49、

 それからゲームショップやカードショップ、グッズの買取販売店などを巡って、夏目のリアクションをひとしきり楽しむうちに時間が経っていて、電車の時間を鑑みるにそろそろ帰りのことも考えないとかなとスマホを見ていると、「最後に行きたいところがあるの」と向かった先は、


「やっぱり、いっぱいあるっていうのは壮観だね!」


 開けっぱなしの広い入り口に大量のガチャガチャのマシンがずらっと列をなした店を見るなり、夏目は目を輝かせてそう言った。スーパー、デパート、ドラッグストアに小売店やゲームセンターなどなど、至る所で見かけるガチャガチャ。それ自体は身近にありふれた物でしかないのだが、しかしここはガチャガチャ専門店。普通の店なら商品棚で作られるだろう動線が、縦に三つ四つと積まれ並んだガチャガチャマシンで作られている。そんな光景は近所にそうそうあるものではない。


「うわー、色々あると色々気になっちゃうな〜」


 たたた、と弾んだ足音で店に入っていった夏目はガチャガチャマシンを指差ししながら上から下へ、それから隣の積まれた筐体を下から上へと順繰りに見ていく。ぱっと目に付くだけでもラインナップはかなり豊富で、アニメや漫画やゲーム系の商品のみならず、犬や猫などのマスコット類に並んでマニアックな昆虫や魚のミニチュアフィギュアだったり、筋トレジムやサウナなど揃えるとそのコンセプトに応じたジオラマが作れるミニチュア家具。果てはスーパーの精肉コーナーに置いてあるようなトレーに入ったお肉のミニサンプルなんてものまであって見て回るだけでも楽しめそうだ。

 ……どこに需要があるのかはわからないけど。


「ねえねえ、ひょこっと魚しおりだって。本に綴じて頭だけ出すの、ウツボとかチンアナゴとか」

「…シュールだな」

「かわいいよね」


 ディフォルメされた魚がこちらを見上げてくるのは愛嬌があってかわいいと思う。ただ、半開きの口に魚類特有の黒くてまんまるな目はちょっと不気味な気もするけれど。


「やるの?」

「んーん。こないだ出たばっかのジャムバンのキーホルダーのやつをね。近所で無かったら」

「そうなんだ」

「うん」


 そうして指差し確認を再開していく。確かに、これだけの台数があるならば何処かにはありそうではあるが、逆にいえばこの中から一つ一つと確認して目当てのものを一つだけ、というのは中々骨の折れそうな作業である。


「向こう探しとこうか?」

「いいの?じゃあお願い、《Linked Ring》の3頭身のアクキーね!」

「わかった」


 店の中で夏目と反対側にあるガチャガチャを確認しに行こうと、広い入り口の反対側へ廻る。


「……」


 あった。ちょうど夏目が探し始めた場所から順繰りにしていくと一番遠いところにあった。夏目が入っていったのと反対側にから入ってすぐの所にあった。夏目の引きが弱いのか、時間がかからなくて良かったというべきか。夏目を呼びにいくと「もう見つかったの?流石だね」と言われたが、何が“流石”なのかはサッパリだった。


「じゃあ、早速やってみよー」


 お目当ての台を前にするやいなや、小銭をガチャガチャに投入してレバーを回す。するとガラガラと中が少しかき混ぜられるように動いてから、カコンとカプセルが取り出し口に落ちてくる。それを手に取り開こうとする夏目に、



「何狙いとかあるの?」

「花乃子」


 即答だった。花乃子、……は確かゲーム紹介のアタマに登場するようなポジションの《Linked Ring》っていうバンドのギター、だった気がする。あまり真面目にプレイしていないのでほとんどのキャラを把握しきれていない。貼ってあるラインナップを見るけれど、楽器を持っていなかったのでついぞ分からない。


「澄歌だ」


 出てきたキャラクターが狙いと違ったので夏目はキーホルダーをカバンに、二つに割れたカプセルを小脇にもう一度ガチャガチャを回す。


「沼らないといいなぁ」

「フラグ?」

「やめてよ」


 ふふっと笑った夏目は、カプセルを手に取ってみるや、「あっ」と短く言って次を回し始めた。

 ラインナップは5種類で、デフォルメされたキャラクターのが4つと、バンドのロゴを抱えたペンギンのマスコットが一つ。どれが出たのかは知れないが、まあ、開けるまでもなく違うと分かってしまうものだったんだろう。

 それからまた「ぅぐ」と、小さく詰まった声がして間もなく3回転、4回転とハンドルが回る。4つ目のカプセルを開いて肩を落とす夏目は、こちらをジトーっとした目で見て、


「一橋くんが余計なこと言うから」

「夏目の抽選が悪いんじゃない?」

「……少しは反論の余地を残してくれてもいいんだよ?」


 言いながら5回転目である。ラインナップと同じ数字は、なんとなく一区切りみたいな感じがした。夏目もそんな気分なのか、恐る恐るといいった様子で手を伸ばし、取り出し口のカプセルを掴むと目を瞑って引き寄せる。見ないようにすることに何の意味もないのは本人も承知の上のことだろうけど、まあ気持ちはわからんでもない。

 それから「う〜」と少し唸って、いよいよ意を決したように勢いよくカプセルを捻った。ぱかっと音がして、夏目はそーっと自分の手元を覗き込むと、


「あっ」


 驚いた顔をしてこっちを見ると手元に目線を戻してから、今度はパッとした笑顔を向けて、


「出た!出たよ……、全種類……」


 すぐに肩を落とした。全種類を一発で揃えるのもすごいけど、その中で1番欲しい物が1番最後っていうのは、運がいいんだか悪いんだか。


「沼じゃないだけマシじゃない?」

「そうだね……、むしろ揃ったんだからいいよね」


 にへ、と笑う夏目は、しかしまだショックが拭いきれないらしく、やや重たい足取りで「カプセル捨ててくるね」と、通路の中程にある回収ボックスに向かう。

 そして戻ってくると、


「並べて写真撮るの考えたら元気出てきた」


 といい笑顔になっていた。

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この勘違いは一方通行が過ぎる 鵯越ねむい @kapibaranemu

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