51、慣れってこわい、色んな意味で

「キグーですネ。レンもお出かけだったですカ?」

「あ、ああ。ちょっとな」


 さて、どうしたことだろうか。夏目と一緒にいるところをアビーに見られるのはまだいいとして、夏目的には多分、ダサT姿を見られることはすごく恥ずかしいことになるだろう。現にガチャガチャを回す手が止まっている。緊急事態に体が固まってしまったようだ。とはいえ、


「あや、ヒトミもいたですネー」

「あはは…」


 正面の格好こそいつもと違って気の抜けたダサT姿だけど、ガチャガチャに向かってしゃがんだ後ろ姿は普通にラフな夏目なのだから、正体が発覚するのも時間の問題でしかないわけで。顔だけ苦笑いで振り返る夏目だったが、結局その姿勢の不自然さに耐えかねたのか、おもむろに意を決したように立ち上がった。


「こんばんはアビー」

「はい、コンバンハー」


 どうやら夏目は、カーディガンのポケットに手を突っ込んで引っ張ることで前を隠すことにしたらしい。しかし、そんな夏目の様子を気にも留めないでアビーは、


「もしかして、2人はデートでしたカ?」


 とニコニコ笑顔のまま聞いてきた。そんな屈託のない質問だからだったのだろうか、俺と夏目は2人して、


「「デート?」」


 疑問系になった。そういえば、図式的には2人で約束を取り付けて行動する、というのは広義的なデートといえばデートなのだろうけど、しかし、


「デートっていうか」

「一緒に遊んでただけっていうか」

「それ以外なにもないよなあ」

「考えもしなかったね」


 夏目の言う通り、ただ友達と一緒に遊んだというだけで、そんな甘い雰囲気は欠片もなかったし、思いつきもしなかった。だから、相引きという意味合いでのデートには違和感しかないわけだ。


「ソーでしたカー」


 アビーはそれで納得してくれたようだが、しかしその後ろから向けられる結川さんの視線が冷たい。『気を使う』と言ってくれた結川さんの気遣いを無碍にした挙句、今はこうして呑気にアビーと話をしている訳だし。骨折り損をさせてしまったか、と思ったがその視線はそれだけではないような、なんだか可哀想なものを見る目なような。一体なんだというのだろうか。

 そして、そんな結川さんの様子に気づくこともなくアビーは、夏目、というかガチャガチャに歩み寄ると、


「ヒトミはガチャガチャ好きなのですカ?」

「え?」

「だってしてたでショ?」

「あ、ああうん!そういえばそうだった」


 アビーに出くわしたことのショックで意識から飛んでいたのか、中断されていたガチャガチャをそそくさと回す。ついでにそんな実情をポロッと漏らしてしまうあたりがなんとも夏目だ。そして、一度やり始めたらワクワクが勝るのか、Tシャツの前を隠すことも忘れてさっさとカプセルを開けてしまう。


「ロゴだー」

「これですネー」


「デ、コレはなんだすカー?」などとキャイキャイはしゃぐ女子をよそに、俺は静かに音を立てず歩み寄ってきた結川さんの視線を浴びる。


「まったく、何のためだったのやら」

「すいません。ちょっと込み入った話だったもので」

「確かにあの状況ではスマホでの警告なんて二の次になりますよね。まあ、そうでなくても歩きスマホは良くないですし」

「それはそ…、あれ、見える距離にいました?」


 俺と夏目は、いつ終わるともしれない話をしていたからか、どちらともなくよっくり歩いていたとしても。電車一つ違えば10〜15分は開きが出てもいいものを、ましてや駅から商店街までバス乗車だってあるのに。メッセージが送られてきたタイミングを考えるに、結川さんとアビーはバスに乗っていたと考えるのが普通で……。

 そんな疑念を持てたとしても結川さんから帰ってくるのは薄い笑みだけで明確なモノは何もない。つまり考えるだけ無駄なのだろう。


「それで、このジャムバンってゲームには色んなバンドがあってね…」

「ホホー」

「それで今やったのがDusty neonってグループの……」


 いつの間にやらガチャガチャからジャムバンに関しての講義が始まっていた夏目とアビー。そして、段々と早口になっていく夏目の講説は長くなりそうで、とても店先のガチャガチャ前でするようなサイズじゃない。


「長くなるなら移動しようぜ」

「あばっ、そ、そうだね」

「アバ?」

「な、何でもないよ!」


 声をかけられてトランス入りかけていたことに気づいたのか、ヘタな息継ぎみたいな声が漏れてしまう夏目は、それを不思議に思ったアビーの疑問を煙に巻くように帰路につく。アビーはアビーで「ソーデスカー」と軽く流して夏目の横についた。そして静かにアビーの後ろについていく結川さん。

 そんな3人の後ろ姿を見て、ついこの間の自分とは随分遠い場所まで来てしまったものだと思う。けど、不思議とそれを違和感だとしないのは、自分もこんな現状に慣れつつあるということなのだろう、多分。

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この勘違いは一方通行が過ぎる 鵯越ねむい @kapibaranemu

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