「夢」

楠ノ葉みどろ

 私は夢を見ていた。


 どこまでも続く青空の下に、果てしない草原が続いている。草原の中央には、青々とした葉を広げた巨木が立っていた。風に雲は流され、草と木の葉が踊っている。


 葉と葉が擦れる音に耳を傾ける。風が空気を切る音が頻繁に響いている。現実であれば息苦しいほどの強い向かい風であるが、夢の中であるためかただただ心地よかった。


 私は風に向かって走り出した。どれだけ走っても、なかなか巨木に辿りつかない。だが、疲労は全く感じなかった。息切れを起こすこともなかった。


 やがて太陽が地平線に近付き、木の背面で紅い光を放つようになった。木の影が伸びる。雲が鴇色に染まる。


 ふと後ろを振り返ると、鮮やかだった青空は紺青に変化しており、白い月が上りつつあった。再び夕陽に目を向けると、一瞬の内に夕暮れの色は移り変わっていた。雲が不規則に乱れ動き、目まぐるしく色彩が揺れている。鴇色の雲は黒い影を落としつつ金色の光を放っていた。そして、夕焼けが先程まで紅かったことが嘘のように、日輪が淡黄に光り輝いている。


 やがて陽が地平線の下に姿を隠すと、空は深い紫に染め上げられた。気が付けば私は目指していた木のそばに立っていた。私の訪れを歓迎するかのように、その木は果実を私の目の前に落とした。どうみてもリンゴの木ではないのだが、その実はよく熟れたリンゴであった。


 その果実を齧っていると、空は限りなく黒に近い藍色となり、風が緩やかになった。星々が現実ではありえないほど激しく瞬いている。蛋白石のように、白を基調としてさまざまな彩を見せる月が、ゆっくりと軌道を描いている。


 私は夢を見ていた。


 星が一つ、また一つと線を描いて空から落ちた。時とともに落ちていく星達は増えていく。地上に落下した星は、大地を巻き込んで白い光を放ち滅んでいった。


 私はこの世界の終わりを悟った。月までもが彩をなくし、崩壊した。その欠片が次々と地上に降り注いだ。星々の落下地点がどんどん私に近付いてくる。これはきっと、私のような悍ましい存在が美しい世界を見た罰なのだ。ああ、熱い。なんと熱いのだろう。草が燃えていく。夜空が光を失ったことで、世界は闇に包まれた。




 どれだけの時をこの闇の中で過ごしただろう。何も見えない。何も聞こえない。生きているものは私の他に存在しない。風すら流れることを忘れている。


 孤独感に苛まれる。暗闇は不思議と心地がよく、そして恐ろしかった。


 絶望に呑まれた世界に、やがて朝陽が上った。陽を見ると、燃え尽きた草が木を中心として緑を取り戻していき、美しい光の粒を放ち始めた。


 たとえ奈落の底に堕ちても、きっと再び希望に巡り合えるのだ。そこで目が覚めた。


 私は夢を見ていた。

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「夢」 楠ノ葉みどろ @kusunohacherry

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