慰みソース
肺には残った空気と吐き出しきれない君への感情だけが残っていた。僕の身体に残留したときめきという名の五感をフル稼働させて異性の身体に触れたくなり、キスしたくなり、一緒に寝たくなる薬物は今は呼吸困難と頭痛と倦怠感を生み出すだけの代物になっていた。一時的に性欲に身体を突き動かされ、雑誌や携帯端末でこの世に放り出された好みの女の子の画像を探し出していざ自分を慰めてみようとしても先に事後の虚しさとやるせなさ、それに下らなさが襲って来て僕は性器をズボンに収めなければいけなくなる。
君がいなくなった日部屋の電球が切れていて買いに行かなきゃなと思っていたけれど、外が夜で厚い雲が空を覆っていたのとシトシトと悲しげに雨が落ちてきていたのが僕に買い物に行くことを躊躇わせた。部屋に残された君の香りはカモミールとほのかなヘチマコロンの匂い。この匂いを嗅ぐと僕は無邪気な子犬のような気分になり、母親の腕に抱かれているかのような錯覚に陥る。聖母マリア象を見つめる時のような誰にも侵されることのない安心感と男を釘付けにしてたちまちの内に虎や狼にしてしまう美貌。君が持っているものはそれだけじゃなかった。
地元の進学校を首席で卒業したのにも関わらず大学にも行かず、信州の山の中で染物の仕事をしていた君に僕は出会うことになる。雑誌の編集社で働いていた僕はその頃まだ新人でようやく一ページのちょっとしたコラムを任されることになったばかりだった。
取材で訪れた山は都会育ちの僕には新鮮なものばかりだった。綺麗な空気も湧き出る清水も全て味わい尽くした。
カエルと花火と白衣のアンジェ 黒塚 @kinakomotinatto
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