第46話
「それは……」
水樹は克樹が乗って来た、車のドアの前に立った。
克樹は慌てて鍵を開ける。
「克樹も高城は厭だろ?」
「ああ……厭だが……お前は高城を捨てないと思ってた」
車に乗り込むと、克樹は神妙な面持ちで言った。
「高城さんが僕より水穂を選んだんだ、僕が藤沢を選んでもいいだろ?」
「お前……」
「おじいさんが許してくれなくても、いずれ戻るつもりだった。それが思いがけずおじいさんが許してくれたから、だからマジでそうしようと思った。そして高城さんが水穂を選んでくれたから、だからそうする……克樹、僕にとってお父さんは、克樹と同じ位に特別なんだ……それはずっとどんな形にしろ、お母さんの様に捨てずにいてくれたからだと思ってた。だけど克樹に愛されて、その本当の意味が解ったんだ」
水樹の潤んだ瞳はキラキラと美しくて、そして今はとても強い意思を感じられるものだった。
「お父さんは、僕の中に大樹さんを見てた……。葵さんが言った様に、不器用に愛してた。だから僕は藤沢じゃなきゃいけない。葵さんが継いでくれる事を約束してくれたから、だから僕は藤沢に戻る……」
「葵さんには相談したのか?」
「奥田君がバックにいる以上、あそこは葵さんじゃなきゃいけなくなった。だから僕は藤沢に戻れる……葵さんには僕の気持ちを伝えて、名ばかりだけど戻る事にした」
「どうして俺に言わない?」
克樹は不快な面持ちで、水樹に詰め寄った。
「……じゃ、相談したら何て言った?」
「……そりゃお前の事だから、思う様にするさ」
「……だろ?手続きをする時に言えば、それでいいじゃん?」
「…………」
「克樹は自分勝手だけど、一番に僕の事を考えてくれる、だから……」
「水樹……それでも、これからは話しをしてくれ。俺を蚊帳の外に置くのはやめてくれ」
「克樹……蚊帳の外じゃないだろ?僕とお前は、同じ蚊帳の中に居るだろ?だから、言わなくていいだろ?蚊に刺されるなら共に刺されようよ。蚊を殺すなら一緒に殺そう……お前だけ刺されるな……じゃなくて、互いに刺されて共に痒がり共に赤く腫れよう……」
「ただ一人で高城の所に行った癖に……」
「だから今言うんだろ?あの時お前は、二人で夜間高校に通おうって言った……昼間働いて夜間の高校に通おうって……だけど、僕はそれが厭だった。克樹にそうさせたくなかった……たった三年だ……三年だけ高城さんの所に行くだけのつもりだった……三年我慢してそして……」
水樹は言葉を切って、窓の外を見つめた。
「ごめん……そうだね、言うべきだった……これからは何でも言う……」
「水樹……あの時の俺を許せないのか?」
「それは違う!マジで違う。今回言わなかったのは……」
水樹は真顔を作って克樹を見た。
「僕は高城を捨てたいんだ……本当にたった三年だけのつもりの、ズルすぎる選択だった……高城さんと一生一緒に居るつもりの無い、ただ自己中の選択だ。あの時二度と惨めな思いをしない為の選択だ……そうさ、克樹が望めば卒業したら、高城の名を捨ててた……そんな僕を高城さんはあんなに、愛情を注いでくれた……今でも……だから……だからサッサと捨ててしまいたい。自分の汚ない計算高い部分を切り捨てたい……そうして、克樹とやり直したい……」
克樹は大きく息を吐いて、車を走らせた。
今までずっと隠し続けてきた、水樹の本心を吐露した為に、水樹は自責の念に苛まれるように、車窓の外に目を向ける。
……ずっと水樹が言い続けた、〝たった三年の我慢〟に、そんな思いが込められていようとは……何不自由無く育った幼い克樹には、その意味すら理解しようとする術もなかった。
そして、大人で水樹を愛し続けた高城だけは、その意味が解っていた。
水樹が言わなくとも、水樹のその心を読み取っていた。
それでも高城はひたすら水樹を大事に育て、そして愛して来た。
克樹が嫉妬して苦しむ様な、そんな浅く軽々しい思いでは無くて、真実の愛を捧げ尽くして来たのだ。
ならば克樹は、同じ大人になった克樹は、高城の様な愛を捧げて生きる。
高城が苦汁を飲んで愛した様に、克樹も負けぬ愛を捧げる。
高城が最後に敗北を認めてくれる様に……。
高城の愛は異常だ。ただ異常だ。
そして寛大で深い……。
肉親愛を貪る可哀想な水樹に、天が与えた唯一の存在だ。
それが父親の代わりとしても、偉大で崇高な……。
「ここは?」
克樹が車を停めた空き地を見て、水樹は克樹を凝視した。
「ばあちゃんと住んでた家の跡……あの土地は平林が買って、ずっと駐車場にしていてくれた」
「平林君が?」
「……っと言っても、アイツらは儲けにならん事はしないから、気にするな」
「……だけど、奥田君の豪邸の件があるよ」
「あれは、奥田の我儘だろ?奴らに〝犠牲になる〟とか〝友人の為を思って〟という言葉は存在しないから気にするな」
「そこまで言うのはどうかなぁ……」
「犬と住む豪邸の為に、腕を試された俺の身にもなれよ」
克樹が笑って言うから、水樹はつられる様に笑って見つめた。
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