第2話 後半
中学二年の夏。
僕と千佳子は付き合うことになった。
それから僕たちは中学を卒業して、共に高校に進学したんだ。
進学先の高校も同じだった。
千佳子は高校でもテニス部に所属し、僕は部活には入らなかった。
別に万年補欠が嫌だったからとか、どれほど努力したって才能のある奴には敵わないとか……そんなんじゃない。
そんなんじゃないんだ。
ただ高校に上がるとバイトだってできるし、千佳子とのデート代なんかも稼がにゃならん。
と……自分に言い訳して逃げていた。
だけど、逃げ出したっていいじゃないか。
立ち向かい続けることばかりが人生じゃないだろ?
時には羽を休め、立ち止まってしまうくらいが人間らしくていいじゃないか。
それに……こんな暗いことを考えていたって仕方ない。
今日は楽しい花火大会なんだ。
僕は大好きな千佳子にメールした。
『今日の花火大会なんだけど……何時頃迎えに行けばいいかな?』
『花火大会は7時からだから、6時30分頃に迎えに来てくれると嬉しいかもな。色々と支度もあるし』
『了解!』
「6時30分か……」
ケータイを脇に投げ捨て、僕はベッドに背から倒れ込んだ。
そしてそのまま眠ってしまった。
次に目を覚まし時計の針を見たとき、僕は慌てて飛び起きた。
時計の針は6時55分を示している。
僕はそこから大急ぎで支度をし、ボサボサの寝癖のついた髪のまま家を飛び出して近所の千佳子の家まで走った。
途中、千佳子に電話をして『ごめん! マジでごめんなさい。寝ちゃってた』と謝ると、『どうせそんなことだろうと思ってたよ』と笑われた。
どうやらそれほど怒ってはない様子だった。
一安心と僕は胸を撫で下ろし、千佳子の家まで迎えに行き、そこから二人で歩いて花火大会の会場まで向かった。
花火大会の会場は既に多くの人でごった返していた。
遠く上空からはパァーンと音が鳴り響き、夜空を彩る色鮮やかな光が弧を描く。
まるで夜空に宝石を散りばめたようにキラキラと煌く無数の光を見上げ、誰もが口を開き、瞬刻――どよめきが起こる。
それは一年に一度、夏の夜にだけ訪れる光と闇のオーケストラ。
誰もがその奏でに酔いしれて、愛する恋人や家族に友達と、笑顔の花を咲かせるのだ。
僕の隣で手を握り歩く千佳子も、行き交う人々同様、僕に笑顔を見せてくれる。
千佳子は青い紫陽花柄の浴衣に袖を通し、高校に入ってから伸ばし始めた髪を結い、いつもに増して綺麗だった。
夜空に咲いた花が千佳子を照らす度に、白いアネモネのような透き通る肌が僕の目を釘付けにする。
妖精の化身とも呼ばれるアネモネのように美しい千佳子は、僕の自慢の彼女だ。
「やっぱり来てよかったね。とっても綺麗」
「去年は千佳子の大会があったかったから来れなかったもんね」
「うん。でも今年は早々と負けちゃった。悔しいな~。でもそのお陰って言ったら変だけど、こうしてシンと花火が見れたんだよね。ふふ。悪いことばっかりじゃないな」
「そうだよ! 今日はパァーッと行こう! 僕の奢りだ! 好きなだけ飲み食いしなさい! えっへん」
「ふふ。無理しちゃって」
僕たちは出店を見て歩き、時に買って食べた。
たこ焼きに焼きそばに綿飴とりんご飴、それに夏といえばやっぱりラムネだ。
そんな寄り添い歩く僕たちに声をかけてきた人がいた。
「荒川! 随分久しぶりだな」
「あっ! 先輩」
「聞いたよ。高校最後の大会……予選で敗退だって?」
「そうなんですよ。最後の最後でなにやってんだか」
「そんなことはないさ。大学に行けばまた出来るさ。そんなことより今、中学の頃のテニス部の連中と集まってんだ! 荒川も来ないか?」
「ああ……でも彼氏が……」
千佳子は僕の顔を一瞥し、先輩の誘いを丁寧に断ろうとしたのだが。
「彼氏も一緒に来ればいいよ! 見知った顔もいるだろう」
と、言い。
行きたくはなかったけど、千佳子が行きたそうにしていたので仕方なく行くことにした。
「せっかくだから行こうか?」
「いいの?」
「うん」
それから千佳子は久しぶりに顔を合わせた仲間たちと楽しげに思い出話に花を咲かせ、僕はというと……見事に蚊帳の外だ。
少し居心地の悪い空間でみんなで花火をして、記念撮影をした。
◆
あれから8年――今僕の前には幸せそうな二人がいる。
そう、僕は3年前大学を卒業し、社会人1年目の忙しさから千佳子とすれ違いの日々を送り、別れを告げられた。
幸せそうな二人を見て、新婦席に座る千佳子と不意に目が合う。
千佳子は首を傾げて微笑んだ。
僕もそれに応えるように微笑み、『おめでとう』と口にした。
千佳子は『ありがとう』と幸せそうに笑った。
僕は式が続く中、「ちょっと失礼」とお手洗いに立ち、そのまま会場を後にした。
見上げれば晴天。
天も二人を祝福しているようだった。
――誰かが言った。
初恋は叶わないものなのだと……。
女は過去を忘れ、男は過去の女に幻想を抱くと。
その通りだと思う。
もしも……初恋が実を結び、今もその手を大切に握っているのなら、どうかその手を離さないで欲しい。
後悔は遅れてやって来るものだから。
だけど、僕のように初恋が叶わなかった人にも、また素敵な出会いは訪れる。
今の僕のように……。
「あの、ハンカチ……どうぞ」
止まらぬ涙を止めようと差し出されたその手が、僕の新たな物語を紡ぎ出すのだ。
初恋――その先の二人 🎈パンサー葉月🎈 @hazukihazuki
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