海洋恐怖症

はろるど

イルカと泳ごう!

 海が、恐いんです。


 いえ、正確に言うなら、「底知れない水」や「何が潜んでいるか分からない場所に身をさらすこと」でしょうか。


 幼い頃、プール教室に通っていまして。


 ええ、スイミングクラブってやつです。帰りにあめ玉をもらったりなんかして、ゆるゆるやってました。


 で、ですね。そのクラブの合宿があるんです。夏と冬の長期休みに1回ずつだったと記憶しています。冬の合宿は決まってスキー教室で。スイミングクラブなのに、不思議ですよね。まあ、全国から参加する子たちとわいわい楽しめて、好きな時間でした。


 私が海洋恐怖症を自覚したのは・・・・・・その当時はそのような呼び名では認識していませんでしたが・・・・・・ある、夏合宿でのことでした。


 イルカと泳ごう!っていう企画があったんです。


 素敵なひびきでしょ?あの可愛らしいイルカと泳げるんです。スイミングで習った成果も出せる、というわけで、親にねだって参加させてもらいました。


 最初はよかったんです。水族館を見学して、イルカショーを観て、期待はふくらむばかり。いよいよ海中に設置された生け簀に到着した時は、興奮のあまり鼻血を出した子までいました。それを見た他の子が「うわ、サメが来ちゃう!」なんて言ってね。まあ、子どもの思うことですから、単純なものです。


 思えば、「サメが来ちゃう」の一言も、私の不穏な妄想を助長したのかもしれません。


 あんなに待ち遠しかったイルカのプールが、底知れない、どんな生き物が一緒にいるかも分からない、大いなる海の一部であることを自覚してしまったんです。


 生憎の曇り空だったのも、海面を黒々と見せて、恐ろしさをかき立てました。


 そう思ってからはもうダメです。可愛いとばかり思っていたイルカが、肉食動物の鋭い歯が並んだ、ばっくりと開く大きな口を開けて魚をねだってきました。まさしく、「海獣」の呼び名にふさわしい、堂々たる姿。


 美しいと思いました。同時に、畏怖しました。


 私は、イルカの生け簀にいる間はということを実感しました。


 ええ、それでも一緒に泳ぎましたよ。一緒にと言いますか、背びれをつかませてもらって。その時の、速さといったら!


 イルカはきっと手加減してくれたんでしょう。でも、私にとっては未だかつて経験した試しがなく、その後も経験することのない速度でした。弾力のある、つるりとした皮膚を持つ、泳ぐためのフォルムをした生き物。どうやって泳いでいるのか、確認することすらできません。ただ、気がつけば生け簀を一周していました。


 参加した子どもたちが順番に一周した後は、全員生け簀に入って自由に泳ぐようにと言われました。


 あの経験をした後では、物語で言う「ドラゴンの巣穴で遊ぶような」真似に等しいものだと思いましたね。コーチからあがる許可が出て早々に生け簀から逃げ出しました。


 それ以来、私は海が恐いんです。水族館は、好きなんですがねぇ。

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海洋恐怖症 はろるど @haroldsky

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