AIによる文章生成アルゴリズムは、天才作家板野美令の夢を見るか?

譜田 明人

AIによる文章生成アルゴリズム「文和」は天才作家板野美令の夢を見るか?

「あー、書けない!」

 ろうは両手で髪の毛をくしゃくしゃしながら叫んだ。作家志望の彼は、いま生まれて初めての短編小説を書こうとしているのだ。

「うーん、おかしいな。俺のこの新しい【文和生成センテンス・ハーモニー・ジェネレーター】アルゴリズムと、前に作ったAI、そして苦労して蓄積した膨大なデータを組み合わせれば、テーマとキーワード、そしてキャラ設定シートだけで文章の下書きが自動生成されてあとはなんとか自力で書けるはずなんだがな……」

「先輩、それって小説を書くことになるんですか? プログラミングしてるだけじゃ?」

 史郎の様子を見ていた幼なじみのことが聞いてきた。美少女中学生の彼女は史郎の隣の家に住む。昔から史郎を慕い、いまだによく史郎の家に遊びに来るのだ。学校ではクラブの元先輩後輩の関係だ。

「ん? いや、これも立派な執筆さ。『執筆するにはまずアルゴリズムから始めよ』というからな」

 史郎はすました顔で答えた。

「へー」一瞬感心した琴音だが、ふと聞く。「……それは誰の言葉なんですか?」

「今、俺が考えた」

「まったく。先輩って何でもかんでもプログラムで処理しようとするでしょう? 本当の作家の人たちに怒られますよ!」

「C++も立派な言語だよ! それで書いた文章からさらに日本語の文章が生まれるんだぞ!」

「直接日本語で書いてくださいよ、先輩」

 琴音は史郎のプログラミング狂にあきれ気味だ。彼女は、史郎がアルゴリズムの開発に夢中になって、何もかもほったらかしにしている事を知っている。

「まだそのアルゴリズムに悩んでるんですね?」

「ああ、どうしても生成される文章が安易で面白くないんだよなぁ」

 史郎は行き詰まった開発に頭を抱えた。

「最初から普通に文章を書けばいいだけじゃ……?」そう思いつつも、そんな史郎を琴音は見守るのであった。




「そういえば先輩、オンライン作家グループに参加したとかいってましたけど、そこでアドバイスとかもらったんですか?」

「まぁ、少しだけ。そういえば、そのグループの創始者で天才作家の人がいるから今度アドバイスをもらおうと思ってるんだけど、その前にその人の作品をAIに読み込ませてアルゴリズムを鍛えようと思ってるんだ」

「もしかして、その人って例の板野れい先生っていう?」

「そうそう、その人。彼女の創造する作品群はとにかく人間業とは思えない小説なんだよ。執筆速度も半端なく速い。24時間活動しているし、もしかしてAIじゃないかと思ってるんだよな……」

 史郎は、その作家のある作品を読んだときの衝撃を今も忘れない。たった五日の間に紡がれたという10万字を超えるその小説は、小説内にさらに小説が描かれたもので、本ストーリーが面白いだけでなく、中に出てくる個々の小説までが多様でに富み、心に響くものばかりなのだ。

「私も読みました、その小説。数日で書き上げたなんてすごいですよね? しかも私感動して涙しちゃいました」

 と琴音も感心したようにいう。

「あの人の正体は絶対AIだよ。詳しいプロフィールも全て非公開だし。きっと500個くらいのインスタンスがオンデマンドで稼働するタイプのクラウド分散処理型で……」

「先輩、何でもかんでもAIやコンピューターだと思うのは悪い癖ですよ!」

「いや、だって、あの異常な執筆速度と文章の密度は人間業じゃない!」

「はぁ、わかりましたから落ち着いてください。先輩、それで自分の小説はどうするんですか?」

「あぁ、それが問題だ。とりあえず引き続き参照データを集めて、俺の自作AIを鍛えよう!」

 史郎はそう言うと、コンピューターに向かって、執筆執筆とつぶやきながら、さらにプログラミングに打ち込むのであった。



 

「琴音! わかったぞ!」

 史郎は琴音の部屋に突入し、琴音を起こしつつ叫んだ。

「……え? 先輩? こんなに朝早く? というか、なんで朝から私の部屋に勝手に入ってくるんですか?」

 琴音は、別に見られてもいいんですけど……と小さくつぶやきながら、パジャマの前をさりげなく手で隠して体を起こし、ジト目で史郎を見た。

「それよりも、分かったんだ! やっぱり板野れいはAIだ!」

「先輩、執筆してたんじゃないんですか? また徹夜ですか?」

「いや、そうなんだけど、それよりも重大な発見なんだ! これを見てくれ!」

 史郎はそう言って、タブレットを琴音に渡す。

「えーっと、この記事ですか?」と彼女は記事を見た。そこには『でんのうぶんごうプロジェクト中止! 開発元が撤退を表明』『電脳文豪、作家協会からの猛反対でプロジェクトとん』というタイトルとともに、とあるプロジェクトのてんまつが記された記事が表示されていた。約10年前の記事だ。

「このプロジェクトと板野先生に何か関係があるんですか?」

「ああ、そのプロジェクトで生成されたというサンプルの小説が、俺の新しいアルゴリズムによるパターン認識で、板野美令の小説と高確率で一致するとでたんだ」

 史郎は誇らしげに言った。

「先輩、徹夜で何してんですか……。それでどうしようと?」琴音は、史郎が何をしようとしているのか分からないという混乱した表情で聞く。

「今日、この会社の社長に会いに行く! 俺が思うに、この会社の社長が板野美令先生に違いない! それでアルゴリズムについて聞くんだ」

「え? 会いに行くんですか? というか、会ってくれるんですか? 企業秘密じゃ?」

「ははは。俺の裏の顔、天才ソフトウエア開発者としての肩書きと知名度を利用してアポを取ったんだよ。それにこの会社とは以前取引がある。俺のコードコミットの貢献度を知っているはずだ」

「先輩、そっちが本来、表の顔でしょう? もう、すっかり変に作家気取りで、本業をおろそかにしないでくださいね!」と琴音はあきれ顔で言いつつも、史郎を慈愛と尊敬に満ちた笑顔で見つめた。史郎は天才高校生プログラマーとして、あるアプリを開発し、そこそこ有名なのだ。

「じゃあ、先輩、私も一緒に行くので、準備ができるまで待っててくださいね」

「え? 俺一人で行くけど……」

「何言ってんですか、ダメです。私もついて行きます。先輩一人じゃいろんな意味で危ないですよ」

 琴音はそう言うと着替えようとして、史郎に部屋を出て行くように言うのであった。



 

「このビルの最上階だな」

 史郎はつぶやいた。二人がいるのは、とある有名高層ビルのロビーだ。

 最上階までエレベーターで上がり、オフィスに向かった。受付にいる女性は二人がハッとするほどの美人で、その全身から湧き出るオーラに話しかけるのをちゅうちょするほどだ。二人が黙っていると、その女性が話しかけてきた。

かみかわろう様といなざきこと様ですね? お待ちしておりました。社長室へどうぞ」

 と彼女が部屋へ案内してくれた。


「これは!」

 史郎たちが部屋に入って最初に目に付いたのは、直径10㎝高さ1メートルほどの透明な円柱が、ざっと百本が並んだ光景だ。まるで墓標のようなそれらは薄く青く光っている。部屋の奥には、豪華なテーブルと椅子に座った女性が見えた。黒髪ロングの美女だ。

 「量子コンピューターCX4000? こんなにも?」

 史郎は驚く。

「はじめまして、かな? 史郎くん。オンラインではお世話になっているが、現実では初めてだね。そして、琴音さんも、初めまして」

「はじめまして。あなたは……もしかしてレイア・ブリック博士!?」史郎はその女性を見て驚いた。

「先輩、ブリック博士というと?」

 史郎はレイアから目を離せず、でも琴音に答えた。

「ああ、AIと脳神経系分野での開発の第一人者だよ。俺のAIも彼女の理論が元になっていて……。でも、じゃあ、あなたが板野美令先生でもあるということですか?」

「ええ、そうよ。私が、電脳文豪の開発者であり、天才作家の板野美令としても活動している人間よ」

「ブリック博士、単刀直入に聞きます。電脳文豪はなぜ失敗したのですか? いえ、もしかして、あなたが板野美令先生と言うことは、本当は成功したのじゃないんですか?」

 史郎はいきなり本題を聞いた。

「ふふふ、せっかちな人ね。そんなんじゃ女性に嫌われるわよ。といっても大丈夫そうね。まあ、熱心なところは認めるわ」レイアは琴音をチラリと見て言った。

「先輩、ちょっとは礼儀というものを!」

「ああ、すみません。つい……」

「いいのよ。そうね、電脳文豪はアルゴリズムとしては完成したわ。ビジネスとしては時期尚早だったのね、反対勢力のせいでうまくいかなかったわ。それに必要なハードの要求が高すぎて市販は無理だったの。この部屋の様子を見ると分かるでしょう?」

「確かにCX4000がこんなに必要じゃ無理ですね」

「先輩、これってコンピューターなんですか? 高いんですか?」

「ああ、一台数百万円はするな」

「え! そんなに!?」

「これだけのハードが必要と言うことは、アルゴリズムは単なるコードではなくて、シミュレーション系の何かだと?」史郎はふと気づいて聞く。

「そうよ。さすがによく気づいたわね。あなた、文章生成のアルゴリズムを開発しているそうね。でも、うまくいかないんじゃないかしら? どうしてか分かる?」

「いえ、それが分からなくて……」

「ヒントをあげるわ。小説を書くという作業で一番重要な要素は、作者の『魂』よ」

「魂……」

「そう。作者の魂からあふれ出るさまざまな感情。苦しみ・悲しみ・怒り・楽しみ・希望・情熱・憧れ・恋・愛情・恐怖・夢想・欲望・後悔・夢……、そういう強烈で、心の底からの感情と人生の経験から紡ぎ出されるのが小説よ。そういう土台無くして、単なる深層学習ディープラーニングとパターン認識・合成・小手先の文章技術だけでは心を打つ小説は生成できないわ」

「『魂』ですか……。じゃあ、板野先生はこのシステムをどうやって」

「わたしが出した回答は、私自身の『魂』を使う事よ」

 レイアはそう言うと、銀色に輝くリングが付いたゴーグルのようなものを取り出した。

「それは、最新の脳波読取型ゴーグル!」

「そうよ。脳の特定野を読み取るデバイスと、量子コンピューターを駆使した仮想世界物語シミュレーションによる文章生成システム、それが私の答えなの」

「なるほど。でも、それじゃあ……」

「そう、純粋なソフトウエアAIとは言いがたいわね。でも、私はこれで満足なの。私は脳神経科学者であり、このデバイスを開発したことも誇りなの。未解決の課題はあなたに期待するわ、将来のAIのお父さん……。それじゃあまたね」

 レイアはそう言うと、ゴーグルを装着し自分の作業に没頭するのであった。

「琴音、行くぞ」

 史郎はそう言うと、琴音を連れて、帰路につくのであった。


 

「先輩、あれだけのやりとりで何か分かったんですか?」

「ああ、十分なヒントはもらった。あとは俺次第だな」

「へー、じゃあ、先輩、ミトカちゃんもいつかもっとすごいAIになるって事ですか?」

 ミトカとは史郎が開発中のAIの名前だ。

「ああ、根本的な改良が必要だが、可能性は見えた。板野美令先生の基本理論は分かったつもりだ。俺のと組み合わせればうまくいくような気がする。そうだな、コードネーム【文令和心の叫びと調和生成】アルゴリズムだな。とりあえず人の心をもっと理解する必要があることは分かった」

「……先輩から最も遠いところにあるテーマですね。少しは私の心も分かってくれればいいのに……」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、何でもありません! 先輩、付き合ったついでにおいしいパフェの店に連れていってください」

「え? 勝手に付いてきたんじゃ……、いや、分かったから」

 史郎は琴音のにらんだ顔を見て、やれやれと言う表情で諦めるのであった。


 史郎がこの後AIミトカを完成させるのは、彼の予想斜め上を行くある出来事を待つのだが、このときの史郎はまだ知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

AIによる文章生成アルゴリズムは、天才作家板野美令の夢を見るか? 譜田 明人 @ProgVanc

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ