第27話
月日は流れ、いよいよARPEGIOのリニューアルオープンの日が間近に控えていた。
各種の準備も一区切りついて、軍事的にも悪霊との停戦が続いている現在、王宮は久々に落ち着いた雰囲気を取り戻していた。ただ一人の例外を除いて。
カーディナルの部屋にその報告が届いたのはまったくの偶然だった。
とある兵士が定時報告のついでにふと漏らした。
「大使殿がいない?」
「はい。近頃、陛下とどこかに出かけられることが多く、ときおりグレゴア様が資料の確認などにいらっしゃっても、お留守にされているので少々困っています」
「わかった。私から予定を調整するよう頼んでおこう」
そうは言ったものの、そもそも彼がなんの仕事で王宮を抜け出しているのか、それがわからない。女王が同伴しているということは、単なる暇潰しなどではないはずだが――
「私にも言えないような作戦が動いている……?」
翌日から、カーディナルは密かに遊歩の動向を監視し始めた。
彼女はあくまで騎士であり、密偵の真似ごとなど専門外であるが、身のこなしについて素人である遊歩が相手ならいくらでも尾行できた。しかし彼女自身が――今はだいぶ落ち着いているとはいえ――忙しい身であるから、継続的な調査のためにはやはり専門家に依頼するのが一番だと判断した。
「んー、大使様の見張り? りょーかい、りょーかい。任せてくださいよ」
密着捜査を任されたライアは胸を張る。
「くれぐれも内密にな」
カーディナルはライアの実力をまだ把握しきれていない。遊歩に近しい人物ということを踏まえて選んだのだが、二日後、結果が出るとその能力を認めざるを得なかった。
「たった二日でよくぞここまで」
「この二日はちょうど大使様がわかりやすい行動してましたから」
分かってみると事は単純だった。
遊歩は停戦が敷かれていない、精霊と悪霊どちらにとってもそれほど重要ではない地域で、突発的に表れる悪霊を退治して回っているのだった。しかし、行為の謎が解けても次は動機の謎だ。なぜこんなことをしているのか。
「どーやら妖精石を作ってるみたいですね」
妖精石を作るには二つのやりかたがあって、その一つが大気中の魔素から作るやりかただ。この方法では同時に悪霊も生まれてしまうので、その対応が必要になる。一週間ほど前までは、遊歩が要求した妖精石五十万個のノルマをクリアするため、カーディナルなど昼夜休みなく働いていたのだが、おかげで無事にノルマは達成されたはずだ。
「これ以上、石を集める必要はないはずだが……」
「もうすこしツッコんで調べます?」
「いや。悪霊の出る地域へ行く必要があろう。危険だ。私が直接問いただすよ」
その日の午後も遊歩が出発したと兵士から連絡があったので、カーディナルも適度に離れて馬で追跡する。王宮から二時間ほど行ったところにある山岳地帯で、ライアの報告どおり、遊歩はひたすら悪霊退治に勤しんでいた。
「ふう。こんなところか」
「大使殿。話がある」
「うおっ、なんでこんなとこに!?」
「私のことはどうでもいい。それより貴殿のことだ」
カーディナルが詰め寄るので、遊歩も意味なくビビってしまう。
「こんなところでなにをしている」
「なにしてるって――見てのとおりだ。悪霊退治」
「この悪霊は妖精石を作って発生したものではないのか?」
「なんだ。よく知ってるじゃないか。そうだよ。アルカナに追加で作ってもらってる。その後処理だ」
戦闘の痕跡から推察して、それほど無理な戦いはしていないようだ。彼が確実に対応できる範囲でこなしている。やはり早急に石が必要、というわけではないらしい。
「なぜ妖精石を? 設定した五十万個ならしっかり達成したではないか」
「あれは新規オープンで配るための石だよ」
遊歩はちょうどいい大きさの岩に腰かける。
「今、集めてるのはそれとは別、備蓄用の石」
「備蓄――確かに、ないよりはあったほうがいいのだろうが」
「計画の規模が大きくなったら、いずれは百万個の常備が必要になる」
「ひゃくまん……!?」
「ま、当面はそんな必要はないけどね。今、俺が集めてる石だって、いらないかもしれない――というか、そうあってほしい」
「またなにか、大きな戦いが控えているのか」
「戦いと言えばそうだけど……とにかく、できる限りのことはやっておきたい」
「分かった。貴殿が言いたくないなら、これ以上の追求はやめよう」
それからカーディナルはうろうろと辺りを歩き回った。
「ところで、女王陛下はどちらに?」
「女王様にも用事が?」
「いいや。ただ、てっきり貴殿と御一緒されてると」
「女王様なら別件だ。彼女には彼女の予定がある」
「……それは私にも相談していただけないことなのだろうか」
「あー、違う違う。女王様のことなら、すぐに分かる日が来る」
「そういうことなら、いいだろう。待たせていただく」
「ああ。期待して待ってあげなよ」
遊歩の意味深な言葉にカーディナルが首をかしげる。
彼女が女王の真意を知ったのは、それから三日後のことだった。
ARPEGIOのリニューアルオープン当日。
地球のオフィスに緊張した面持ちで集まったのは王宮の主要人物たち。
アルカナ、遊歩、カーディナル、エレクトラ、ヴェルそしてついでにライア。システム制御は遊歩がスマホから召喚した分身のエレクトラに任せてある。彼らが一同に集まったのはなにか問題に対処するためではない。アルカナの呼び掛けで、祝賀会をするために集まったのだった。
「えー、それではまず初めに、女王様より挨拶を賜りたいと思います」
遊歩のへたくそな司会で始まった祝賀会は、しかし、それなりに盛りあがる。
一番の理由はアルカナが用意した食事だ。
「これがハンバーガーというものですか」
「それはフライドポテトですよ、カーディナル」
女騎士は未知の食べ物に目を丸くする。
アルカナはこの日の為に東京を食べ歩いてファストフード店を調査していた。しかし結局はチェーン店の味に落ち着いたらしい。魔王はすっかり地球の食事に慣れたようで、遊歩が止めないかったら、自分の好きなハンバーガーを一人だけで食べ尽くしてしまうところだった。エレクトラは女王と同じ食卓につけることに感激して、ドリンクもまともに喉を通らないようだった。
「地球世界にはこんな豪華な食事が溢れかえっているのですね」
「ええ。いずれは魔法世界にも導入したいものです」
そんなにいいことばかりではないぞ、と遊歩は言おうとしたがやめた。
ヴェルが『余計なことは言うなよ』と目線で窘めてきたから。
そうこうしているうちに午後二時、ついにARPEGIOのリニューアルオープンの時刻になった。テーブルにはエレクトラの用意した、プレイヤー数がリアルタイムでわかるメーターが付いている。
「ちなみに一時休止直前のプレイヤー数は九十七人でした」
「百人切ってたのかよ……」
普通のゲームだったら確実に開発中止だな。遊歩は苦笑いした。しかしこれはただのゲームではない。一つの世界、そこに生きる者たちの命運がかかったゲームだ。僅かでも希望がある限りは諦めない。
サービス開始時刻を過ぎると、早速、数値が二十まで伸びた。0から1へ動き出した瞬間は皆がわきたち、十くらいまで一つ増えるごとに大喜びしていたものの、開始時刻から三十分を過ぎても増加ペースが遅々として加速しないのでだんだんと焦りの色が濃くなってくる。
「こーいうのって、以前の人数までは戻るもんなんだよね……?」
「スマホゲーは継続してログインさせることで惰性によって客を保っている面もある。一ヶ月程度とはいえ、長期メンテしたことで客が離れる可能性は十分にある」
「なにそれ、マズいじゃん! なんとかしないと!!」
「今更慌ててもしかたあるまい」
ヴェルがライアを窘める。このときばかりはさすがの魔王も渋い顔をしていた。リニューアルオープンの失敗、ひいてはアルペジオ計画が頓挫ということになれば、彼女にとっても大変な痛手だ。
「実に困った。またこうしてハンバーガー食べる機会がなくなってしまう……」
精霊族が滅びることはヴェルにとっても看過できない問題、そのはずだ。
沈痛な面持ちの一同。そこへ散歩へ出かけていた老人、グレゴアが帰ってきた。
「おや。皆さまどうなされたで」
「どうもこうも――この数字を見てよ、おじいちゃん」
ライアがパソコンを彼のほうに向ける。すると老人は首を傾げた。
「どういうことですかな、これは。まだサービス開始もしてないのに、三十以上も参加者があるとは」
「なんだって?」
「ほら、このチラシですよ、大使殿。リニューアルオープン、午後三時から、と書いてあるでしょう。今はまだ午後二時ですね」
「……あ」
「二時に繰り上げる、という話をなさっているのは小耳にはさみましたが、結局、チラシの訂正指示がなかったので。当初の予定のままでいくものと」
仲間たちの冷たい視線が刺さる。
開始時間を繰り上げたのは遊歩の判断だ。少しでも早いほうがいい、などと言って。それが事故を招いた。
「どうするんだ、これは」
「ま、二時でも三時でもいいんじゃないの。日付を間違えてたら大変だったけど」
「そういうものでもなかろう。人間はこういうの重視するそうじゃからな。一番乗りの機会を奪われた恨みは小さくないぞ」
「わかってる。そのための用意はある」
遊歩はスマホで自分のアカウントを開いた。
そこには大量の妖精石が備蓄されている。
「ログインした人に三つずつ、石を配る。詫び石だ。それで許してもらう」
「金でごまかそうと? 反発を招くのではないか」
「いいや。大丈夫だ。スマホゲーのユーザーは詫び石大好きだからな」
「はっはっはっ。タダより嬉しいものはないと? 素直でいいのう」
「数は足りるのですか?」
「予定では十分足ります。本当はもっと深刻な事態に備えてたので」
「まあ、三時になったからといって、客の増える保証があるわけでもないが」
ヴェルはそう言ったが、三時になると、やはり期待どおりの結果が出た。
「すごい……!」
「百、二百、三百――まだ増えるぞ!」
「こりゃあ五百いくな」
「もっとですよ」
「だいたい八百人くらいは集まるか」
少ない。
現代の過酷なスマホゲーム市場で成功したいなら、最初から十万人、二十万人と集めていかねばならない。だが、遊歩には確信があった。ARPEGIO――このゲームは普通のゲームではない。画面の向こうに生命が息づくゲームだ。徐々にでも、その魅力を伝えていければ、きっといずれ成功する。それに開発費と人件費がほとんどかからないし。正直、これが一番の強みだ。アルカナたちが生きている限りゲームを存続できる。強みを活かして長期的な経営をしていけば勝機は見いだせるはずだ。
今日はまず第一歩。
焦る必要はない――などと、気持ちを新たにしていたときのことだった。
ボン、と爆発音がサーバールームから聞こえてきた。
「なんだなんだ」
「嫌な予感がする」
皆がサーバールームに駆け込むと、分身体のエレクトラが倒れていた。
「もうしわけありません……負荷超過です……」
「そんな……この程度でエレクトラが倒れるはずが」
「ゲーム開始時のダウンロードだ」
遊歩はこれほど己の迂闊さを呪ったことはなかった。
スマホゲームを始めるときには基本的なデータをまとめてダウンロードする。ARPEGIOはエレクトラが魔法世界の映像を送る仕組みなので、ダウンロード量は普通のゲームと比べてかなり小さいが、それでもゲーム開始時には回線に負担がかかる。ましてそれが数百人単位となると、通常プレイの数千人分にも匹敵する。
「どうするんじゃ、大使よ」
「……まずはエレクトラ、もちろん君の力が必要だ。俺と女王様もここに残る。オリジナルと分身、二人がかりで情報を処理しつつ、回線速度を制限する」
「私にできることはないか」
「よく言ってくれた、カーディナル。この作戦はあんたの活躍が鍵だ」
遊歩は自分のスマホを差し出す。
「石がまったく足りない」
「……は?」
「サービス開始時のサーバー障害による詫び石だよ――俺も今日までできる限り準備してきたが、さっき凡ミスで配ったっちゃのと、そもそも予想より開始待ちの数が多かったせいで、全然詫び石が足りないんだ」
「だから――私に石を稼いでこいと?」
「そういうことだ」
「ユーホ。しかし石を作るには私が魔法世界に戻る必要が」
「それは任せろ。石くらい朕も作れるわ。悪霊が生まれるのは避けられんがな」
「よし! お願いします、魔王様」
「どーんと任せておけ。ほれ、いくぞ赤毛騎士」
「待て。大使殿、ちなみに目標額は――?」
「二十五万」
「ふざけろ」
五十万集めるのに王宮総出で数日かかった。
それなのに二十五万を一人で、など――
「お願いします、カーディナル」
女王に後押しされると、女騎士は断れなかった。
「畏まりました、陛下。仰せのとおりに」
「……さてと、それじゃあ私も」
「ああ、そうじゃ。盗賊の娘、お主も来い。役目を与えてやる」
「うえぇ。勘弁してよ、どーせまたロクなことじゃないんでからー!」
部屋を去るカーディナルたち。
画面を見つめるエレクトラとアルカナそして遊歩。
アルカナがひそりと囁いた。
「これからまた、忙しくなりますね」
ユーホは答える。
「まあ、ゲーム運営ってのはそういうものなんじゃないですか?」
彼らの戦いは、まさに今、始まったばかりだ。
異世界運営は今日も戦い続ける ST @Musen
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