月白の夢、金色の彼方
ごいしちゃぼ
第0章 とある隔絶された空間にて
第0話 プロローグ
(これは想定外の事態ですね・・・)
脳裏に映し出された映像にがっくりとうなだれた。
それと同時に金色の長い髪が頬をくすぐる。
百年ごとに覚醒しては、自らが置かれている状況に問題が発生していないかを確認して元いた世界を俯瞰する。
前回覚醒した時に確認した世界の状況と、今見ている世界の状況との落差に胸の奥が痛んだ。
「はぁ・・・」
一つため息をつき、ゆっくりと目をひらく。
これで十回目の覚醒だ。
ようするにこの状況となって千年の時が流れたということになる。
さすがにこれだけの年月が経過すると、正直自分が生きているのか死んでいるのかの認識もあいまいだ。
だけど、とりあえず通算十回目となる状況の整理から始めよう。
それが今の私にできる唯一の仕事なのだから。
私は今、漆黒の闇の中にいる。
広さは・・・分からない。
とても広く感じるし、ともすれば狭くも感じる。
千年経過したとか通算十回目の覚醒とかがなんでわかるのかというと、左目の眼球に装着しているレンズ状のモニターにそれらの情報が表示されているからだ。
そしてなぜこんなところにいるかというと、『あれ』をここに隔離・・・そう、封印するため。
『あれ』の存在を確かめるように、左手に持っている物に力を込める。
ずっしりとした重量感と長い穂先。
貫くことだけに特化したその形状は正しく槍。
槍といっても歩兵が使うようなものではなく、騎乗して使う突撃型のランスと言われるタイプの物だ。
そんなランスの中腹部に淡く光る丸い物体・・・といっていいのかわからない物が突き刺さっている。
そう、私はこの光る何かよくわからないものを封印するためにここにいる。
私たちはこれを『執行者』と呼んでいた。
世界の理をいとも簡単に変えることが出来る力を持っている、この星そのものの意志で、もはや神ともいえる存在だ。
そして神は神でも慈悲深い神ではなく、全てに等しく絶望をもたらす破壊神のほう。
執行者はその神から作り出された分身。
ただこれはあくまで仮説なので、本当はどういう存在なのかはわからない。
・・・そしてその神から人類は駆除対象と認識されてしまった。
そう認識されてしまった理由は人類側にあったが、それでも黙って駆除されることを良しとはしなかった人類は一縷の望みの賭けて執行者を封印した。
そうすれば人類絶滅を回避出来る・・・はずだった。
しかし蓋を開けてみたら何も変わらなかった。
いや、むしろ悪くなった。
執行者が世界にかけた呪い。
執行者は自身が封印される間際、世界中に満ち溢れていたすべての根源であり生命の源でもある『エーテル』の供給を停止し、人類を淘汰しようとした。
そんなことをされたら人類以外の生命体にも影響がでるのだが、まったく執行者は無茶苦茶なことをする・・・。
ランスに貫かれながら明滅する丸い物体、執行者を恨めし気に見つめる。
(ですがこの状況で私にできることなんて何もないんですけど・・・)
世界から隔離された封印の中にいる以上、手も足も出せないし仮に帰れたとしても何もできないだろう。
そもそも当時より文明レベルは低下しているし、この状況を打破できそうな手段も思いつかない。
その時、執行者の声が私の脳内に滑り込んでくる。
『それはお前たち人間が素直に駆除されないからだ。』
私は決して短気ではない。
だけど、いつもこんな感じで上から来られるとイラッっとしてしまう。
それに過去の確執から、素直に聞くことが出来ない。
「・・・そうですね。ですが、あの時はこれが最善だという結論に達しました。あの時あなたを封印できなかったら人類は絶滅させらていましたし。少なくとも私たちはこの未来を勝ち取ったのです。今さら後悔なんてできるはずがありません。」
頭で考えるだけで執行者には伝わるみたいだけど、敢えて口に出した。
私の声が何もない漆黒の闇の中へ消えていく。
「それに、あの戦いで一体どれだけの被害が出たと・・・ハァ。」
まくしたてるように言い放ち、ため息を吐く。
これとの対話にいったいどれほどの意味があるのか逡巡し、話を止めた。
「いずれにしてもここから出る方法はありません。心配したところで、あちらのことは今あちらに住んでいる方々にお任せするしかないのですから。」
『・・・・・・』
合意ともとれる明滅を繰り返している。
対話自体に意味はないかもしれないが、意志の疎通が取れるという点では大きな進歩だ。
なにせ執行者とはいがみ合うだけの相手だったのだから。
「あなたはこうなることが分かっていたのですか?」
『・・・可能性という意味ならゼロではない。ただ、完全に我らを分かつことは出来ないが、我が我に干渉できない状況は想定外だ。』
もし執行者がこの状況を想定していたとしても、今がこの状況では結局どうしようもない。
それは私たちがこの封印に閉じ込められてから千年もの間、何もしてこなかったことが裏付けている。
芳しくない状況も気になるが、まずは百年ぶりに取り戻した目的を果たすため、身の回りを確認する。
さっき執行者が言っていたことの意味がよく分からなかったが、結界を発生させる装置は問題なさそうだ。
その装置とは、左手に握られた巨大なランスを指している。
表面に幾何学的な文様が描かれ、時折その文様が脈打つように青白く光っている。
柄の終端に接続しているチューブには水色の液体が流れており、チューブの末端は背中に装着しているバックパックへ接続されている。
バックパックにはエネルギータンクが備え付けられ、チューブの中を流れている液体はここから出てくるようになっている。
体は衝撃を吸収・分散しやすい素材で作られたボディースーツに覆われ、そのスーツの上に動きやすさに重点を置いた防具を着込んでいる。
かなり痛んでいるが、もはや身を守る必要はないのでどうでもいい。
ここで一番重要なのはランス。
このランスの名は『次元切断術連鎖展開式魔工結界陣用突撃槍』。
ちなみにこの長い名称は覚えているわけではなく、レンズ型モニターにこのランスの状態とご丁寧に固有名称もセットで表示されているからだ。
名前からなんとなく何が行われているか想像できるが、戦士たる私に仕組みを理解する必要はない。
ただランスはその機能をいかんなく発揮し続けている。
結界発生用のエネルギーも永久機関で出来ているらしいので切れる心配もない。
私の体が老いもせず朽ち果てないのも、この永久機関によるところなのだろう。
この装備を開発した技術者は胸を張っていいと思う。
あとは無駄話に気を取られることなく、次の百年まで眠るとしよう・・・。
(・・・どのみち私には何もできない・・・)
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・ん?
そういえば、さっき変なことを言いませんでしたか?
完全に我らを分かつことは出来ない、とかなんとか。
閉じかけた瞳をもう一度開き、明滅する光源をじっと見つめた。
「一つお聞きしてもよいですか?」
『・・・』
これとのコミュニケーションは難しい。
でもこういった反応にはもう慣れたので続けて質問する。
「先ほど『完全に我らを分かつことは出来ない』と、そう聞こえましたが、それは間違いないですか?」
『・・・』
「それはようするに、あなたとあなたの本体は今も繋がっている、ということでしょうか?」
『・・・』
ここでいう『あなた』とは執行者を指し、「あなたの本体」とは星そのものの意志のことだ。
さっきの発言は元の世界に干渉するほどの力は引き出せないが、今も元の世界とはつながっている、と読み取ることができる。
「どちらなのか、答えていただけませんか?」
『・・・』
『・・・然り。』
「・・・っ!?」
そんな重要なことをなんで今まで黙ってたのか!?
ランスを持つ左手に力が入る。
だが、驚きといら立ちをすぐ放棄した。
(そのような情報を、聞かれもしないうちにベラベラしゃべるような存在ではありませんでしたね・・・。)
でも、今このタイミングでその情報を出してきたのはなぜなんだろう?
少し含みを持たせる言い方だったように思うし、もう少しつついてみるとしましょう。
「そのつながりをたどることで、この結界から抜け出すことは可能なんですか?」
『・・・』
答えるつもりはないらしい。
でももし可能なのだとしたら、私だけ残してここから脱出しているだろう。たぶん不可能なのだ。
「まあ私としても、あなたをここから出すつもりはありません。」
『・・・』
「もしそのような素振りが見えたら全力で止めます。」
『・・・』
少し強気に出てみたが、勝機はないだろう。
執行者を封印できたのはいくつもの偶然が重なった結果と相手の油断にあった。
こんなことなら相手から情報を引き出す話術なんかも学んでおけばよかった。
『・・・我とてこれ以上の争いは本望ではない。』
「・・・えっ?」
『・・・』
執行者は驚きの言葉を発した。
『我はこれまで幾度もお前たち人類を滅してきた。』
「・・・」
『今回もそうした。滅ぼすはずだった。』
「・・・」
『だが今回は負けた。お前たち人類の抵抗は我の想像を超えていた。』
「・・・」
気持ち声のトーンが落ちているようにも聞こえた。
執行者は星を守りたかった・・・ただそれだけなのだ。
それなのに人類は自分たちの繁栄ばかりを考え、それ以外を蔑ろにしてきた。
魔工といわれる技術の発明でエーテルの利用が加速し、人類はこれまでにない文明を作り上げた。
その影響で空気は汚れ、水は濁り、土壌は汚染された。
星からしてみたら人類は病原菌に等しい存在だ。
だから駆除しようとした。
ただ今回は駆除に失敗したのだ。
もしこれが人間の体だったら。
病気を治すために薬を飲んだ。
でも薬は効かなかった。
それは死を意味する。
星も同じだ。
・・・このままでは星が死ぬ。
その意味をこれまで何度も考え、そして放棄してきた。
どうせ私にはどうしようもないことなのだからと。
だけどモニター越しに映し出されている世界があと何年もつのか。
この状況を作り出してしまったのが自分だと思うと心が悲鳴を上げる。
ただ・・・私には守りたいものがあった。
それは自分の命と引き換えにしても惜しくないもの。
月並みだが愛する人がいる世界を破滅から守る。
その希望はある意味では果たされたと思う。
もう千年も前のことだ。
あの世界にもう私の愛する人はいない。
次元の違うこの空間では時が流れない。
だた私だけが生きている。
だけど、愛する人との間に授かった一人娘が、きっと繋げてくれている。
私とあの人と娘の絆をずっと未来へ。
それが間もなく終わりを迎えようとしている。
そう遠くない未来、確実にこの星は死に絶える。
気づくと涙が流れていた。
紅い瞳からとめどなく溢れる涙は頬を伝い、虚空の闇へこぼれ落ちて消えていく。
『・・・』
「・・・」
どれくらい泣いただろう。
もう涙なんて枯れ果てたと思っていたのに。
何とかしたい。
何かできることはないのか?
「私に・・・私たちにできることはないのでしょうか?」
濡れた瞳で静かに光る執行者を見つめた。
『・・・』
「・・・」
『・・・一つだけある。』
「ならそれを・・・」
『だたし不確定要素が多い。』
「私たち人類はその不確定要素をすべて潰して、あなたの封印をやってのけました。何とかする自信はあります。」
『・・・』
相変わらず口数は少ないし、情報量も少ない。
でも、お互いの利害は一致していた。
『・・・ならば。』
「・・・お願いします。」
◇◇◇◇◇
その日、世界に二つの流星が煌めいた。
それは何かを探すかのように大空を飛び回り、やがて地上へと消えていった。
その星の名は『エーテリアス』。
すべての根源であり生命の源でもある『エーテル』が世界を循環し、肥沃な大地と多彩な生命が息づく美しい星。
それも今は昔の話。
この星は今まさに滅びの道を進んでいた。
エーテルの大部分は失われて生命は徐々にその数を減らし、人類もまた衰退の一途を辿っている。
これは人類が生まれてから犯し続けた過ちと、太古にかけられた呪いの物語。
世界に煌めいた二つの流星が照らし出すのは希望の未来か、絶望の果てか。
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