最終話
変人兄……奥田潤司の名を言われて、克樹は香里を見つめた。
「あの人も頭は切れるけど、こういった事は馬鹿なのよ」
変人だが天才と言っても過言ではない奥田潤司の事を、こんな風に言えるのは世間広しと言えど香里だけだ。
「あの人は知っている通り、水樹さん似のそれは綺麗な男性に、恋煩いして寝込んだのよ。もう笑いが止まらなかったわよ。そして追いかけて行って、それっきり入り婿状態だものね」
「そんな事を笑って言えるのは、お前くらいなもんだよ」
克樹が呆れ果てて呟く様に言った。
「……で、挙げ句の果てに、披露宴をしたいって言い出して……」
「マジか?」
「もう、母なんてあいつに弱いから、ホテルを抑えちゃって……」
「やったのか?」
「……な訳ないでしょ?やってたら、あなた達だって呼んでるわよ」
「お……そうか……」
「葵さんが思い止めてくれたの……っていうか、あの人も凄く面白い人よね?大人しい?天然?とにかく兄はあの人の言いなり……絶対に意思を曲げた事のない人なのに、180度言う事変えちゃうんだから……兄が凄いのかあの人が凄いのか解らないけど……」
「とにかく二人が一緒なら、奥田家も藤沢家も大きくなる事はあっても、悪い事は無いだろう?」
「……って言うか、この奥田家があそこの恩恵を受けるって……あなた考えられる?」
「そうなのか?」
「とにかく、うちが損をしない相手はいても、恩恵を受けるなんて初めてよ……それをあの人、全然気にしてなくて……潤司に好き放題させてるの……吃驚だわ」
「……じゃ、奥田は楽しくて仕方ないだろう?」
「もう完全に帰って来る気はないわね……お陰様で宗方は副社長にならせて頂いたわ」
「それはおめでとう……全然知らんで申し訳ない」
「だってまだうち内の事ですもの……」
「それじゃ宗方さんは忙しくなるな」
「私に子供ができると、旦那は仕事が楽しくなるみたいだわね……」
「男の本分だからな」
「まっ、経験済みだから、今度は上手くやるわ。潤司が居ないと何もできない、なんて言わせないわよ」
香里はそれは良い顔をして言った。
こんなところが克樹を夢中にさせた。
水樹がいなければ、本当に一生尻に敷かれていただろう。
「そんな藤沢の名前に戻るのに、水樹さんも藤沢の家督には、全く興味を持たないみたいね?」
「あいつは意固地だからな。一度決めたら変わらない……それに、あついにはいろいろとあったから、財産とかじゃ済まない事が多過ぎる」
「あなた、本当に最低な男ね」
「香里……お前なぁ……」
「私がこんなにいろいろ喋ったのに、その顔は何?この私に見せる顔じゃないわ」
「はぁ?どんな顔だ?」
「教えてあげない……だけど、お祝いだけは言ってあげるわ」
「なんだ?今更?散々いろいろ言って…?」
「よかったわね……思いが叶って……」
「…………」
克樹は、昔惚れに惚れ抜いていた、と思い込んでいた香里を見つめた。
そうだ……水樹以外で、惚れた女は香里しかいない。
克樹は香里の豪邸を後にして、車を運転しながらやっと自分の気持ちに気がついた。
ただ、香里の様に誰かに言って欲しかったのだ。
ただ一言
思いが叶って良かったね……
と。
それ程迄に克樹は苦しかった辛かった。
水樹を思い続けて辛かった。
だから誰でもいいから、言って欲しかった。
克樹の〝思いが叶った〟のだと……。
夢でも間違いでもなく、本当に〝叶った〟のだと……。
ただ諸手を挙げて喜んでいいのだと……。
水樹が克樹を愛してくれているのだと……。
平林から足元を見られ、吹っかけに吹っかけられて買った、祖母の家の跡地に克樹と水樹の家が完成した。
いろいろと忙しい二人が話し合って考えて建てた家は、不思議と祖母の家に似ていた。
庭には祖母が植えていた花のなる木々を植え、駐車場を広く取っても、まだ少し庭に縁台を置いたりできた。
そして家の中には、二人にとってどうしても譲れない物があった。
祖母の家に在って、水樹と克樹が夏にそこで星を見たり、昼寝をしたり勉強をした……縁側……。
入居して直ぐに克樹は花火を買って来て、その夜縁側で花火を楽しんだ。
水樹が祖母に連れて来られて、その年の夏二人は毎日花火をした。
花火をした事の無かった水樹の為に、祖母が夏の間ずっと花火を買ってくれた。
光り輝いて花開く花火の美しさに、水樹は歓喜の表情を浮かべて克樹を見つめた。
その初々しくて少し恥じらう様な、可憐で可愛い笑顔を克樹は忘れられない。
そしてその夜、克樹は久しぶりにその笑顔を見つめた。
大人になった水樹は少し妖艶で、だけど可憐で可愛らしい笑顔を見せてくれる。
ただただ魅力してやまない水樹の笑顔……。
「これが済んだら、一緒に風呂入ろう」
真顔で克樹が言うと
「頭洗って欲しいのか?」
水樹が悪戯ぽく言った。
「洗い合おうか?」
克樹はそう言うと、水樹の手を取って家の中に入った。
昔とは違う時間が流れていく……。
その先には何があるのだろう……?
……思いのあとさきーその先…………終……
思いのあとさき(BL) ーその先 婭麟 @a-rin
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