第一章オルト編 大事なものほど掴み取れない

第1話 とある平和な一日

 ここは北半球の中央大陸ロードヴェイル東部に位置する広大な森、トーシャ大森林。

 僕は日課となっている薪拾いのため、この森へ足しげく通っている。

 適度に間伐れされた森の表層部は薪を拾うには持って来いだし、なにより移動が楽で危険も少ない。

 小枝で擦り傷を負ったり木の根に足を取られてこけたりしても、すぐに森を抜けられる。


「ふぅ、もういいかな。」


 背負子を降ろして集めた薪を括り付ける。

 重くなった背負子を肩にかけ気合の一声とともに立ち上がり、帰路に就く。

 薪拾いの屈伸運動も結構きついけど、整備されているとはいえ森の中は歩きにくく、背負子を背負っているためかなりの重労働だ。

 解放されたい気持ちを押さえつつ、森の出口へと足を向けた。

 もともと表層をうろうろしていただけなので森はすぐに抜けられる。

 森を抜けたら三十分程の道のりを経て村へ到着だ。


 ほどなくして見えてきた村の入口手前で少し乱れた息を整え、体についた汚れを手ではたき落とす。

 さすがに蜘蛛の巣まみれや汚れた格好のまま村の中を歩くのは気が引ける。

 目立ちたくないってのが本音ではあるけど、頭に蜘蛛の巣を張り付けたまま歩くのも嫌だし。

 ここまで張り付けたまま歩いてきておいて今更ではあるけど。

 そしていつものように、村に入ると外周を囲っている柵伝いに家を目指した。


 ロードヴェイル最東端に位置するこの村は大森林の名前と同じトーシャ村といい、100人弱の人口でほとんどが農業を営んで生活している。

 農業を営んでいるのは、別に農作物を育てるのに適した土地だからというわけではなく、それ以外に出来ることがないからというのが本当のところだろう。

 ロードヴェイル東部を治めるグランザム王国の王都グランパレスの近隣であれば、工芸品や手芸品などを生産して売り歩くこともできるんだろうけど、ここから王都までは馬車で一ヶ月以上の長旅になる。

 生きていくだけでも大変なご時世、この村にそれほど余裕のある暮らしができる人はいないし、もしいたとしたらこの村には住んでないだろう。

 この村はようするに、手に職を持たず王都やその周辺での暮らしに付いていけなくなった人達が集まって出来た村ということだ。

 というわけでうちも例にもれず、家の隣に広がっていた荒れ地を開墾していろんな野菜を育てて生活している。


 森から拾ってきた新しい薪を家の裏に運び、もう一度埃の付いた体をはたいて玄関を開けた。

 拾ってきた薪はそのままでは使えないので、適度な大きさに割って乾燥させる必要があるんだけどお腹もすいたし、このまま薪割りを始める気にはなれない。


「ただいま~。」


 玄関先で汗ばんだ額を手ぬぐいで拭きとり、おでこに張り付いた髪を無造作にかきあげる。

 青みを帯びた白髪が目に入るか入らないかのあたりでチラチラしている。

 少し邪魔だしそろそろ切ったほうがいいかもしれない。


「おかえりオルト。手を洗ったらお昼にしましょ。その前にお父さんを呼んできてくれない?」


 母さんは僕にそう言うと台所から居間のテーブルに料理を運び出してきた。

 台所は母さんが忙しそうにしているので邪魔にならないよう洗面所へ移動する。

 手についた汚れを落とし顔の汗を流すと、振り向きざまに返事をして先ほど入ってきた玄関から隣の畑へ向かう。

 確か父さんは午前中、畑仕事をしているはずだ。

 そういえば時間の概念なんて誰がどうやって決めたんだろう。

 でも共通認識として時間を計れることはとても便利なことだ。

 考え出した人には感謝しかないね。

 そんなどうでもいいことを考えながら隣の農地を見渡し、すぐさまお目当ての人物を見つける。


「父さん!母さんがお昼にしようって!」


 少し離れた場所で白くて太い根菜の手入れをしてた父さんは片手をあげて返事をした。

 あの返事はいつものパターンのやつで、きっとすぐには帰ってこない。

 母さんと先に食べてた方がいいような気がする。

 案の定、父さんは畑仕事を粘り、しびれを切らして先に食事をとっていた僕たちのテーブルへやってきて「すまんすまん」などと、遅れたことを詫びながら席に着く。

 いつもの風景だ。

 ただ、ちょっと違和感があるとしたらやっぱり僕の見た目だろう。

 青みかがった白髪と黒い瞳。

 父トーマスと母サシャの髪の色は中央大陸では最も多い薄い茶色で、目の色も同系色。

 僕が生まれたとき、ほかの村人たちは大層怪訝な反応だったらしい。

 そりゃそうだよね、もし自分が逆の立場だったら同じ反応を取ったと思う。

 でも父さんと母さんは僕の誕生を泣いて喜んだ、という話を隣のおばさんから聞いた。

 こんなに出来た親の子に生まれて僕は幸せ者だ。


 しばらく昼下がりの家族だんらんを楽しんだ後、お昼の残りが入った鍋を持ってお隣さん家へおすそ分けに向かう。

 うちとお隣さんは村でも一二を争う貧乏世帯。

 貧乏の序列なんか争いたくはないけど、こんな辺境の村じゃ一発逆転の儲け話なんてあるわけない。

 貧乏者同士、お隣さんとは家族ぐるみのお付き合いで、困ったときはお互い様の精神で助け合ってきた。

 いつものようにおすそ分けがてら、体調を崩しているおばさんの様子も見てこよう。

 小さいころからお世話になってるし、こんな時だからこそ少しでも手助けしたい。


「ちょっとお隣さんへおすそ分けしてくるね。」

「ローラさん、大丈夫かしらねぇ。」

「オルト、困っていることがあったら助けてやるんだぞ?」


 軽く返事を返して、お隣さん家へ移動する。

 移動するといっても10メートルほどしか離れてないからすぐなんだけど。

 慣れた手つきで玄関をノック。

 いきなり玄関を開けるなんて無礼な真似はしない。

 親しき中にも礼儀あり、だ。

 すぐにドアの向こうから「どうぞ~」と返事が聞こえてきた。

 いつものことだけど、もう少し用心したほうがいいと思うんだけどなぁ。

 

「レティ、鍋ごと持ってきちゃって手が空かないから玄関あけてもらえないかな?」

「あっ、はーい。」


 扉の向こう側から声が聞こえたかと思うと、バタバタと騒がしい音が近づいてきていきなりバンッ!と、ものすごい勢いで玄関ドアが開き、危うく弾き飛ばされそうになる。

 さらに開いたドアの向こうから小さい影が僕の胸に飛び込んできた。

 すかさず両手で持っていた鍋を持ち上げ、中身をまもる。


「うわっと・・・レティ!危ないから玄関はそっと開けてもらえるかな・・・ついでに飛びつかれたら持ってきたもの、落とすかもしれないからね?」

「えへへ~、ごめんね、おにいちゃんっ。」


 悪びれる素振りも見せずにグリグリと顔を僕の胸に擦り付けている。

 肩口まで伸びた新緑色のおさげ髪を左右に揺らし、髪と同じ色の大きな瞳で僕を見上げながら愛嬌を振りまく。

 僕の三つ年下の妹みたいな存在、それがローラおばさんの一人娘のレティだ。

 そういえば薪拾いから帰ったときに着替えなかったから汗臭いと思うけど・・・。

 しばらく待っても離れようとしないので、そのままの状態でローラおばさん宅へお邪魔する。


「レティ、お皿出してくれる?」


 つれない反応だったことに不貞腐れたのか、いつの間にか離れていたレティが鍋の大きさから中身を推測して、その料理に見合うお皿をテーブルに並べていた。


「おっ、いつの間に・・・」

「手際と判断力には自信があるんだよ~」

「そりゃすごい。前途有望なお嬢さんだ。」

「おにいちゃんはちょっと抜けたところがあるよね。」


 ・・・なぜか傷つけられてしまったが、敢えて気にせず用意されたお皿に鍋の中身を取り分ける。

 ちなみに今日のお昼のおかずは具だくさんの野菜スープ。

 お肉は高級品だから手に入らないので、たんぱく質を摂るために豆類を豊富に入れている。


「レティもお昼はまだかな?」

「うん。さっきまで洗濯してたから。」


 自分だけさっさとお昼を頂いちゃってごめんなさい。


「じゃあ、おばさんのところで食べようか。僕もまだ食べたりないし。」

「はーい。」


 そういうとおばさんと自分のお皿を持って「おにいちゃんがお昼を持ってきてくれたよー。」と隣の部屋へ消えていき、お皿を置いてきたかと思ったらすぐさま台所へ戻ってきて、主食となるパンが詰まったバスケットを持ってまた隣の部屋へ消えていった。

 僕もその後を追いかける。


 おばさんの部屋は日当たりの良い南向きの部屋だ。

 断りを入れてから部屋に入り、三人でお昼をいただく。

 ちなみにおじさんは六年前に病気を患い、そのまま病状が悪化して他界した。

 そして今度はおばさんまで床にふせている。

 ちなみに病名は『エーテル欠乏症』というもので、この世界ではとてもメジャーな病気だ。

 生きていくうえで必要となるエーテルが世界中から少しずつ失われていて、体中の気力や活力がなくなって、最後には死んでしまう。

 おじさんもエーテル欠乏症で亡くなったし、おばさんまで同じ病気になってしまった。

 たまにレティも元気がなくなって病気がちになることを思うと、この病気にかかりやすい体質が遺伝してしまったんだろう。


「オルトちゃん、いつもありがとね。」

「いえ、お礼を言われるほどのことじゃありませんよ。お隣さん同士、助け合いましょう。」

「それでもお礼は言わせてね。トーマスさんとサシャさんにもお世話になりっぱなしだから。」

「分かりました。でもそろそろ『ちゃん』付けはやめてもらえると・・・」

「フフッ。そうね、オルトちゃんももう十七歳だしね。」


 実際、僕が『助け合いましょう』と言ったのにはちゃんと理由がある。

 こうやっておばさんとレティへ食事を提供する代わりに、勉強を教えてもらっている。

 おばさんは小さいころ王都に住んでたことがあったらしく、学校で一般教養を習っていたのだとか。

 トーシャ村にも小さいながら学校があって、子供たちは六歳から十二歳まで通うのが慣例だ。

 でも学校に入るためには教材や筆記用具を自前で揃えなきゃいけなくて、貧乏な家庭の子供は入学することが出来ない。

 そういうわけで僕とレティは学校で得られるはずの知識をおばさんに教えてもらい、最低限の教養は身に付けることが出来た。

 今日は体調がいいこともあって、昔教えてもらった『この世界の生い立ち』の事をもう少し詳しく教えてくれた。

 なんでこんなに世界が枯れているのか、エーテルが少しずつ減っていくのか、この先どうなっていくのか・・・。

 あんまり明るい話じゃないのが残念で仕方ない。

 「でもどうすることもできない」っておばさんは最後にそう締めくくり、ちょっと悲しげに俯いた。

 そのしぐさが今の自分を重ねているように見えて胸が痛んだけど、僕の言葉じゃ気休めにもならないと思い、口をつぐんでしまった。


 この世界は衰退の一途をたどっている。

 その原因はエーテルというすべての根源であり生命の源がこの世界から徐々に失われているかららしい。

 なんでエーテルが徐々に失われているのかについては、はっきりとわかっていないとか。

 でも歴史書を紐解くと、千年ほど前に人類は強大な力を持った存在と激しく争ったとのことだ。

  その頃から今に至るまでエーテルの減少は止まっていないらしい。

 千年も前に何があったのか想像することも出来ないし、大昔のことだからまともに情報が残っていない。

 いずれにしても分かっていることは、このままだと世界は滅ぶということ。


「なんだか暗い話になっちゃってごめんなさいね?」

「いえ、構いませんよ。面白い・・・いや面白くはないか。でも知っておいて損はない話だと思います。」

「ふふっ、レティもオルトちゃんみたいにしっかり勉強するのよ?」

「え?あたしだってちゃんと聞いてたのに・・・」


 まぁ、十四歳のレティには難しい部分もあったんじゃないかな。

 ・・・そろそろ本格的にちゃん付けはやめていただきたい。

 言われるこっちが恥ずかしいことに気付いてほしい。

 話しがひと段落したところでおばさんの食器を片付け、起こしていた体をベッドに寝かせる。


「それにしてもきれいな色ね。」


 そういっておばさんは優しく僕の頭を、髪をなでる。


「そういってくれるのは父さん母さんとおばさん、それとレティだけですよ。」

「みんながもっと内面を見られるようになれば、もっと優しい世界になれるのに・・・」

「そうですね、でも僕は大丈夫ですよ。」


 おばさんが何を言いたいのか理解し、少しだけ虚勢を張って見せる。

 お昼の後片付けを終わらせておばさんの家を後にする。

 レティも午後のお仕事をしなきゃいけないし、僕も午前中に持ち帰った薪を割って乾燥の準備をしなきゃいけない。


「じゃ、おにいちゃんまたね。」

「うん、また来るよ。」


 玄関まで見送ってくれたレティに挨拶して家の裏に回る。

 日が暮れるまでもう少し時間があるし、今日持ち帰った薪の量なら夕食前までには片付けることができるだろう。

 家の裏には雨に濡れないよう屋根が付けられていて、その屋根の下にもともと保管していた薪と今日持ち帰った薪が置いてある。

 家の壁に引っ掛けている薪割り用の斧を手に取り軽く振りながら、薪の束をつかんで割る準備を始めた。

 このあたりの森の木は非常に硬く、細い薪でも一刀両断するのは難しい。

 でも僕は昔から薪割りは得意だった。


(ここだっ!)


 切り株の上に拾ってきた薪を立てると、心の声とともに狙った場所へ斧を振り下ろした。

 パカーンという気持ちのいい音とともに薪が両断される。

 疲れるけど気持ちいいんだよなぁ、この音。

 黙々と薪割りを繰り返して、家の裏にきれいに並べる。

 父さんは僕が薪割りするのを見て「お前の天職だな」なんて言ってきたけど、最近は本当にそうなんじゃないかと考えてたりもする。

 薪のどこに斧を振り下ろしたらいいか、みたいな場所が分かるというか見えるというか。

 とはいっても、まったく疲れないって訳じゃない。

 慣れてない人が薪割りなんてしたら筋肉痛で翌日は動けなくなるだろう。

 それくらいこのあたりの木は固く強くできていた。

 拾ってきた薪を割り終わると、丁度夕飯の時間に差し掛かっていた。


「おじゃましまーすっ!」


 夕食の支度はいつもレティが手伝いに来る。

 この習慣になったのも随分と昔の話だ。

 おばさんが床に臥せるようになってからだから、もう五年くらいたつだろうか。

 おばさんが料理を教えられないから、ということで母さんに手ほどきを受けるようになった。

 台所で母さんとレティが仲良く夕食の支度を始め、他愛もなさそうな話題で盛り上がっては笑い声が聞こえてくる。

 楽しそうで何よりだ。

 僕はというとこの時間は特に何もすることがないので、さっさと汗を流す。

 シャワーやお風呂といった贅沢な設備はこの家にもおばさん家にもないので、父さんが洗面所をリフォームしたなんちゃって浴室に向かう。

 汗を流すといっても濡らした手ぬぐいで体を拭くだけなんだけど。


 夕食が出来たらレティと一緒におばさん家で夕食を頂く。

 毎日というわけではないけど、習慣になってしまっているので無意識にお邪魔している。


「薪、たくさん取れたからこっちにも置いときますね。」

「ありがとね。でもうちはあんまり使わないから、少しでいいわよ。」

「わかりました。」


 レティにもローラおばさんにも寂しい思いをさせたくない、という僕の自己満足に近いおせっかい。

 どこまで二人の役に立てているのかは分からないけど、悲しい顔を見ることが少なくなってきたように思うし、これからも続けるつもりだ。

 夕食はいつも少し早い時間に始まるので、食べ終わって寝るまでの間に少し時間が生まれる。

 他所のご家庭だと食後の家族だんらんなんだろうけど毎日欠かさずやっていることがあって、ローラおばさんとレティにおやすみなさいを伝えると、今夜も例にもれず家に帰って準備を始めた。

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