる。

 村での稼ぎはたかが知れているけど、王国兵ともなると話は別だ。

 死と隣り合わせの職業だから割が良い。

 村で細々と農業を営むよりはるかにいい稼ぎとなる。

 そのため、村の子供たちは出来るかぎり訓練兵を目指す。

 派遣された兵士側も、自分のところから優秀な訓練兵を輩出することで特別報酬が出るので兵士も割と本気で訓練を付けてくれる。

 そんなに兵士が必要なのか、という疑問が頭を過ることもある。

 兵士とは死と隣り合わせの職業なので、任務中に死ぬことだってある。

 いつでも補充要因を確保しておきたいということなのだろうけど、そこまで命の危険にさらされる任務も少ない。

 事実、僕が生きてきた十七年の間、村で血なまぐさい事件が起こったことはゼロだし、他の国と戦争になったこともない。

 国としては有事の際に対応できるだけの兵力は維持しておきたいんだろう。


 ただ、この近辺で危険が全くないかと言われたら、そうとは言い切れない。

 少なくとも人間のテリトリーから離れた場所、例えば隣の森や街道から外れた平野や山岳地帯には普通に獣が生息している。

 もちろん人畜無害な獣も多いけどそれだけじゃなくて人間を襲う肉食の獣もいる。

 で、これはローラおばさんから聞いた話だけど、魔獣と呼ばれる特殊な個体も世の中には存在しているらしい。

 そんな獣は見たことないけど、少なくとも隣の森にだって肉食の獣は住んでいる。

 もっとも用事がないので、そういった場所へ人間が近づくことはあまりない。

 獣の方としても、わざわざ人間を襲いに村まで来ることもない。

 あちらさんにしても人間は怖いのだ。

 魔獣は・・・よくわからない。

 少なくとも、向こうから進んで人間のテリトリーに近づいてくることはない・・・と思いたい。

 会ったことないし、会いたいとも思わない。


 訓練兵の話に戻るけど、うちは村でも一二を争う貧乏家庭。

 稼ぎのいい王国兵を目指すため訓練兵に志願したいところではあったけど、問題が発生した。

 そう、お金だ。

 訓練兵になるためには、訓練を受けるために必要な装備を自分たちのお金で購入する必要があった。

 そりゃそうだよね、兵士になるためには武器を扱えなきゃいけない。

 じゃあその武器はどうやって調達するのか?

 答えは簡単、兵舎に備蓄されている訓練用の青銅剣を購入する。

 兵舎に備蓄されている青銅剣は、もともと兵士達が剣術を訓練するために王国から支給されているものだ。

 訓練兵に修行させるために支給されたものではないため、訓練兵には青銅剣を購入してもらう。

 そのお金で王国から補充用の青銅剣を支給してもらう、とまぁこういう構図となっている。

 というわけで僕は青銅剣を購入することができなかった。

 だからといって親を恨んだことは一度もない。

 両親と似ても似つかない僕を、ありのまま受け入れてくれた愛すべき両親なのだ。

 だから、僕は死ぬまで父さんと母さんのそばにいて、力になってあげたい。

 そう思っている。


「あんまり無茶はしなくていいからね?」

「母さんに心配をかけるんじゃないぞ?」

「うん。何も無茶なことはしてないから。ただ体を動かしているだけだよ。」


 ローラおばさんのところで夕食を食べて家に帰ると、その足で外に出て家の裏に回り込む。

 そこから森に向かって村を抜け5分ほど進んだ所に、木が一本だけ生えている少し開けた場所がある。

 その木の枝には縄が括り付けられていて、その先に切りそろえられた薪がぶら下げられている。

 同じ仕掛けの薪が色んな高さでぶら下がっていて、その中心に歩みを進める。

 いつもの位置に立って大きく深呼吸をすると、ぶら下がっている薪を一つつかみ、目いっぱい前方へ投げる。

 投げた薪は縄でくくられているので、しばらくしたら弧を描いて戻ってくる。

 続けて左右に見えている薪をつかんでは、同じように投げる。

 不規則に揺れながら振り子の要領で戻ってくる薪をしっかりと見定め、上半身の動きだけで躱す。

 複数の薪を同じように投げて、戻ってくる薪を敵の攻撃とみなして躱す。

 そう、ただひたすら躱す。

 薪の動きが単調にならないよう、たまに掴んで別方向に投げたりしてさらに躱す。

 しばらくしたら、今度は腕に薪を加工して拵えた籠手じみた防具を装着し、勢いよく戻ってくる薪を籠手で受け流す。

 この練習を十二歳のころから毎日欠かさず行ってきた。

 最初は前後の二つで練習していて、前は躱せるけど後ろの薪にはかなり小突かれたものだ。

 そのたびにケガをして戻ってくるのだから、親としては心配だろうけど。


 なんでこんなことをしているかというと理由は簡単、自分の身は自分で守れるようになりたかったから。

 何を隠そう、僕は村で唯一のいじめられっ子だ。

 いじめの理由なんて何でもいいだろう。

 ただ親と違う不自然な見た目がきっかけなのは間違いない。

 その理不尽なきっかけから始まったいじりはいつの間にかいじめへと変わり、子供たちだけだった加害者に大人が加わるのも、大して時間は必要なかった。

 時には悪戯じゃすまないこともあったから、そうなっても抵抗できるように体を動かす訓練を日課とした。

 それと何か不測の事態が起こったときに、家族の力になれるようにもなりたかった。

 そんなこんなで今は六つの薪を同時に躱し、捌くことができるようになった。

 でもこれは準備運動に過ぎない。

 本番はこれからだ。


 薪を躱し捌く訓練を小一時間程行ったころ、夜の星に照らされた小道から何者かが姿を現した。

 よく使い込まれた服を上下に着込み、腰には青銅剣を装備している。 

 短く刈り込まれた頭髪と服の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体。

 鋭い眼光は幾多の戦闘経験に裏打ちされたものだろう。


「先生、今日もよろしくお願いします!」

「よしっ!オルト、準備はいいか?」

「はい、体は温めておきました。」


 先生と呼んだ相手は、トーシャ村に派遣されている王国兵の一人、トウジ先生だ。

 黒い髪は短くツンツンしていて、かなり野性味のある髪型と顔つきの青年。

 体の動かし方を教えてもらうようになって今年で四年目になる。

 訓練は基本的に徒手空拳だ。

 武器を買えない僕としては相手の攻撃をひたすら躱し、虚を突いて無力化する徒手空拳しか選択肢がなかった。

 そのため小さいころは躱すことに重点を置いて、ひたすら回避の訓練ばかり行ってきた。

 だから躱すことにおいてはそこそこ自信があった。

 そんな訓練を続けているところに、暇を持て余した兵士のトウジ先生が現れて修行を付けてくれると言ってくれた。

 なんでそんなことをしてくれるのかは分からないけど、訓練中は先生も楽しそうにしてくれているので、深くは詮索しないことにしている。

 そして都合のいいことに王国兵でも数少ない徒手空拳の使い手だったので、僕にはこれ以上ない先生だろう。


 訓練は基本的に体の使い方と、相手が武器を持っていた時の対処法だ。

 武器といっても先生は剣しか持ってこないので、必然的に剣を持つ相手と対峙したときの対処法となる。

 それと先生も腕には籠手を装備してきている。

 僕に徒手空拳を教えてくれるために必要な装備だ。

 先生は王国流剣術に徒手空拳を絡めた変則的な戦闘スタイルをとっている。

 王国流剣術は王道ともいえる型で太刀筋が読みやすいんだけど、徒手空拳を絡めた独自戦法は変幻自在で、とにかく躱しにくい。

 訓練用の青銅剣とはいえ、それでもそこそこの威力を持っているので当たると非常に痛いのだ。

 にもかかわらず、最近は手加減してくれてないんじゃないかと思うくらい鋭い攻撃が飛んでくる。


「ほう、いい動きをするようになったな!」

「もう四年も稽古つけてもらってますからねっ。」

「ならこれはどうだ!?」


 打ち合っていた間合いからバックステップでタイミングをずらし、そこから一気に距離を詰めて袈裟懸けに剣を振り下ろしてくる。

 いや、それ当たると致命傷なのでは!?

 訓練用の青銅剣は刃を落としているとはいえ、僕の腕に装備してる籠手では受け切れない。

 曇り空の隙間から輝く星に映し出された、くすんだ色の青銅剣が迫ってくる。

 その太刀筋をしっかりと見定め半身だけずらして躱す。

 自分でも上手く躱せたと思ってついニヤッとしてしまった。

 それを見た先生は「フッ」と笑い、次の瞬間、僕の体は宙を舞っていた。

 袈裟懸けに斬り込んだ腕を急遽引き戻すと、半身ずらした先の足元に鋭い足払いが飛んできたのだ。


「ウグッ!」


 受け身を取れずしたたかに背中を打って、少し息が詰まった。

 目を開けると鼻先に青銅剣を突き付けて、にやついた笑みを顔面に貼り付けた先生が仁王立ちしていた。


「初手を躱せたからといって調子に乗るなよ?」

「ゴホッ・・・先生、ちょっと大人げないのでは?」

「バカ言うんじゃねーよ。相手の動きをよく見ろ。相手が死に体じゃない場合は必ず次があると思え。実践だと一瞬の判断ミスが命取りだからな。」


 青銅剣を鞘に戻した先生が手を出してきたので、ありがとうございますと言って体を引き起こしてもらう。

 言われていることはごもっともなんだけど、次から次へと思考を切り替えるのは難度が高い。


「あんな動きをする兵士は村の中でも先生だけですよ。」

「まぁそうかもしれんが、頭で考えているうちは対応できないからな?今のうちにしっかり体に覚えさせておけ。いつ何が起こってもいいようにな。」

「はぁ。」


 なんとも情けない返事をしてしまったが、先生はどこを見据えて話をしているのだろう?

 それから何度も手合わせしたけど、一本取るどころか攻撃をかすらせることもできない。

 トウジ先生の動きは変則的で読みづらく、付け焼き刃の訓練じゃ超えられない壁というものを感じてしまう。


「今日はこれまでにしよう。明日は躱しではなく捌きの特訓を考えておいてやるからな。」

「はい、分かりました。今日もありがとうございました!」


 先生が見えなくなるくらいまでお辞儀をして見送る。

 その後、どっと疲れが出てその場に倒れそうになってしまう。

 『頭で考えているうちは対応できない』って言われたけど、今の僕が条件反射で回避行動をとった場合、とても無駄が多い。

 無駄な移動はそれだけ体力を消耗するし、こちらから次の一手を打つ際にも間合いを詰め直す必要が出てくる。

 無駄をなくすためには頭を使う必要があるんだけど、そうすると次のことまで思考が追い付かなくなる。


「はぁ、これはかなり厄介な宿題を出されちゃったな。」


 無意識下でそこまで動けるようになれたら、この村で最強なんじゃないだろうか?

 先生が帰った後そんな事を考えつつ、締めくくりとして基本動作となる突きや蹴りをひたすら繰り返す。

 疲れた体でも常に同じ軌道となるように形をなぞる。

 何事も基本が大事ということなのだろう。

 先生から毎日続けろを言われて実践しているけど、まだまだ軌道がぶれてしまう。

 武の道は果てしないということだろう。

 夜中に一人で夜の星ルーメルに照らされながら無心で突きを繰り返す。

 でも形をなぞるだけのこの訓練も実は好きだったりする。

 日頃の嫌な出来事を洗い流してくれるような気がするからだ。

 これを一時間ほど繰り返したら訓練を終えて家に帰る。

 これがライフスタイルとなっていた。


 翌日。

 朝日が昇ると同時に布団から抜け出す。

 もう昨日の訓練の疲れは残っていない。

 体力づくりは小さいころから続けていたから、余程のことが無い限り翌日に疲れを残すことはなくなった。 

 部屋を出て台所に行くと、すでに母さんが起きていて朝ごはんの用意をしていた。


「おはようオルト。」

「うん、おはよう母さん。父さんは畑?」

「そうねぇ、そんなに早くから畑に行かなくてもいいと思うんだけど。」

「じゃあ呼んでくるよ。」


 そういって玄関を後にし、隣の畑を見渡す。


「父さん、もう少しで朝食ができるよ!」

「ああ、わかった。」


 そんなに様子を見ないといけないもなのか、とも思う。

 だけど痩せた土、きれいとは言えない水、おいしくない空気に満たされた今の時代、ちょっとした手違いが農作物に与える影響は大きいという。

 父さんもそれを知っているから、朝早くから夕方になるまで畑から目を離さない。

 先に家に戻り、母さんと朝食の準備をして父さんの帰りを待つ。

 朝はパンとミルクとうちで収穫した新鮮野菜の盛り合わせに、ご近所さんのところから物々交換で手に入れた地鶏の卵の目玉焼きだ。

 朝食の準備が整ったところで父さんが帰ってきたので一緒に食事をとる。

 朝食をとりながら本日のお仕事の役割を決めていく父さん。

 仕事の割り振りは父さんの朝の仕事の一つだ。


「朝の仕事だ。ちょっと重労働だが川に行って水を汲んできてくれ。」

「大丈夫だよ。もしかしたらもう父さんより力あるかもしれないから。」

「まだまだ負けとらんぞ?まぁでも、いずれそうなる日も来るだろうな。」


 朝食を食べきると、水汲みの準備のため隣の畑に足を運んだ。

 畑に水を撒くための大きな水瓶が置いてあり、その隣にある小さめの倉庫の中から桶を二つと天秤棒を持ち出して川に向かう。

 出発前、隣家の窓越しにレティとおばさんが見えた。

 一緒に朝ご飯を食べているようで、今日も元気そうだと一安心。

 するとレティもこちらに気づいて手を振り、おばさんもそれに気づいて笑顔で挨拶を送ってきた。

 軽く手を振り返してお辞儀をし、目的地へと足を向ける。

 水瓶の貯水量が結構減っていたので、何往復か必要だろう。

 そんなことを考えながら川の水汲み場へ向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る