第38話
「水樹やっぱり来てくれたんだね」
高城は水樹の指に指を絡めて言った。その指をそっと解くように
「今朝松長さんから聞きました。大した事なくてよかった……」
水樹は言い、解いた手を繋ぎ止め様として、高城は水樹に制止された。
「もうこんな事は、ヤメにしましょう」
「水穂に悪いから?それとも克樹君?」
「本当はそうだって、答えるのが本当なんでしょうけど……」
「……けど?」
高城の水樹を見る目は熱い。その視線をわざと気がつかぬ様に、水樹は目を伏せて続けた。
「僕達お互いの為に……」
「…………」
「僕は本当に、高城さんが好きだった」
「そう?」
高城は予期した水樹の言葉に、満足の笑みを浮かべた。
「ずっと好きだったけど、克樹への気持ちとは違う」
「そうだろう?」
「僕はずっと高城さんだと、疑わなかった。最初に愛の形を教えてくれたから……最も恐れていた物を排除してくれたから……。だからあなたが僕には、かけがえのない人だと信じてた。だけど、こんなに大人になってやっと、本当の愛する気持ちってどんなものなのか、気づいたんです。……こんなに大人になるまで、ずっとあなたの言葉を信じて来たなんて、まったく愚かを通り越して哀れだ……。あなたへの感情と克樹へのそれは、全然違うのに……。そうでしょう?あなたも松長さんも、ずっと前から知ってた。僕だけが解らなかった……こんなに違うのに、その違いすら……」
「……なんだ、解っちゃったんだ?大人になると、やっぱり解るのかぁ?……そうだよ、君に逆を教えたんだ。確かに数少ない肉親で兄の様に慕っていたが、克樹君への感情は恋に変化しようとするものだったし、反対に私に対しての愛情は父を求めるものだった。君たち兄妹はファザーコンプレックスだからね……。君も水穂も共に父親を、異常な程欲している。特に水樹は母親が捨てて行ったという強迫観念があるから、どんな形にせよ傍に置いてくれた父親には、異常な愛情があったんだろうね。私にその父親を重ねその愛情を維持する為には、君は私の言い成りだった。そこに躰の関係を重ねれば、自ずと恋愛だと錯覚するものだ。幼くて無垢なうちは……。だが感情なんて驚く程に素直なものだ、特に肉親愛だと信じて疑わない無防備な君は、克樹君への気持ちを隠さないんだ。君が克樹君を語る時の表情は、言葉に表せないものだった。どんなに君を自由にできても、愛してるって言わせても、君の魂は私の所には無い……水樹の思いはずっと克樹君の所にあった」
「だからもうヤメにしましょう。僕は克樹にしか感じない……それを再確認させて確かなものにしたのは、高城さんあなたなんだから……」
「何を言ってる?この間僕の唇を懐かしんで、あんなに答えてくれたのに?あんなに好きだった……」
「……あの時僕は、確かにあなたと克樹の違いを再確認したんです。あなたのキスは昔と変わらなくて懐かしかった……けど、それは克樹との違いを、僕に確信させただけだった。僕はずっとなぜあの時抗う事ができたのに、あなたを受け入れたのか考えてた。あの時答えが出たから、だから反対にずっと……」
「それで解ったのか?」
「僕は確かめたかったんです。あなたが本当に逆を教えたのか?克樹への気持ちが本物か……」
「……で、君は確信したんだね?」
「あなたは僕に嘘を教えた。僕は克樹を愛してた……ずっとずっと……」
高城は宙に目をやり、再び水樹に目を向けた。
「この間の事を、克樹君に言う……って言ったら、水樹はどうする?君も激しく答えて、それ以上を望んだって言ったら?彼は信じるだろうか?」
「……今夜僕の口から話します」
「せっかく上手くいっているのに?そんな事したら、彼は又君を捨てて、出て行ってしまうかもしれないよ。あの時の様に?」
「だったら泣いて縋ります。あの時にはできなかったけど……」
「君が?泣いて縋る?」
「僕を捨てないで……って、足に縋りついて頼みます……たった一度切りの過ちだから……」
「……そうか……過ちか……」
「あなたには水穂がいて、僕には克樹がいる。そう僕に解らせたのは、あなたです」
「……そうか……あれは失敗か……最後の足掻きだったか……」
水樹は放心状態の、高城を尻目に立ち上がった。
それを高城は、強く手首を握って止めた。
「水樹、君は本当に克樹君の物に、なってしまったんだね? 」
「たぶんずっと前からそうだった……そうでしょう?」
「君達が大人になるのを待てばよかった」
「………?」
「克樹君が妻子を伴い、どうしようもできなくなるまで、ジッと待てばよかった。君が克樹君への思いが、無駄な事だと理解するまで……」
「それでも克樹は僕の所に来たでしょう?そう確信したから、あなたは克樹に僕達の事を教えた……知らせなければいい事だったのに……」
「知らせなければ、君達はもっと早くこうなっていた。私が身を引くのを待たず、君は私を捨てて行った」
「僕は決してあなたを、裏切ったりしない」
水樹は静かに高城が掴んだ手を、解いて部屋を出て行った。
「大嘘つきが……君は出会った時から、私を裏切っていた……」
高城の片方の目から、一筋の涙が溢れ落ちた。
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