第3話  初めまして

「でも、どうして雨を待ってたの?」

「下準備だよ」

「下準備?」

「うん」

相変わらず彼は、私と眼を合わせてくれない。


「わかりやすく言うと・・・」

「うん」

「晴れていても、折りたたみ傘を携帯しておく。

そういうことだよ・・・」


私が鈍いのが、彼とは感性が違っているのか、

正直、理解が出来なかった。


ふと、キャンバスを覗いてみる。

するとそこには、快晴の海が描かれていた。


その中には、たくさんの人で賑わっている。


「これを、描くなら、わざわざここでなくても・・・」

「今の、僕には、これが見えるんだよ・・・」


それだけいうと、彼は帰り支度を始めた。


「じゃあ、僕はいくから・・・」

「あの・・」

「君も、風邪のひかないうちに、帰った方がいい」

「でも、傘・・・」

「僕は、背景。背景に傘はいらない」

それだけいうと、彼は去って行った。


次の日、担任の先生から、彼が引っ越した事を知らされたが、

いかにも事務的で、クラスメイトもきょとんとしていた。


彼の言うように、背景だったのか・・・


学校帰りに浜辺に行ってみた。

しかし、当たり前なのか、彼の姿はなかった。


でも、彼がいつもいた場所に、白い物を見つけた。

それは、私宛の手紙だった。

津川桜子さんへと書かれている。


間違いなかった。


怪しくはあったが、興味が勝った。

私は、広げてみた。


「津川桜子さん


勘のいい君の事だ。

おそらく、ここに来ていることだと思う。


君がこれを、読んでいると言う事は、おそらく僕はいない。


先生も、級友たちも、無関心だったろう。

それでいい。それで構わない。


理由はどうあれ、背景でしかない僕に声をかけてくれたことを、

ありがたく思う。

心より、感謝する。


僕の名前は言わない。

自分で思い出してくれ。


では

               」


私は、次の日から彼のいた時間に、毎日浜辺に行くようにした。

しかし、彼はいない。

当たり前と言えば、当たり前。


でも、ここに来れば、また彼に会える気がした。

そして、その時こそ呼んであげたい。


彼の名前を・・・


一週間、一か月、半年、一年・・・

毎日通った。

でも、彼はいなかった・・・


そして、5年後・・・


ある雨の激しい日。

ようやく、彼を見つけた。

私は喜びのあまり、彼に駆け寄った。


彼は、私に気がついてくれたのか、こっちを見てくれた。

その顔は、とても清々しく見えた。


私は、声をかけた。

彼はそれに、答えてくれた。


【初めまして。柚木敬くん。私は、津川桜子です】




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

太陽が昇る時 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る