能力者たちの日常
砂竹洋
秘密結社イノセンスの日常
屈強な男が、一人。
かつてない強敵に立ち向かうために、己の能力を使う決意を固めていた。
能力名「
彼はその能力を、指先の僅かな一点にのみ集中させる。
その場に応じて様々な変化を見せる彼の蒸気は、今まさに目の前の問題を解決する事にのみ特化した力を発揮して――
「ふぅ、やっとゴミ袋拡げられたぜぇ。手がカサカサで拡げられないの何のって」
「え、まさか
即座にツッコミが入る。屈強な男にツッコミを入れたのは、何の特徴も無い女の子であった。彼女の名前は鈴木。名前まで特徴が無い。唯一の特徴であるニット帽を部屋の中でも脱がないのは、己のアイデンティティの喪失を恐れての事だろう。
「いや私ニット帽をアイデンティティとか思ってないですからね
「思っていないなら脱いだらどうかね。夏にそんなもの被っているのは正直どうかと思うよ。早くその汗で蒸れたその帽子の中を衆目に晒すといい」
「だからこれはお母さんの形見で――って今すごい気持ち悪い事言いませんでした!?」
このように、今や組織のツッコミ役として活躍する彼女は、組織の中で唯一の無能力者だ。能力者に憧れてこの秘密結社イノセンスに入社したのはいいものの、彼女が憧れていたような非日常はそうそうやって来ない。
それでも根気良くここに通うあたり、根性だけはあるようだ。
さて、この辺りで私の事も紹介しておこう。
遠型直也。清潔感溢れる真っ白なスーツに身を包んだ美男子で、知的な彼を装飾するかのようなスクエア型のメガネは、高級ブランドHATBEの――
「はいはい、自分大好きナルシストの遠型さんの紹介はその辺にしといて、そろそろお客さんの要件を聞きましょうよ……」
「む。そうであった。して少年。こんな怪しげな会社に何の用かね?」
私は目の前のソファに腰かける少年に、改めて向き直る。この組織は、普段は『なんでも屋』として活躍している。しかしその胡散臭さに全く顧客がつかないのが我々の日常であった。
にも拘わらず、目の前の少年は我々に「依頼したい事がある」と言って訪ねてきた。どこぞで我々の活躍でも聞きつけてきたのだろうか。
「活躍ってほどの事してないでしょう……。ごめんねキミ、こんな組織で良ければ、要件を聞かせてほしいんだけど」
鈴木が優しく語りかけると、それまで黙っていた少年はようやくポツポツと語りだした。どうやら子供の相手だけは得意な様だな。評価を改めねばなるまい。
「あの、ぼく……大切な物をなくしちゃって」
「そっか。それは辛いね。一体何をなくしちゃったの?」
「お母さんの形見の――お守りを」
鈴木の肩がピクリと動いた。彼女にとっても、その言葉は重要な意味を持つことは改めて語る必要もあるまい。
鈴木はすくりと立ち上がり、薄い胸を叩きながらこう言った。
「その依頼、受けましょう! お姉ちゃんにまっかせなさい!」
いや、君に依頼を受けるかどうかの決定権は無いのだが。まぁ特に断る理由も無いし、問題なかろう。
「あの、それで、お金の話だけど――」
少年は「依頼」というものをよく分かっている様だ。ここが会社である限り、当然依頼には賃金が発生する。慈善事業をやっているわけでは無いからだ。
「ふむ、そうだな。簡単な依頼だし、子供だから多少まけて――」
私が電卓を取り出し、依頼料の計算を始めようとした瞬間、隣でまだ立ったままの鈴木が身を乗り出し――
「タダでいいよ!」
――またしても勝手に商談を決めてしまった。
こいつ、私達が一向に能力者らしい活躍を見せないから腹癒せにこの組織を潰そうとしているのではあるまいな。
「え、いいの?ほんとに?」
少年が喜びの表情を隠そうともせずに、私と鈴木の顔を交互に見比べながら言った。
「ハァ……、仕方あるまい。一度言ってしまった事を引込める様な組織は、信用が無くなってしまうからな」
仕方なく私が折れる事にした。後ろで舘元が「ハナから金取る気無かっただろ」などと言っていた事は気にしない事にする。
…………
少年と鈴木を連れて、私はとある店に向かった。そもそも依頼を受けた本人には全くアテがないようで、「それじゃあ後はお任せします!」なんていけしゃあしゃあと言ってのけた。そのため、私が先導する形になっている。
後で鈴木には体を張った一発ギャグでも披露させよう。それくらいせねば釣り合いが取れん。
「あのー、遠型さん。私たちどこに向かってるんですか?」
「そろそろ見えてくるはずなのだが……あぁ、あった。あの店だ」
話しているうちに目的の店に到達する。私は店の奥まで入り、店主に声を掛けた。
その間、鈴木は呆気に取られた顔をしていた。ふむ、その顔が見れただけでも多少は胸がすく。
「店主、例の物はあるかね? 5kg程必要なのだが」
「おう、久しぶりだねあんちゃん。ちとまってな。ここにはねぇから車で取りに行ってくらぁ」
それだけの会話で要件が通じる程、私はこの店に通っているのだ。
店主が店の奥に行き、静寂に包まれると、ここぞとばかりにツッコミマシーン鈴木が動き出した。
「遠型さん、ここ果物屋ですよ?」
「そうだな」
「あ! わかりました! 実はここは秘密裏に組織のバックアップをしている所で、今まさに秘密道具を注文した所なんですね?」
「そのような場所も道具も存在しない」
「……。じゃあ……じゃあなんでこんな所で買い物してるんですか! 探し物はどうしたんです!? 早々に諦めましたか!?」
確認してからのツッコミか。さすがにTPOは弁えるらしい。だがしかし、それでも確認は足りてはいない。
「諦めてはいない。そんなに私の事が信用ならないと言うなら、少しは自分で探したらどうかね」
意地の悪い事を言ってみた。真面目にやっているというのに言い方があまりに酷いので、さすがの私も少しイラついたのだ。
その結果、鈴木も意地になってしまった。
「――わかりましたよ、自分で探します! 行こ、ワタル君!」
「え、ちょっとまってお姉ちゃん!」
少年の名前はワタルと言うのか。いつの間にか聞き出していたらしい。やはり子供の相手は得意な様だな。
鈴木が立ち去って静かになった果物屋で、私は一人立ち尽くしていた。
…………
……
ここから先は、私は同行していないので後に鈴木に聞いた話を元に綴っている。
何の能力も無い鈴木が、最初にした事はワタル少年への聞き込みだった。
「ワタル君、最後にお守りを持ってたのはどこだかわかる?」
「うーん、一昨日の夜、寝る前はあったと思う……」
ワタル少年は、なんとも曖昧な返事を返した。この様な曖昧な情報では何も判断出来ないだろうが、鈴木はそれすらも手がかりにしようとした。
「分かった。家の中は探したんだよね?」
「うん……」
「じゃあ、学校に行く途中で落としたのかもね。通学路を一緒に探そうよ!」
そう言って鈴木は、ワタル少年の家から順番に通学路を辿って行った。
通学路と言っても、探す場所は多い。道の上を探すだけではなく、排水溝の中、路地裏、街路樹に生い茂る雑草の中など、細かい所を探し始めたらキリがない。
鈴木はその範囲を、全て探し回った。ワタル少年の通った道を全て、隈なく、隅々まで探し回った。
しかしその結果、探し物が見つかる事も無く学校に辿りついてしまった。
「学校、着いちゃったね。あはは」
「うん……」
「もう一回! もう一回探してみる! もしかしたら見逃してたのかも!」
「全部探したと思うけど……」
「だいじょーぶ! 絶対にお姉ちゃんが見つけてあげるから! もう時間も遅いし、ワタル君は先におうちに帰ってて!」
通学路を探しているうちに、日は沈みかけ、夕暮れへと差し掛かっていた。
少年を夜まで引っ張り回すわけにはいかないという、鈴木の当然の判断だ。
しかし、夜になってからの探し物は現実的ではない。それを一人で続行しようと言うのだ。ワタル君も鈴木の事を心配してくれた様だ。
「……お姉ちゃん、もういいよ」
「よくないよ。ワタル君の大切な物なんでしょ?」
「でも、こんなに探して貰って、見つからないなら……きっともう無いんだよ」
「そんなことないよ」
鈴木は少年に諦めて欲しくなかったのだ。少年に目線を合わせ、真っ直ぐに目を見ながら、言った。
「ワタル君。お姉ちゃん、嘘は嫌いだな。本当は諦めたくないけど、迷惑かけたくないから諦めようとしてくれてるんだよね? 私はね、迷惑だなんて思ってないよ。ワタル君の探し物、私にも探させてよ」
「お姉ちゃん……」
ワタル少年の目に、涙が浮かぶ。
鈴木の言った通り、彼は諦めたくなかったのだろう。自分の尽くせる手は尽くした上で、どうしても諦められなかったからこそ、こんな怪しい集団に依頼も出したのだ。
それを見透かしたかのような鈴木の言葉が、嬉しかったのだろう。
ワタル少年は涙を拭いて、ゆっくりと頷いた。
時間も遅くなったので、鈴木はワタル少年を家に送ってから探し物を再開しようと考えた。
道中、こんな会話が成されたらしい。
「お姉ちゃんは、どうしてそんなに優しいの?」
「私も、おんなじだから」
「おんなじ? なにが?」
「私もお母さん、死んじゃったんだ。小さい頃にね。形見らしい形見はこの帽子しか無くて、それ以来ずっと被り続けてるの。帽子の事でからかわれたり、虐められたりしたけど、それでもこの帽子は脱がなかったよ。大切だもん。だから、ワタル君のお母さんの形見のお守りが、どれだけ大事な物か……私には分かるの」
「お姉ちゃん……」
全く、こんな大事な話を見ず知らずの少年に話すとはな。甘いと言うか、鈴木らしいというか。
そして、鈴木が少年の家まで辿り着くと、玄関にワタル少年の父親が出てきた。
ワタル少年は言葉少なに「ただいま」とだけ言って、家の中に入って行った。
父親が、鈴木に会釈する。
「ワタルを送ってくださって、ありがとうございます」
父親はそれだけ言って、家の中に戻ろうとした。
――その時だった。
「お待ちください」
鈴木の意識の外から、声が聞こえた。
鈴木は周りを見渡し、声の主を確認する。
「遠型さん?」
それは、私の声だった。
私は、このタイミングで鈴木と合流していた。
偶然ではない、私の能力で、今までの流れは監視させてもらっていたのだ。
「鈴木には話していなかったな。私の能力『
「いや何の役に立つんですかそれ」
即座にツッコミが炸裂する。ふむ、飛び出したことを気にしているかと気を揉んだが、この対応力なら問題あるまい。
「まぁ聞きたまえ。私はブルーベリーを1g摂取する事で通常よりも1m先まで見えるようになる。それを今回は、5kg摂取した。すなわち5km先まで見える。しかもそれは、直線距離の話ではない。さながらカメラ付きドローンを飛ばすかのように、5km先までを隅々見る事が出来る」
「――え、それ覗きとかに使ってないですよね?」
この話を聞いて最初の感想がそれとは。一体鈴木の中で私はどんな人間になっているのだろうか。
とりあえず鈴木の懸念は無視して、話を続ける。
「つまり――私はもう探し物を見つけている」
「あ、そういうことですか! 先に行ってくださいよ! ……それで、どこにあったんです?」
「どうやらお守りは、盗まれていたらしい。そして――犯人はあなたですね? ワタル君のお父様」
…………
……
その後は、簡単だった。
私は能力を使って実際にあの父親が持っているお守りを見ているので、その場所を詳細に伝えるだけで、父親は観念した。
亡くなった母親にばかり執着するワタル君に、自分の事をちゃんと見て欲しかった、との事だ。
そこから先は家族の間の問題なので、きちんとワタル君に真相を告げる様に父親に約束させて、私たちは帰路に着いた。
「私はまだ納得してませんよ」
膨れ顔で文句を言う鈴木。父親がやった事に憤っているらしい。
「やれやれ、まだその様な事を……ワタル君に肩入れする気持ちは分かるが、少しは父親の気持ちも汲んでやれ」
「いいですねー大人の余裕って感じで。結局依頼も遠型さん一人で解決しちゃうし。私なんて居なくても同じじゃないですか。もうこの会社やめよっかなー」
「いや、それは困る」
拗ねて自暴自棄な態度をとる鈴木に対し、即答で返す。慰めと言うわけでも無く、今こいつに居なくなられると私は本当に困る。
「え、なんでですか? もしかして私って意外と必要とされてます?」
「能力をあそこまで行使すると、反動でしばらく視力が著しく低下するのだよ。私を事務所まで送ってくれたまえ」
「……そんな理由ですか。はいはい、わかりましたよー」
能力者たちの日常 砂竹洋 @sunatake
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます