退屈魔女とティータイムを

Os

プロローグ

 草木も眠る丑三つ時というのがある。

 まあ、そんなことは割とどうでも良いものなのだが、問題は草木すらも眠る時間が今の俺の活動時間真っ只中ということだ。


 高校三年生の夏から始まった就職生活。

 行く所行く所全てからお祈り通知が届いた俺と希望通りの進路を行く周りの奴等。


 その差がなんなのか分からないまま、何件目かすらも分からなくなってしまったある日の面接。


 心のどこかが壊れてしまったかのように自己をアピールすることすら出来なくなってしまっていた。


 面接官が「緊張しているのかな?」等気を利かせてくれてはいたものの、言葉が出てこない俺は更に惨めに感じた。


 その出来事は俺のちっぽけなプライドを殺すのにはあまりにも鋭利過ぎた。


 その日以来、俺は学校を休み、自室に引き籠った。卒業証書自体は自宅に送ってもらえたので卒業自体は出来たのだが、働かず、学ばず、特に何をするわけでもなくぼーっと日々を適当に過ごす奴に成り下がったのだった。


 家族の皆は初めの方こそ立ち直らせよう働かせようと躍起になっていたのだが、最近となっては俺を腫れ物のように扱っている。


 そっちの方が俺としては都合が良い。


「くだらんなぁ……」


 リアルタイムでアニメを視聴しながら、そのことについて掲示板サイトでレスする。


 今見ているアニメは作画崩壊もさることながら、原作ファン置いてけぼりのオリジナル展開がこれまた恐ろしいほど寒々しく、アニメから入った新参ですら、『このアニメはキツイww』となってしまうほどだった。


『間違いなく今期の闇の覇権ww』

『それなww』

『俺の時間返してくれぇええww』


 等、ネット特有の盛り上がりをしている掲示板の中に一つだけ異様な書き込みがあった。


『異世界に行きたくはないか?

 今の生活が辛くないか?』


 というものだ。


「異世界、ねぇ……」


 異世界転生。その類の物語を見ると憧れるし、俺も異世界に行ければ就活に失敗したせいの今の生活も変わるんだろうか。と考えたことが何回もあったことは確かにある。


『この書き込みは本当に今を変えたい人だけに表示されている。君は見えているか?』


 続く書き込みにはそう書いてあった。


「……おいおい冗談だろ」


 そう呟いてみるも返事は当然無い――


『冗談じゃないさ』


「!?」

 ……返事があった。


 心を見透かされてるようでムカついた俺はそのレス主に対して疑問を投げる。


『俺以外にも大量に異世界転生したい奴なんて居るだろ?』


『この時この掲示板には君だけのようだ』


 ネット環境がなくなる可能性を考えるとお気軽に異世界に行こうとは思わないのだろうか。オタクめ現実見やがって……。


 ところで一つ考えておかねばならない事がある。異世界に行った場合、今居る俺は死んだことになるのか?それとも居なかったことになるのだろうか。


『鋭いね。勘が良いとでも言うべきか』


 とうとう言葉として口に出さずとも、レスが返ってくるようになってしまった。


 レスを返すのも面倒になった俺は独り言のように返答を呟くことにした。


「勘が良いってどういうことだよ」


『そのままの意味さ。こちら側に居る間、君の存在はそちらでは無かったことになる』


「その書き方だと戻った時は現状のままって解釈で良いのか?」


『そうだよ。一度で分かってくれるのは嬉しいね。二度目までは良いとしても三度目からは時間の無駄だからね。無駄なんだ』


「次の質問だが、異世界に行ったところで俺は何をすれば良いんだ?勇者の真似事か?一騎当千の働きでもすれば良いのか?」


『私の話し相手になってくれれば良いよ』


 話し相手を求めるためだけに異世界から行動を起こすって世界からの敵とかそういう危険な存在なのか……?


 言葉に出さずに考えた後に流石に失礼だな。と反省をする。気軽に他者を敵だの言うのは顔の見えない相手とはいえ、許されない。


『優しいんだな君は』


「なんのことやら」


 肩を竦めてみるも、顔の見えない相手のリアクションなんていうものは分かるはずもなかった。


『それで、君は来てくれるのかい?』


 就活に失敗した今の俺には失う物は何も無いし、戻ってきても元のままだというなら、行かない手はないのだが……。


「三つだけ約束してくれれば行こう」


『聞くだけ聞こうか』


「一つ。心を読まないこと

 二つ。不満は言うこと

 三つ。変な事はしないこと」


『随分と奇妙な約束事だな。良いぞ』


「良いんだ!?……よし、行こう」


『ありがとう。感謝するよユウキ』


 あれ、俺名前なんていつ言ったっけ……?


 そんなことを考えていると目の前が次第にボヤけていき、その果てに意識が途絶えたのだった。

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