第37話

社長室の窓ガラスが真っ赤に染まる。

その光景を見るのが克樹はとても好きだ。

あの太陽が歪む様に光を最高に放って、今まで青かった空を変える様は圧巻で、克樹の魂を大いに揺さぶる。

あの空の様に水樹の心も、自分一色にできればいいのに……。

そんなセンチな気分にかられていると、秘書課の綿墨さんがノックをして入って来た。


「奥田様がお出でです」


「奥田?約束してたっけ?」


克樹が気さくな感じで物を言うので、我が社きっての美女と評判の綿墨さんが、口元を緩めて答えた。


「いえ、奥田香里様です」


「あいつ?またアポ無しかよ……」


一瞬厭な表情を作ったのだろう、今度はクスリと笑った。


「まっ、しかたないや。通して」


「仕方ないや、はないでしょ?」


香里はいつも、克樹の都合など関係なくやって来る。


「今日は凄いじゃない?社長室なの?」


「さっきまで、親父と話してたんだよ」


香里は克樹の言う事など聞く様子もなく


「あの秘書は、気をつけなさいね」


と綿墨が出て行くのを、見送りながら言い放った。


「なんだいそりゃ……」


「次期社長夫人の座を、狙っているって事……」


香里はシラっと言って付け足した。


「顔は良いけどね……あの女は駄目だわ」


「お前の眼鏡に叶う女がいるかね?」


「まずいないわね……私以外には……だけど、一人だけ一目置いてる……のはいるわよ」


「へぇ?後学の為に教えて欲しいね?」


「嫌よ」


香里はそう言うとケラケラと笑った。


「そう言えば、この間は助かった。ありがとう」


「そうそう、まだあなたからお礼の言葉と、気持ちを貰っていない事に気がついてね……今日は水鈴はお友達の所だし、主人は遅いから食事でも誘って頂こうと思って来たの」


「こんな時間からかい?」


「ええ……あなた知ってた?高城さんが過労で倒れて今入院中だから、さっきまで水穂ちゃんとランチしてお買い物してたのよ……」


「水葉ちゃんは?」


「あら……お母様にお願いしてね……。水穂ちゃんまで倒れてしまったら、元も子もないでしょう?」


「まったく、子育ての手抜きを教えてどうする気だ?」


「子育ては本当に大変なんだから、少しずつ手抜きを覚えないとね……で、お昼にディナーの予約をしておいたのよ」


「……で?高城さんはどんな塩梅なんだ?」


「大した事ではないみたいよ。どうせ今日当たり、お見舞いに行くだろうと読んでたのに……」


「水樹は何も言ってなかった……」


克樹はそう言って言葉を切った。


「解った一緒に食事をしよう」


「水樹さんもでしょ?お見舞いに行くと読んでたから、三人予約したのよ」


「水樹はまだ仕事がある……」


「あら?そうなの?じゃ、今度ね……」


「また奢らせる気か?」


「当たり前でしょ?かなりの働きをしたと思うけど?」


「はいはい……この間の礼は幾らでも……」


克樹は笑顔を作って香里を促した。


「綿墨さん。彼女を送りながら帰ります……あとは宜しく頼みますね」


「はい……」


珈琲を二つ運んで来た綿墨は、香里に深々と頭を下げて見送った。


「あの女は絶対に駄目よ」


「解ってる……って……」


「本当に無駄に大きくしちゃって」


「無駄に……は無いだろう?」


「まっ、私とあなたの子供の水鈴が継いでも、おかしくない程度にはなったかもね

?」


「水鈴に継がせてくれるのか?」


「水鈴が駄目なら、パートナーでもいいわね?」


「そりゃ嬉しいね」


「あなた本気なの?」


「そりゃ、願ってもない事だよ」


「私は本気にするわよ」


香里は上機嫌で克樹の車に乗り込んだ。

香里が予約した店は、かなり高級な店だった。

こんな高級な店でランチをする事を水穂に教え込むとは、さすがに高城に申し訳なく思いながらも、先程の跡継ぎの話し等久しぶりに、香里と居ても楽しい時間を過ごした。

香里を送って、高城の入院している病院に向かう。

香里の言葉が克樹の言い訳となった


「今日当たりお見舞いに、行くものだと思っていた」


克樹にとっての大義名分だ。

香里と食事をして、聞いたから見舞った。

これは誰でもない、自分への言い訳となった。

決して水樹を、疑っているわけではない。水樹が知っていながら自分に伏せて、一人で会いに行っているのではない。

だから見舞ったところで何も無い筈だし、水樹が居たとしても……。

克樹はそう思っても気持ちが急いて、早鐘のように心臓がなるのを抑えながら、病室に向かう足は早くなって行った。

そして個室の高城の部屋の前に立って、血の気が失せるのを感じて佇んだ。

中から聞き慣れた決して間違える筈のない、水樹の声が聞こえる。


……やっぱり……


克樹はそう思った瞬間に、飛び込んで修羅場を思い浮かべて、それでも逆上して修羅場を演じる自分を制御した。



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