第42話

あれから水樹は拗ねている。

克樹が触れれば応えるのに、自分から甘えてこようとはしないし、あれ程通っていた美奈子の所にも仕事に託けて行かなくなった。

あいつは意固地だからきっと暫くは続くし、そんな事を理解している自分が嬉しくもある。

美奈子に言うと、美奈子も難しい表情を作った。


「そう……私もどんな顔したらいいのか、解らないし……」


そう言いながらも淋しそうだ。


「じゃあ、帰るわ」


「水樹は毎日遅いの?」


「仕事は幾らでもある所だからね。あいつぁ意固地だから、それこそ隅々まで探しては、いるだろうけど……」


「まったく……」


美奈子は料理をタッパーに入れ始めた。


「水樹は細いから食べないと駄目なのよ。遅く帰って来てからでも、少し食べさせてね……野村さんまだ高城さんの所でしょ?ちゃんと食べさせてちょうだいね」


「はい、はい……」


克樹がタッパーを袋に入れて持ち帰ろうとしていると、電話が鳴って美奈子が出た。


「ポテトサラダか……」


克樹はタッパーの中身を見ておかしくなった。

水樹のじゃが芋好きは本物らしい。

じゃが芋料理しか、できないものだと思っていた。


「母さん……」


幼い頃からの好物だったのか確認したくて美奈子の所に行くと、美奈子は電話の相手に困惑している様子だった。


「誰?」


「お義姉さん、だから克樹はいい年の大人なんですから、自分で相手くらい見つけられると……いえ……だから……ええ確かにだらしのないところはありますけど、もうあんな風には……結婚させれば済む事でも……」


話しの内容で熱海の伯母が再び、縁談話しを持ちかけている事が察しがついた。


「母さん代わって……」


「いえ……お義姉さん」


美奈子は顔を横に振って、眉間に皺を寄せた。


「母さん……」


「克樹は側に居ますけど、お義姉さん……いえ、克樹に代わるつもりはないんです。もう心配しないでください。えっ……?」


美奈子の表情が変わった。

克樹が受話器を取り上げ様とするのを、美奈子は振り払って克樹を見つめた。


「お義姉さん申し訳ありませんけど、その言葉はとても私達に失礼です。水樹の事は口にしないでください。水樹の事はお義姉さんには、関係のない事ですから。克樹は幼い時からよく母の所で一緒に寝起きしていたし、兄弟の様に育ったんです。熱海の公平さん達よりも、慕っているし仲もいい。一緒に暮らしたっておかしくありませんし、私も公輔さんもそうしてくれていた方が安心なんです。私達が納得しているんですから、もうその事に口出ししないでください。もしそれ以上水樹の事を言われたら、私が公輔さんに言って公平さんとの仕事は切らせて頂きますから……いえ……可愛い甥をそんな言われ方したら、私だって黙っていられませんから……確かに育ちは酷い育ち方をしましたけど、とてもいい子だし、親切な養父のお陰で立派な職にもついています。お金にも困っていないし克樹や公輔さんに依存するところも必要も無い子です。克樹に寄生するとか迷惑かけるとか言わないでください。あの子達は兄弟みたいなものだから、支え合って行きますから、もう二度と口を挟まないでください。決して熱海の方々には、迷惑はかけませんから……」


美奈子は話しを終えるのを待たずに、受話器を置いた。

そして目にいっぱい涙を溜めて、克樹を見つめた。


「水樹を蔑視されて腹が立っちゃった……」


「熱海は何時もの事だろう?」


「実は克樹に熱海に都合のいい相手を、見つけては話しを持って来ていたの。少しでもあんたと、親しみを持ちたかったんでしょ?水樹とは仲がいいけど向こうとは疎遠だし、今までの事を考えれば、お前の代になったら、縁を切られるんじゃないかって不安なんだと思うわ」


「まっ、今までの事を考えりゃ、俺の代になったら解らんがね……母さんがあそこまで言うとは意外だったよ」


「私だっておばあちゃんの家や、水樹の事は根に持っているの。お前が言った通り熱海は何もしてくれなかった、なのに公平君や美沙ちゃんには私立に行かせたり、かなり贅沢させててね……本当に悔しかった。頭の良かった克樹は、私立に行かせてやりたかった……塾にも行かせてたからね……結局苦労のかけ通しで、他人の高城さんの力で学校にやれ、資格を取らせてもらったみたいなものだもの……どれだけ情けなかったか……水樹にあんな思いまでさせて……」


「そんな事はないさ。水樹は本当に大事にされていた。そうじゃなければ、あんなに無垢なままじゃいられない。乳母日傘で大事にされていた証拠だ。俺は高城さんでよかったと思ってる。さすがばあちゃんだ、見る目あった……」


「克樹……」


「あっ……ところで、水樹のじゃが芋好きは何時からだ?」


「うーん」


美奈子は、思い出した様に微笑んで克樹を見た。


「それはおばあちゃんがね……」


美奈子の懐かしげな話しが始まった。

そうなるとちょっと長くなる事は、覚悟しなくてはならない。


「お母さん、あなた達の事は解らないけど……水樹の事はお願いね。私の方が当然先に逝くけど、その先もずっとお願いね」


「大丈夫支え合って行くからさ。今度は水樹も連れて来るから……」


「うん。そうしてちょうだい。何があろうとも、あんたは息子で水樹は甥……子供の様な甥なんだからね?そう伝えてちょうだい」


克樹は決して母が、水樹を否定しない事を知っていた。

二人の事は受け入れてくれなくてもよかった、ただ否定さえされなければそれでよかった。

水樹の悲しい境遇が、きっと否定をさせなくする。

全て成長する為にかかった時間と、そして体験が二人を救ってくれる。手を差し伸べて後押しをしてくれる。


「今度は一緒に帰ろうな」


美奈子の料理を頬張りながら、水樹は照れ笑いを浮かべた。


「芋好きな理由聞いてきた」


「へぇ?知らなかったの?」


「まあね。だけどお前が一番好きな物は知っている」


「ふーん?」


なら言ってみろという態度を示す。


「鍋焼きうどんだべ?」


「よく知ってんな」


「だべ、だべ、そうだべ?」


克樹が早口で言う。


「けっ、懐かしいよ」


「そうだべ?」


「よせよ」


「だべ……」


克樹は水樹の鼻に唇を付けて言った。


「それ食ったら向こうに行こう?」


克樹が顔を近づけると水樹は目を閉じる。

それが当たり前の様に……。


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