第44話

「そう言えばなんか変だった」


またまたおっとりした水樹は、思い出した様に言った。


「なんか美人の秘書さんがいるから、その秘書さんに名前を言って克樹を待つ様にって……。なんか変だなぁって思ったんだよね……」


「はぁ?」


「だけど、マジ綺麗な人だよね」


水樹が真顔で言うのを見つめて、克樹は苦笑した。


「えっ?なに?」


「いや……」


「なんだよ!」


水樹はブリっと顔をしかめて聞いた。


「水樹が可愛くてよかったよ」


「はぁ?なんだそれ?」


「二人の時以外に、その口の利き方は気をつけてね」


「はぁ?なんだそれ?」


克樹はおかしくなって、笑いをごまかすのに苦労する。

何故なら、香里はとことん綿墨を警戒している様だ。

確かに物凄い美人だし、スタイルも抜群だ。

もしも克樹が自暴自棄の時代であれば、あれよと言う間に籠絡されている事だろう。

そう自ら自覚する程だが、と言ったところで美人ではあるが、水樹に一つも似ているところが無い以上、そう長く続く相手とは思えないが、彼女の目指す所があるならば、克樹は罠にハマって雁字搦めという構図になりかねない。

そんな懸念を払い除ける為に、香里は水樹を必要もない用事を作って、ここに送り込んで来たのだ。

これは香里の一つの策略だ。

決して綿墨は許さないという……。

綿墨に釘を刺す作戦と克樹は読んだ。

水樹を女性に見るか男性に見るか……。どちらに見ようとも、綿墨に二の足を踏まさせる効果はある。

女性と見れば克樹の特別と思わせられるだろうし、男性と見てもやはり克樹の特別と見る。

つまり彼女持ちか同性愛者か……。どちらにしても、綿墨は要らぬ事を考えなくなるし、克樹から距離を取るだろう。

たぶん香里の思惑は的を得ただろう、先程の綿墨の反応を見る限り。


「飯食いに行くか?」


「それはいいけど、香里ちゃんの要件は?」


「ああ、もう済んだ」


「はぁ?」


水樹はふてくされる様に克樹を睨んだ。


「水樹……笑顔笑顔……」


「はぁ?」


克樹は水樹の手を取って部屋を出た。

水樹は慌てて手を放そうとするが、克樹の力が強くて離せない。


「今日はもう帰りますから、後をお願いします……」


「はい……お疲れ様でした」


綿墨は水樹をマジマジ見つめて、頭を下げて挨拶をした。


「あ……どうも……」


水樹が余計な事を言わない内に、克樹は促す様に手を引っ張って歩いた。


「マジで綺麗な人だね」


「まあね」


「えっ?それだけ?」


「なんで?」


「超絶美女だぜ」


「まあね……焼いてくれんの?」


「うっ……まあ……」


水樹は赤面して答えた。


「それは嬉しいねぇ。香里にランチを奢らないとな」


「なんだそれ?」


「初めて焼きもちを、妬いてもらったからさ」


「馬鹿か?」


「確かにお前が居なけりゃ、今頃彼女の思う壺……ってヤツだが、目の前に二人揃えて見りゃ、彼女なんて色褪せて見えるね」


「思う壺?」


「香里が言うには、時期社長夫人……だそうだ」


「えー?克樹の事好きなの?」


「水樹。話しちゃんと聞いてた?〝時期社長夫人〟……まあ、憎からず思ってくれてるだろうが、そっちの方が重要」


「へぇ……会社それ程大きくなったんだね?」


「俺とお前の会社だそうだ」


「なにそれ?」


「親父に言われた。この会社は俺とお前の会社だって……お前は俺の仕事のパートナーで、これからとことんこいつを大きくしろってさ」


「……おじさん意味不だなぁ?僕は畑違いだぞ。克樹の仕事のパートナーには、なれないと思うが?」


「奥田君と葵さんがいいパートナーだそうだ。そして俺とお前も同じだって……俺を操縦できるのは、お前しかいない事を親父は見抜いてる……たぶん俺達の事もだ……」


「それはおばさんから聞いたんだろ?」


「たぶん違う。松長さんの様に、気づいていたんだと思う……水樹、親父はお前にちゃんと言うと言ってた」


「…………」


「今までの詫びと、これから俺を頼むって……だから、お前はもう逃げられんからな……ちゃんと覚悟しとけよ」


「覚悟……って……」


「お前は一生俺の物だって事……」


水樹は赤い顔を更に赤くして克樹を見つめた。

克樹は抱きしめたい気持ちを押し殺して、水樹の手を掴んだまま歩いた。


「そういえば」


水樹は極上のフランス料理を口にしながら言った。

先程までの赤い顔はすっかり冷めてしまったが、ワインで頬がほんのりと赤くて可愛い。


「なに?」


「香里ちゃんおめでたらしいよ」


「そっかぁ?別れるだなんだやってた癖にな」


克樹はともあれ嬉しそうに言った。

何だかんだと言っても、幸せになって欲しいのは本心だし、自分が水樹と幸せだから余計にそう思うんだろう。


「そっかぁ……だからかぁ……」


「なにが?」


「いや、香里が水鈴にうちの会社を継がせても、いいって言ってたからさ。水鈴が駄目ならパートナーに……」


「なにそれ?」


「跡継ぎだよ……もう心配ない。俺は奥田んちに恩を感じてる。今のうちがあるのは、高城と奥田のお陰だと心底感謝してる。その奥田の血を引く水鈴に、この会社を譲りたいと思っていた。それが叶うという事だ」


「へぇ、それは良かったね」


「うん……水樹はそれでいいか?」


「なんで僕?」


「全てお前が紡いでくれたから……親父が言う通り、お前無しでは会社は大きくならない。俺だけの会社じゃない、俺とお前の会社だ」


「だったらいいに決まってるだろ?」


「今は親父の会社だが、親父はお前に返す会社だと言った。だから俺達で大きくしよう……とことん大きくしよう」


克樹は真剣そのもので言うから、だから水樹は何も言わずに黙って頷いた。


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