第2話
男はルドヴィックと名乗り、優雅な動作で食卓についた。
「ルドヴィック様、帰らなくていいんですか?」
ミチルは無駄な問いだと思いつつ、聞かずにはいられなかった。ルドヴィックはあっさりと自分はこの国の次期国王だと自己紹介をし、ミチルにも自己紹介を求めてきた。
ミチルがそれを無視して昼食の支度を始めると、当然だと言わんばかりの態度で食卓まで付いてきたのだ。
「ルドでいい。ここには私とお前しかいない」
「ホゲー!」
「ああ、殺人未遂を犯したニワトリもいたな……」
チキンの襲撃が余程衝撃的だったのか、ルドヴィックは頬をひきつらせている。
「ルドヴィック様、私はお前ではありません。ミチルという名があります」
「ミチルか。覚えた」
人から呼ばれることの少ない名前を呼ばれると、胸の奥がくすぐったくなる。ミチルはマッチで囲炉裏に火をつけ、昨日作ったトマトスープの入った鍋を火の上に置いた。
「それは何というものだ?」
囲炉裏を指差しながらルドヴィックが言った。
「囲炉裏というものです。この国では珍しいかもしれませんが、東の果てにある島国ではよく見られるものです」
「ミチルは幻の島に行ったことがあるのか?」
「母が、その島国の出身だったとか。黒髪と黒曜石のような瞳を持ったとても美しい人でした」
ミチルの母親はこの国の生まれではないが、東の果てではかなり高貴な術師だったらしい。この国とは起源の異なる魔力を持ち、精霊よりも人外の形をした異形の類とコンタクトを取ることに優れていた。
「お前のその美しい黒髪は母君譲りなのか。この国では珍しいが髪色だが、新緑の瞳とよく合うな」
「この髪色を褒められたのは初めてです。幼い頃は呪い子だと忌み嫌われたものですが。ルドヴィック様は変わり者のようですね」
ミチルはトマトスープに干し肉とひよこ豆を加えてさらに煮込んだ。
ルドヴィックは鍋の中を興味深そうに覗き込んでいる。
「庶民の料理は王城の料理と違って随分とシンプルだな」
「長時間かけてゆっくり煮込んでいるので野菜もトロトロになって栄養を無駄なく摂取することができますよ。限られた食材を無駄なく使うことも生活の知恵です」
「食材など厨房の料理係に任せておけばいくらでも取り寄せられるぞ?」
「それは王城での話でしょう。庶民はそんな贅沢をできません」
「ミチルが私のものになってくれるのならいくらでも便宜を図るが?」
ミチルはルドヴィックの発言を聞き流し、スープ皿にトマトスープをよそった。パン棚から日持ちのするバゲットを出して数枚切り分け、チーズをのせて軽く火であぶる。チーズの焼ける香ばしい匂いが腹の虫を刺激する。
「食べたら出て行ってください」
素っ気ないミチルにルドヴィックは笑った、ら
「断る。私はお前が欲しいと言っている」
「私はここで静かに暮らしたいと言っています」
「魔力がないと不便だろう? 私がいれば魔力のある楽な生活を保証してやれるぞ」
ルドヴィックはトマトスープを口に含み、恍惚とした。
「愛情のこもった料理というものはシンプルでもこんなに美味しくなるのか!」
愛情は込めていない。ありあわせのもので適当に作ったものだ。ミチルは自分もトマトスープを食べ、焼きたてのチーズバケットにかじりついた。
(いつもより美味しい……)
一口食べてからミチルは、いつもと同じ味付けの料理が今はとても美味しいことに気づいた。
王城の豪華で贅沢な味に慣れているであろうルドヴィックも本当に美味しそうに食べている。
「ミチルの料理なら毎日でも食べたくなりそうだ」
「それはご遠慮いただきたいです」
ミチルは料理に集中し、ルドヴィックの言葉は全て無視することにした。
顔を上げてしまうと、赤くなった顔がばれてしまいそうだった。
ゼロ魔力でも幸せに生きています。だから王様、ほっといて!? ヤギです @akisuzu1112
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ゼロ魔力でも幸せに生きています。だから王様、ほっといて!?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます