第40話

「今日高城さんに会って来た」


水樹はベットに仰向けのまま、天井を見ながら言った。


「うん。知ってる」


「えっ?」


その視線を克樹に向ける。


「香里が急にやって来て、高城の入院の事を聞いた。香里と食事してから病院に行った」


克樹は用意してあった、大義名分を語った。


「……そう……」


「病室の前で二人の会話を、立ち聞きした……ごめん」


「いや……じゃあ、もう知っているよね?」


「ああ……俺にしがみついて泣いてくれる……って……」


「高城さんと……」


「いいよ。お前がすがりついて泣いてくれるなら、幾らでも許してやる……お前はそんな事をしないと思ってた、そんな執着を見せる事は無いと思ってた……」


克樹は水樹の汗で濡れた前髪を、いじりながら言う。


「俺に縁談があったって平気な顔をしてるし……会社の為に跡継ぎが必要だと言うし……それはお前には執着って物が、無いからだと思ってた。俺にも高城にも……だけど俺にしがみついてくれるんだよな?俺に……」


「本当に今まで解らなかったんだ。僕はずっと高城さんを、愛してるって思ってた。それがお父さんに対する感情なんて、考えた事もなかった……だけど、克樹への気持ちは本当だ、あの時……克樹が香里ちゃんを選んだ時、僕は本当に悲しかった、それが兄を取られた感情だと思った、まさか嫉妬してたなんて思いもよらなかった……」


克樹はぐっと水樹を抱きしめた。


「ごめん。あの時は俺が悪かった……マジで後悔してる」


頭では理解していた。水樹が高城に洗脳されるかのように、愛していると思い込んでいるのだと……。

だけど心は、それだけでは納得できなかった。

全てを……全てを欲しがるから、だから水樹が言ってくれても、確信が持てなかった。水樹が己自身確信を持って、克樹を愛しているのか……。真実の意味を知っていて使って語っているのか……。

だけど今日確かに水樹は、をちゃんと理解して使っていた。

高城よりも克樹を愛していると使っていた。

それを克樹は、確信を持って信じられた。

水樹は高城が水穂を選んだ為に捨てられたから、克樹の物になったのでは無いと、やっと克樹は真実として信じられた。

水樹は水樹が望んだから、だから克樹の物になったのだ。そう素直に受け止められた。

克樹は高城がかけた呪縛に苦しめられた。

それは確かに高城が言う通り、克樹の身勝手の代償だった。

だがそれのお陰で、真実の愛を手に入れた。

水樹が言う通り、あの若い頃の二人ならば、いずれいつかは駄目になっていただろう。

高城がくれた呪縛の日々を苦しみながら重ねてきたから、水樹と一生一緒に居る意味を知り得た。

互いに真実の愛を模索できたのだ。

もう二度と失敗はしない。



母美奈子の所には、土日休みのどちらかに食事に行く事になっている。

それは克樹が居ない間、ずっと水樹がしてきた事だ。

土日などと決めてはいなかったが、仕事の合間に必ず顔を見せに来ていたから、美奈子は当然の事の様に楽しみにしている。


「あら?早いのね?」


「水樹は後から来るよ……いや……俺が母さんと話しがしたくて早く来た」


美奈子は克樹を凝視して、珈琲をテーブルの上に置いて対座した。


「この間は悪かったね」


克樹は苛立つ様に、怒鳴りつけた事を詫びた。


「ああ……熱海の縁談は断っておいたわ。よかったのよね?」


「うん……すみません」


「私ね……お義姉さんの言う通りだと思っているのよ。克樹はまだ若いし……若い頃の失敗を気にする事無いし、もう一度大人としていいひとを見つけて、やり直して欲しいと思っているの」


「ああ、解ってる」


克樹はおとなしく、ただおとなしく話しを聞いている。話しを聞くだけしか、できないのだから……。


「だから、本当にこんな事頼むのは間違いだって重々解ってる。解ってるんだけど……」


「………?」


克樹は美奈子の意図が解らずに直視した。


「お義姉さんの言う通りもう一度結婚して、子供を作って温かい家庭を持つべきだし、それは早い方がいいのも理解してるのよ。ちゃんと理解してるし克樹の事を思ってるし心配だってしてるのよ。本当よ……」


美奈子はそう言うと、マジマジと克樹を見つめた。

そして克樹は、予想だにしていない展開に困惑している。

縁談の話しになるだろうと、覚悟を決めて来ている。

延々と結婚を勧められると腹を括って、ただ聞くだけはおとなしく聞こうと決めて来たから、水樹に聞かせたくなくて、父が出社しているから仕事に託けて、かなり早めに出て来たのに……。

話しの行方が克樹には掴めない。

結婚を勧められている訳ではなさそうで、美奈子の意図が解らない。


「母さんごめん。言っている意味が、よく解らない……」


美奈子は思い切った様に、再び口を開いた。


「結婚とかはもう少し、先にしてもらえないかしら?」


「はあ?」


「あっ?先って言っても、そう若いって訳でもないから、そんなに先って訳にもいかないわね……やっぱり……」


「……じゃなくて……まず、俺には相手もいないし……」


「あっ……」


美奈子は一瞬我に返った様に克樹を見た。

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