7-4 生徒会からの招待状
「では、本日のホームルームは以上だ。他報告や質問があるものは後程私のところまで来るように。以上解散!」
グラジオラ先生の号令と共にチャイムが鳴り、生徒それぞれが席を離れる。
私も須らく逃げようとしてヨヅキに捕まった。
「……どこへ行かれるつもりですか、お嬢様?」
明らかに同級生ではなく従者の視線で微笑みを浮かべるヨヅキにたじろいでいると、グラジオラ先生が私を呼んだ。
「あぁ、カトレア、お前は用事があるから少し待っててくれ」
「はいっ! 分かりました!!」
流石のヨヅキでもグラジオラ
「に、逃ゲナイヨ?」
「逃がしませんからね?」
ほぼ食い気味の返事に呆れながら諦めて本を読み始める。
しばらくしてグラジオラ先生が一瞬だけヨヅキのほうをみて、当たり前のように話を始めた。
「待たせたな、カトレア」
「いえ、そこまででも。どうしました?」
「いやな、舞踏会のことなんだが」
全力で逃げ出そうとして思いっきりヨヅキに席に着かされ、ガタンッ! と大きな音が鳴る。クソッ!
「……そんなに嫌か」
「だってダンスですよダンス! 私そんなことするためにここに来たんじゃないですッ!」
「まあ……そう言うな、分からんでもな――いや、分からん、私には分からん」
他の生徒と話していたカランコエ姉様の殺気に圧されてグラジオラ姉様が圧し折れた。どうやら今回の黒幕はカランコエ姉様らしい。
「でだ。お前、ダンスの相手は決まってるのか?」
「まだですよ? というか私の格に合った生徒とか、いなくないですか?」
そう、格。格が足りないのだ。
舞踏会でのダンスはお互いの地位や立場が釣り合うものか、自らの派閥やその配下と踊るものだ。それによって周囲に対して“この者は私と繋がりがある”ということを見せつけることになる。要は
これがただ誘い請われて、だとか自身の身内のパーティーで、だとかであれば特に問題もなかったが、今回私が踊るのは舞踏会のオープニングダンス。
社交界デビュー前で内々のものであるとはいえ、今後貴族社会に組み込まれていく
たとえそれが、身分を隠すための仮面に隠れていても、だ。
その為には私は私の格に合った生徒を手配するしかないのだが、残念ながら私の格は高すぎた。
まず前提として建国時代からの公爵家の末妹とはいえ末裔で、魔力過敏症『カトレア』の開発者。加えて暫定学年一位で爵位持ちの従者が付いている。
正直これ以上のステータスとなると本物の社交界か王族かしか選択肢がないが、残念ながらここでは王位継承権等というものは若干の優位性しかない。それも学業――つまりは学校でのステータスとしては学年一位という方が上である。
であれば成績上位の王族か何らかの実績を持った生徒となるが……
「……そんな生徒、私以外にいます?」
「それは……いるにはいるが……」
グラジラオ先生の口振りからして成績上位者の中にはいないらしい。
となると後は上級生だが……一年生の歓迎会だ。そんなところで血縁でもない上級生と踊るなど、どちらの品位も落ちるというものだ。
(――勝った、勝ったぞ。これは勝った……ッ!)
次の言葉を選ぶグラジオラ姉様を見て、私は勝ちを確信した。
これ以上の手札はペンより剣を、ドレスより騎士服を選んだグラジオラ姉様にはないし、先程からカランコエ姉様が繋げようとしている魔力パスは私が完全ブロックしているのでアドバイスもない。
これであれば私は舞踏会でのオープニングダンスなどという遊戯に
しかもこれは今後の伏線にもなる!
もし今後余計な詮索だとか社交だとかが上級生から来てもダンスも踊れないほど虚弱な令嬢、という建前を使ってのんびり情報の整理ができるし、薬品の研究も進められる。これほど素晴らしいことはない!
「――では、こうしましょう」
不意に、声が、聞こえた。
カタカタと鳴る首を
「私が男装をしてカトレア様と踊りましょう。それで問題はないでしょう?」
「……え、い、いいのか、それは」
ヨヅキの提案にカランコエ姉様が顔を上げた。
「その……私はあまりそういうのには詳しくないが、たとえ従者とはいえお前は格下だし、同性だろう? そういうのは良くないんじゃ――」
「ええ良くないです良くないと思いますっ!!」
「問題ありませんよ」
私の否定を押し隠すようにヨヅキがニッコリと断言した。
「確かに私はクロムスフェーンと比べて格下ですが、お嬢様も結局は貴族位だけを持ち、爵位はあくまで候補です。それに比べ、私は爵位持ちで、学年での成績も上位。討伐などの実績もありますからそちらも問題ないでしょう」
(クソっ! やられた……っ!!)
そう。ヨヅキは私と違って爵位持ち。私も姉様もあくまで爵位を持つ父親の娘、というだけで実際に爵位を持っているのは父親だ。
そして、そういったものは自身の実績としてカウントされないので学園の規則上カウントされない。無論、貴族視点では話が別だが、爵位持ちの自身の臣下であり、学年上位のヨヅキが爵位で下駄を履けば学園での舞踏会程度であれば格差が埋まってしまう。
「――それに、幼年の社交界では女性が
最後の一手でヨヅキが最大のダメ押しをする。
幼年の社交界、要は社交界にくっついてきた子供たちが大人たちに交じってでダンスをすることも得てしてままある。そしてそういった煌びやかな世界に興味が深いのは女子が主であり、そうすると、踊れる男が不足しがちになる。
そういった場合には高身長な女子が
まだ正式に社交界デビューもしていない私たちにとって、その程度でも問題ないと言えよう。
「…………あー……、そういえば? そんなことをした、かも……?」
女性リードの話を聞いてグラジラオ姉様が記憶を探る。
余談だが、社交界でのグラジオラ姉様は滅茶苦茶人気だ。
まずそもそも社交界に出てこない。出てきたと思えばドレスではなく騎士服を着てカランコエ姉様や私の世話役として傍にいる。
それでも出ればいつも周りに人だかりができ、一輪一輪に浮いた言葉を投げかけて最後には私やカランコエ姉様を理由にのらりくらりと袖にする。そんな中でも一応一人二人は踊ってもらえるので踊ってもらったものは半狂乱になってまた踊ってもらおうとする。
そうしていつしかグラジオラ姉様は『社交界の青薔薇』の異名を手に入れていた。
私が引き籠もって数年も似たような話があったので、恐らく現在も現役だろう。
閑話休題。
暫くヨヅキの話を吟味していたグラジオラ姉様だったが、結局相手役をあっさりヨヅキに決めてしまった。最悪だ……。
「あぁ、それとカトレア。お前、アクセサリーは決めているのか?」
「アクセサリー、ですか? 仮面ならもう既に準備してありますが?」
「それ以外だそれ以外。イヤリングだとか指輪とかネックレスとか……ブローチとか」
グラジオラ姉様が言い淀んだ『ブローチ』には一つ、思い当たるものがある。
以前グラジラオ姉様の母上より頂いたものがある。
「……ブローチですか」
「あぁ……その、お前が良ければ、で良いんだ。だがその」
「分かりました。あれであれば、今回のドレスにも合うでしょうから」
「本当かっ! ありがとう、母様が喜ぶ!」
グラジオラ姉様が私の手をぎゅっと掴む。全く、姉さまは昔から母親には甘いんだから。
「グラジラオ先生、そろそろ」
「ん? あぁ、そうだったな! ではカトレア、また明日な。それと――授業中の菓子は程ほどにな。ではまた」
最後の最後に恐ろしいことを言ってグラジオラ姉様は教卓へと降りていく。その足取りはどこか軽やかだった。
「……じゃ、僕たちもこのあたりで――」
「――どこへ行かれるのですか? 今日はみっちりダンスレッスンですよ?」
「い、いやお昼とか……」
「運動すればよりおいしく頂けるでしょう。では行きましょうか」
「嫌ーっ!!」
その日、結局お昼を食べれたのは一時間後になったのだった。
君の為の十節詠唱《テンカウント》 星美里 蘭 @Ran_Y_1218
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