第45話

水樹が水穂の所に顔を見に来たのは、高城が退院してから暫くしてからの事で、とても行き難くはあったが、ずっと行かないという訳には行かないし、水穂の為にもきちんとしなくては、という気持ちもあった。

高城は変わりなく優しく穏やかだった。

こうした変わりない様子を保てる高城だからこそ、水樹は高城を好きだったのかもしれない。


「今日も克樹君は一緒じゃないんだね?」


高城は意地悪く聞く。


「今日は香里さんがおめでたなので、水鈴ちゃんの顔を見ながらお祝いに……」


「水樹は一緒に行かなかったの?」


「久々に水葉の顔を見たかったので」


「……そう」


高城はサラリと言った。


「水鈴ちゃんを克樹君の後継者って、話しが出ているんだってね」


「どうして知ってるんです?」


水樹は吃驚した顔を向けて聞いた。

松長にすらまだ言っていない。


「藤木さんからね……」


ああ……そうかと納得する。


「水穂は沢山子供が欲しいそうで、私も可愛い水穂に、協力は惜しまないつもりだ」


高城が水葉を膝の上に抱えて言った。


「私達の子供を水穂は君にあげたいと言っていて、私はそれを願ってる」


「………?」


「その子を水樹の跡継ぎに、したいと思っている」


「それはお断りする事では、決して無いと思いますが、何故です?」


「水穂は君の将来を心配して言っているんだろうが、私は我が子を通して君と関係を続けたいと思っているんだ」


「高城さん……水穂に聞こえます」


「聞こえないさ。一生私は水穂を大事にするよ……水樹の代わりにそれは大事にする。決して傷つけ無いし、良い夫で父親でいよう。その代わり水樹も一生私の元から、離れる事はできない。今日こうして来てくれたみたいにね」


「そうですね。僕は水穂が大事にしてもらっている以上、こうして兄としてあなたの側にいます」


水樹は微笑むと、立ち上がって高城の側を離れた。

高城の愛情は異常だ……。

それでも高城は水穂を愛し、水葉を愛している。

その根底に水樹が存在するだけだし、もはや愛する妻子を裏切る事はない。

第一水樹はもはや、高城の愛情に慣れてしまった。

彼に愛される事は水樹の中では、両親が愛してくれる事の様に、当たり前の様になっている。




「どう?美人秘書は?」


「お陰様で……」


「やっぱりね……」


香里は鬼の首を取った様に言った。


「……で?あなたはゲイになったの?それとも……」


「……どうやらゲイにはなっていない様だな」


「あら?それは期待以上だったわ」


「君はそっち狙いだった訳か?」


「……そうすれば、二度と女は近づいて来ないでしょ?」


「そうするには、ちょっと浮名を流し過ぎたな」


「ああ……そうね。あなたは女好きのレッテル、貼られてたわね」


香里は面白そうに笑った。


「何の話しだい?」


宗方が今まで一緒に遊んでいた、水鈴を連れてやって来て聞いた。


「彼の所の美人秘書が、時期社長夫人の座を狙っていたから、ちょっと釘を刺してやったのよ」


「えっ?克樹君は満更じゃなかったんじゃないの?」


「いや……」


「そんな訳ないじゃないの?あんな女」


「君が勝手に決めつけていないかい?」


「駄目駄目あんな女。地位とお金に弱いだけの馬鹿女よ……私の後釜になれるわけがないでしょ?」


香里はかなりの剣幕だ。

こうなっては男は〝そうか〟としか言いようがない。

宗方は落ち着いた穏やかな性格で、活発で自己中の香里を心より愛していた。

その気持ちが痛い程解ったので、克樹は香里と水鈴を宗方に託す事ができた。

と言えば聞こえはいいが、渡りに船だった事は確かな事だ。

当時の克樹は、苦しくて思いやる気持ちが持てなかったから、香里に酷い事を平気でしていただろう。それだけではなく、水鈴にも酷い父親となっていただろう。

だから宗方の存在は、妻を寝取られた関係となってはいるが、克樹には有り難い存在だ。昔も今も……。




夕方克樹は高城の元に水樹を迎えに行った。

高城は水葉を抱いて、玄関まで水樹を見送りに出て来た。


「子供を抱く姿が、板についてきましたね」


克樹は高城を見るなり言った。


「君はならなかったんだろう?」


「ええ、俺にはできませんでした」


「また、私の所為にするつもりかい?」


「まさか。俺の意思でした事ですよ、これからもずっと……」


克樹はそう言うと、高城に顔を近づけた。


「あんたはマジで諦めた訳だ……」


「さあ?それはどうだろう?」


高城はほくそ笑んで言った。


「もう二度と、あんたに付け入る隙を与えない」


「……水樹は藤沢に戻るそうだよ」


「えっ?」


克樹は寝耳に水の高城の言葉に、水樹を見つめた。


「藤沢に戻るのか?」


「ああ……おじいさんが許してくれた時から、ずっと思ってたんだ」


水樹はあっさりと言うと、水葉にバイバイを言うと玄関を開けて出た。


「なぜ?なぜ黙ってた?」


後を追う様にしながら、克樹が聞いた。


「克樹は解ってると思ってた」


「?????」


「僕が高城を出たいって思ってる……って……」


水樹は門で振り向いて、克樹を注視した。

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