ルンバ

@mm441534

第1話

一目で高度経済成長期を想像させるような、当時は最新だったけれど今見ると野暮ったいベージュの壁と深緑色のドア。その頃のデザインが実は嫌いではなくって、定期内覧できるようになった太陽の塔へすぐ見学に行ったのも、その時代の空気感を肌で感じたかったのが理由だったりする。

冷たい夜の空気を身体に纏いながらドアノブを回して扉を開けると、部屋の熟成された匂いと交換して、同じ分だけの新鮮な空気が入り込む。私の家は毎日朝と夜、小さく呼吸している。

部屋に入るといつも通りの静寂が私を待っていた。部屋の明かりを付けてから、最初にリビングを見回して探す。これがいつもの日課だ。今日は、冷蔵庫の隣の棚で見つけた。

「今日はここですか」

ルンバは棚の下の隙間に挟まって動けなくなっていた。

1ヶ月前にネット通販で購入したルンバ。携帯アプリで遠隔操作ができて、タイマーを設定しておくと、その時間に起動して掃除を始める。

勢いで買ったものだったけど、これが思いの外しっかりと仕事をやってくれて、今では我が家の掃除サイクルの一翼を担っている。

バタバタと前面にあるブラシの先を懸命に動かしながら、物にぶつかる、進行方向を変えて一心不乱に直進する、さっき通ったルートをもう一度念入りにやり直す。一連の作業を何度も繰り返しながら、だいたい1時間くらいリビングの中を歩き回ると、まるでやりきったかのように、ルンバは我が家である電源エリアへ戻っていく。ここまでが彼の一日の仕事だ。だけど、このルーチンを最後まで毎日やり遂げているかというと、実はそうでもない。正直、やり遂げるか遂げないかは半々と言ったところだ。

今日も昼間にアプリ通知があった。

「ルンバが動けません」

アプリには、ルンバが掃除を始めてからなんらかのトラブルが発生すると、それを通知する機能がある。その知らせをいつも仕事の合間や、昼休憩に確認することになる。今日もアプリで通知を受けた私は、ルンバが遭難してるであろうという心構えで帰宅した。

ルンバは棚の下の間に挟まって、動けないまま力尽きてしまったのだ。通勤鞄をテーブルの上に置いてから、うずくまって項垂れているルンバを持ち上げて電源コーナーに戻してあげる。女の私でも持ち上げられるくらいには軽いけど、両手にはずっしりと重さがかかる。そうやって動けなくなったルンバは、なんだかウミガメを連想させる。ウミガメを実際に持ったことはないけれど、私の両手でじっとしているルンバはなんだか情けない。

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