第3話 捜査一課の内容は個人情報です

 じゃら、じゃら、じゃら、じゃら。

 室内に充満する煙草の煙。まるで昭和の企業のようだ。

 じゃら、じゃら、じゃら、じゃら。

 4人が卓の上の台で、四角い牌をかき混ぜている。


「ったく、暇だな」

 一人がつぶやく。

「暇でもないだろう。これが俺たちの仕事だ」

 対面の警部が答える。

「そうですよ。ええっと、」

「おい、名前は呼ぶなよ。個人情報だ」

 若い刑事を嗜めるように言った。

「ったく、おかしな時代になっちまったよな。俺たちがお前くらいの頃には、考えられねえよ。煙草もな」

麻雀これもな」


「昔は、なんていうか、あけっぴろげだったってわけですか」

 若い刑事が言う。

「まあ、あけっぴろげってわけでもねえが、なんつうか、無駄にきつくなったんだよな」

 対面の警部が同意する。

「そうだ。結局はあれだ。責任の所在がな。所在をどいつもこいつも求めたがってるってわけだ。特に人間関係なんかそうだし、ストーカー事件なんか、典型的だ。名前だの、住所だの、俺ら警察が被害者の情報流したりするだろ。するとたちまち情報を流すのが悪いって話になっちまう。住所やら名前やら簡単に出すから、殺されたんだとか言われるようになってな」

「そう。だったら徹底的に出さねえよ、って話さ」

 とん、とん、たん、ポン、カン、たん、とん。

 牌の音と煙草の煙が部屋に満ちる。

「なるほど・・・」


部屋のドアが開く。

「警部、110番入電です」

「警部って、どの警部だよ」

「・・・・・・わかりません」

 一人が答える。

「で?何だよ」

「殺人のようです」

 狭い部屋に一瞬、ざわ・・と緊張が走った。

「殺人・・?何でそんなこと分かるんだ。殺人か殺人じゃないかは、こっちが決めるんじゃあ、ボケ」

「でも、マンションの一室で首をメッタ刺しにされた死体が見つかったとのことですよ」


「・・・」

 牌を触る手が止まる。

「・・・・どうする?」

「どうするって、お前・・・・」

 若い刑事がたずねる。

「こういう場合は、どういう取り扱いになっているんですか」

「仕方ねえな。おう、電話持ってこい」

 婦警に怒鳴りつけた。


「はい?お電話変わりました。死体を発見したそうで?」

「そ、そうなんです。大変です。すぐに来てください」

「すぐに、ったってね、あんた」

「はあ」

「私たち警察も、殺人です死体ですって言われたからって、はいそうですかと動くわけにはいかんのですよ」

「え!? いや、そこは はいそうですかと動いてくださいよ・・?」

「いやね、だからね、動くって簡単に言うけどね、動くってなったら、あんた、物理的に、そっちにいかなきゃならんわけでしょう」

「そりゃ、そうですよ!」

「そのためには、場所やなんやかやあんたからも聞かなきゃならんわけでしょう」

「そうですよ!川崎市の・・」

「まあ待って!待って! 私らも、そういう話を簡単に聞くわけにはいかんのですよ。あんたの個人情報にもなるわけだから。ね?わかるでしょうが」

「わかんねえよ!」


「あんたも話のわからん人だね」

「いや、しかし」

「だから現場の住所がだね・・・」

 若い刑事が、電話をさえぎるように、ちょっとちょっとと話しかける。

 ん?と警部の一人。

「なんだよ」

「殺人事件の現場が個人情報になるんですか?さすがにそれはちょっと・・・」

「ちょっとって、なんだよ、お前」

 警部は一旦電話を婦警に戻して、「まあ、ちょっと聴いとけ」と命じた。


「警部、ここは殺人課ですよ」

「そうだよ、それがなんだ、お前」

「殺人があったなら、これはやはり動くべきですよ」

「でもなあ・・・。おう、どうだ。これ、個人情報的に解釈したら・・・」

 他の警部二人がうなる。

「これは・・・なあ」

「まあ、整理してみるか。被害者の個人情報を俺たちがゲットすることになるな」

「そうだな」

「ということは、俺たちの個人情報を被害者がゲットすることになるか?」

「・・・必ずしも、そうとは限らないんじゃないか」

 若い刑事が突っ込む。

「被害者死んでますよ」

「そんなことは・・・、いや、難しいな・・・」

「そうですか!?」

「人間の死の定義なんて、曖昧なものだぞ」

「・・・そういう話なんですか?」

「いや、お前、お前はまだ若いからわからんのだ。こう言う事はしっかりさせなければいかんのだ」


「そっか。そう言われてみれば、これは大事な問題だ。死んだ被害者だって、いろんな情報を聞きたくもない、知りたくもないだろう」

「うむ、そうだな。チー。」

「???」

「いや、違う。違うぞ。そもそも、死んだ被害者だって、自分の情報を人に知られたくないだろう」

「ああ、お前、良いこと言うな。そう、そこなんだよ。そこが大事なんだ。よくそこに気づいた」


「でも、死んでるんでしょう?」

「馬鹿、お前、わからんのか。死者の尊厳というやつだよ」

「尊厳は、大事だな。確かに。」

「知る権利もあれば、知られたくない権利もあるしな」

「うーん・・・・」


「俺たちが動けば、情報も動くんだ」

「はあ」

「おい、若えの。お前が現場に臨場したら、どうなると思う?」

「どうなるって・・・死体と対面しますよね」

「・・・そう。その遺体がな、・・・そうだな。総理大臣だったらどうなる」

「そ、総理大臣??」

「そうだ。総理大臣とも限らんだろうが。北朝鮮の総書記かもしらん。これは大変な個人情報になる。まあそれは極端な話だとしてもだ。それで、どうなる」

「まあ、検視とか、検案とか、聞き込みとか、やるでしょう」

「それだよ、それ。リーチ」

「どういうことですか」


「かぁ・・・、鈍いヤツだな!その被害者が死んだってことを、言いふらすことになるだろう!死んだだの、どこで殺されたとか、殺され方とか、死体の写真とか、趣味とか、洗いざらい人に聞き込みをしなければならんのだ。大変な個人情報の漏洩だ。わからんか?」


「ぜんっぜんわかりませんが・・・」


 ロン。十三不塔。
































 













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「個人情報です」 赤キトーカ @akaitohma

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