第43話

「熱海から詫びの連絡が入ったよ」


翌日父は克樹を見るなり言った。


「そうですか……」


「うちに見放されてはと、俺に念を入れてきた」


「そうなんですか……」


「俺の代だけだと思っておくように言った」


「えっ?」


「岡山のマンションの建設もうちが受けるし、藤沢の土地は検討する場所が多々あるらしい」


「そうなんですか?」


「水樹から聞いてないのか?奥田君が調べた所、山陽地方に驚く様な土地が眠っているらしい……」


「そりゃ凄い……」


「それを解ってなかったんだから、あそこは凄い……」


「解ってない?」


「凄いのは藤沢が解っていない……という事だ。どれだけの土地があり、どれだけの山があるのか……昔の人のやる事は凄いな……おおらかの一言では済まない。遡っての整理は大変だが、奥田君が居れば、徹底的に纏められるだろう……」


公輔は豪快に笑った。


「そんな土地持ちの息子の茂さんが、あんな死に方をするなんて……神様も意地が悪いな」


公輔は真顔を作って言い足した。


「その土地を使って、何か建てるって事ですか?」


「……たぶん。無論その仕事はお前に来るだろう」


「すげーな」


「まあ、お前の好きにするといい。熱海はお前と近しい縁を、築いておきたかったんだ。娘の美沙をお前の嫁にと心算もあったんだが、お前は香里さんと結婚したからなぁ」


「美沙……って随分年上でしょ?」


「ああ……」


「あくまでも自分勝手な連中だなぁ」


「あそこもうちがこんなにならなければ、欲を剥き出しにしてこなかっただろうけどな」


克樹をジッとみて言った。


「どっちにしても、お前の時代が直ぐに来る」


「まだまだしっかりしてもらわないと……」


「お前達の会社だ」


「えっ?」


「お前と水樹の会社だ。水樹の犠牲で命を救ってもらい、水樹の縁で仕事が回って来た。それに恥じぬ仕事をして来たのは克樹だ。お前の仕事ぶりが、ここを大きくして来た」


「それでも父さんの会社ですよ」


「いや……お前らは仕事においてのパートナーだ。お前の仕事ぶりと水樹の人脈が会社を大きくする。どちらかが欠けても大きくならない……俺はそれでいいと思っている」


「パートナーですか?」


「奥田君の葵君の様に、お前には水樹しかいない」


「父さん?」


「以前奥田君と葵君の事を聞いた時にそう思った。どこかで見た事のある構図だ……俺がずっと感じていたお前達の姿だ……そう思えば、俺と母さんがして来た失敗も、決して失敗だけではなくなる……そうだろう?ここは水樹とお前に残すのが当然の物だ。大きくなるならとことん大きくして、そして水樹に返してやりたい。だからお前は水樹と、とことん大きくしてみろ、そして二人で最後にどうするかは決めろ。いいか必ず二人で決めろよ。それが俺がここについてお前に言い遺す事だ」


「父さん……それはもう少し先になったら言ってください。ただ肝に命じて水樹を、パートナーとして尊重して行きます」


「藤沢の土地がどう動くか……確かに楽しみだからな、まだまだ退くつもりはないが、これだけは早めに言っておきたかった。いずれ時間を見つけて水樹にも言うつもりだ」


「水樹にも……?」


「あれには詫びの言葉と共に、俺の口から言いたい。そしてお前とこの会社を、託すつもりでいる」


「託す……だなんて……」


「さっきも言ったが、奥田君の葵君だ。お前は我が強いから何をするか解らないところがあるが、それを穏やかにお前を修正できるのは水樹だけだ。ワンマンにならない様に、目を光らせる様に言っておく」


「はぁ?父さん?」


父は母美奈子から二人の関係を聞いて、言っているのだろうか?

どちらにしてもパートナーという言葉は、克樹に満足を与えた。

そうだ水樹は全てにおいての、パートナーである事に変わりはない。


「専務」


部屋に入る前に、秘書の綿墨が丁寧に克樹を見て言った。


「お客様がお待ちです」


「客?」


またアポ無し香里様かと、呆れて思っていると


「水樹様とお伝えすればお解りになると?」


「水樹?」


克樹の表情が一瞬にして明るくなるのを、綿墨は目敏く見抜いた。


「部屋にいるの?」


「はい。お待ち頂いています」


「ああ……ありがとう」


克樹の声が妙に明るくなって軽くなったのも、目敏く察している。

克樹はドアを開けて中に入ろうとしたが


「あっ……飲み物も要らないから、私が呼ぶまで誰も入れないで」


「はい」


綿墨は無表情に頭を下げた。


水樹がここに来るのは初めてだ。

克樹はときめきを覚えて中に入った。


「水樹」


水樹は綿墨が出した珈琲を、ソファに腰掛けて飲みながらこちらを見た。

するとにこやかな笑顔を向けてきた。


「どうした?」


「うん。香里ちゃんが克樹に、会社に行ってこれを手渡して欲しいって……急いでいる様だったから……」


「なんだ?またあいつ?」


克樹の表情が一瞬曇る。

水樹から手渡された、A4の茶封筒を受け取った。


「なんだ?」


克樹は頓狂な声を発して、テーブルの上に置いた。


「水鈴ちゃんの小学校のパンフじゃない?」


「そうだよ」


「ここにしようと思ってるって、報告じゃない?」


「水鈴はここに入学しただろ?俺とお前からしこたま祝い金を、せしめて行ったろ?」


「あっ!そう言えば……」


水樹は呑気にパンフレットを、マジマジ見て言った。


「足りなかったのかな?」


「馬鹿言うな。小学校入学祝いの、金額なんてもんじゃなかったぜ」


克樹はいつも意味不明な事ばかりする、香里に腹を立てて 言い放った。

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