50、

 5種類を5回で全回収、ただし目当ては最後の最後、というガチャガチャにしては出来すぎた結果に多少の狼狽はあったものの、最終的に夏目はゴキゲンな様子で専門店を後でる。すると目に日差しが入り込んで、西側の空から暖色系の白が滲んでいるとわかる。


「そろそろ帰んなきゃだね」

「だな」


 スマホで時間を見て言う夏目。日が落ちるまではまだまだ時間が掛かりそうだけど、電車の時間もあることだし、今のうちに帰っておけば暗くなり切る前に結ヶ崎に帰れるだろう、多分。


「駅ってこっちだったよね?」

「うん」


 夏目の行ってみたいところを探しながら散策していたおかげで、結構歩いたような気がするけれど、実際は駅からそれほど離れてもなかったし、奥まっても入り組んでもない。さして時間をかけることも迷うこともなく駅に到着する。もう一回アビーに出くわすということは流石になく、つつがなく結ヶ崎駅まで帰ってくれば、夜の色がわずかばかりの夕焼けを押しつぶすみたいに暗くなっていた。

 それからロータリーで少し待ってバスに乗れば、あっという間に商店街近くに着く。


「ここまで来ると帰ってきた感あるね」

「駅でなく?」

「んー、駅は帰り道じゃなくない?どっちかというと行き先、目的地?で、ここはいつも通る道でしょ?」

「あー」


 ノスタルジーとかエモーショナルとかじゃなくて、ただ単純に目にする頻度の差。


「て言っても、こっち来てまだ2ヶ月ちょっとなんだけどね、私」

「そういやそうだったか」

「慣れちゃうって早いんだねー。もうすっかり地元って感じ?」


 通学路であれば平日は基本的に通るのだから、雑に数えたって2ヶ月中に40回以上は行き来するだろうから、そりゃあそういうものだろう。俺だって、最初は警戒するはずだった夏目と、まさか友達認定をもらって、あまつ一緒に遊びに出かけることになるなんて。これも一つ慣れの成せることなのか。


「…もともとお母さんの地元なんだけどね、結ヶ崎」


 少し間があってから、少し小さい声で夏目が言った。


「お父さんの仕事ってさ移動が多いから、住むトコにこだわりとか無くって引越しが多かったのね。それがさ、私が高校生になるからって、一旦どこかに落ち着いたほうがいいかって」


 そういえばそんな事、言ってたような気がする。


「お母さん私がちっちゃい頃に病気で死んじゃってるから、それでなんか感傷的なのもあったのかもね」

「…そうなんだ」


 薄々、予想していたことではあったけど、予想通りであったところで嬉しくはない。今だってなんて言えばいいか分からないんだから、昼に突つくことをしなかったのは良かったのだと思っていると、


「気をつかってくれてありがとね」


 不意にそんなことを言われて、すぐには驚くこともできなかった。それから数歩あって、


「…気づいてた?」

「んー、なんとなく今日は考え事多いのかなーって」


 ようやく、自分の方が気をつかわれていたのだと分かる。カバンの中でスマホが震える音がしたけど、そんなことを気にかける事はできなかった。


「いやね、楽しい話じゃないし言わなくてもいいかと思ったけど、まあ、秘密にするようなことでもないし。気にさせるくらいなら言っちゃったほうがいいかなって」

「そっか」


 別に、言葉をそのまま額面通りに受け取ったわけじゃない。そこまで楽観的でもなければご都合主義な思考でもないのだから。けど、当の夏目が何でもないみたいに言い切ってしまったのなら、これ以上聞き出すようなことじゃない。


「結構昔のことだし慣れちゃったっていうか、時間が解決してくれたっていうか。だから薮蛇つついたとか思わないでいいからね。むしろ、これで一橋くんの態度変わっちゃったら、私へこんじゃうからね⁉︎」

「わかったわかった」


 そう言ってる本人の方が気にかけ過ぎている、という不思議なことが起きているわけだが、これはこれでいつも通りな気がしてしまうのは、またこれも慣れてしまったということなのだろうか。「よかったあ」と胸を撫で下ろす夏目を見て、失笑するくらいには余裕があるらしい。


「え、何で笑ったの?」


 それは夏目があまりにも必死で、その様子が透けて見える程だからだよ。とは言わないでおこう。それじゃあまるで、自分のことを離れてほしくない大事な友達、って錯覚しているみたいだから。

 そんなことを考えて、自分の自意識過剰加減にまたふっと息が漏れた。


「また笑った」

「今度は夏目で笑ったんじゃないよ」

「じゃあさっきは私だったんだね⁉︎」


 そんな風に商店街を歩いていると、


「あ、」


 夏目がドラッグストアの前に置かれているガチャガチャに目を止めた。


「ダスティネオンだー」


 タタっと小走りでガチャガチャに向かうと、すぐに膝を曲げて食い入るようにラインナップを眺めている。そんな夏目の背中越しに覗き込んでみれば、ジャムバンの中のグループの一つ“Dusty neon”のメンバーがデフォルメで描かれたアクリルストラップが景品だった。要は秋葉原で夏目がやったやつのバリエーション違い。


「こっちにもあるなんて盲点だったなー、っていうか入れ替え早いのかなー」

「隣のなんて一年以上から変わってないのに」

「そうなんだー」


 言いながら小銭入れをしれっと眺めているあたり、どうやら回すつもりでいるらしい。その間は手持ち無沙汰なので、さっき通知のあったスマホの画面を確認すると、


『間に合わなくなりますよ』


 とメッセージアプリの通知が出ていて、何事かと思えば結川さんからだった。通知に出ているだけの文言では一体何が間に合わなくなるのかが分からないでいたが、それが判明するのにそう時間はかからない。


「おや、レンじゃないデスカ」


 声のする方を振り返るとそこに、アビーと結川さんがいたからだ。

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