第34話

次の休みの日水樹は久しぶりに、水穂の所に顔を見に出かけた。

克樹は、もはや水樹にとっても特別な物と化した会社の、接待で父親とゴルフに出かけていたので、一人になって暇を持て余した水樹は、水穂とその子供の水葉に買い貯めたプレゼントを、渡しに会いに出向いたのだ。

連絡を入れて出向いたのにも関わらず、水穂は友達の所に行って、まだ帰って来て居なかった。

呼び鈴を押すと、ここの所忙しいと聞いていた高城が、一人留守番をしていて出迎えた。


「少し前に出たと連絡があったから、直ぐに帰って来ると思うよ」


高城は何時もの様に落ち着いた物言いで、ちょっと困惑気味の水樹に言った。


「今日は克樹君は、一緒じゃないんだね?」


水樹をリビングに促しながら、高城は言った。


「接待で……」


「ゴルフか……どんどん立派になって行くね」


高城はそう言うと、水樹を見つめた。

水樹は視線を逸らす様に、リビングの中に入った。

その様子をジッと見つめながら、高城はリビングのドアを閉めて中に入る。


「あーこれ……水穂と水葉ちゃんの……」


水樹が土産の大きめの紙袋を手渡すと、高城はゆっくりと顔を近づけて来た。

それに合わせる様に、水樹は顔を俯く。


「克樹君とは、上手くいってる様だね?」


水樹の顎を持って少し上げる様にして言ったので、水樹は顔を再び背ける様にしようとして、それを阻止された。

顎を持ったまま高城が顔を近づける。

微かに慣れ親しんだ香りが漂い、懐かしく温かい唇が水樹の唇に触れた。

かつて水樹を酔わせ狂わせた唇を、水樹は激しい鼓動と共に受け入れた。


「忘れないでいてくれたんだね?」


高城の唇が激しさを増し、水樹の唇を捕らえて吸った。

水樹は高城の二の腕を、強く掴んでそれに答えた。

ぬるりと二人の口元から、唾液が垂れ落ちた時にドアが開く音がして、高城はジッと愛おしげに見つめた水樹を、素早く抱きしめたかと思うと、直ぐに体を離して出迎えに出た。


「お兄さん待たせた?」


「いや……ちょっと前に来た所だよ。お茶もこれからなくらい……」


高城の穏やかで優しい声が聞こえる。

水樹はウッドデッキに出て、風に当たっていた。

水穂に高城との関係を、知られてはいけない。

それでも動揺を隠せない、自分が許せない。


「ごめんなさい……」


水穂が中から水樹に申し訳無さそうに言うと、水樹はその動揺を忘れて水穂と水葉の側に寄って行った。


「ほんのちょっと前に、来ただけだから気にしないで……。昨日言ったプレゼントは、高城さんに渡したから……」


「ありがとう、いつもいつも素敵な物を……」


「何言ってんの?それに克樹も、意外と楽しいみたいでさー……」


水樹はわざとの様に克樹の名を出した。

それが再び自責の念に駆られた。

水樹は可愛い水葉を水穂から受け取ると、ちょっと困惑の表情を浮かべたが、直ぐに柔らかくてぷくぷくした頬や手首に魅入られた。

水葉は日増しに高城に似てきて、それがとても不思議だ。

高城に似ているから可愛いのか、水穂に似ているから可愛いのか解らないが、可愛い事だけは確かだ。

高城は手慣れた様子で水葉を抱いている。

あの高城が子供を抱いてあやしている姿は、とても不思議だがよく似合っていて、三人の寄り添う姿は、水樹と水穂が憧れた家族の姿そのもので、此処に自分が居てはいけない事の様に思い知らされた。

ゆっくりして行くつもりだったが、高城の顔を見ていると気詰まりなので、水穂の誘いを断って帰る事にする。


「じゃあ、送って行くよ……」


その言葉に、水樹は高城を凝視した。


「……いえ、克樹と会う約束があるから……」


「克樹君は接待だろ?」


「その前に共通の知り合いに会って、時間を潰すから……」


「だったら一緒に、ご飯を食べましょうよ」


水穂はそう言って引き止める。

今日は野村さんがお休みで、素子さんも出かけているから、高城の知り合いの所に食事に出かけるという。


「……友達と夕飯を約束してるんだ。時間が合えば克樹も来る事になってる」


「そうなんだ……じゃあ、今度克樹さんも一緒に……」


水穂は無邪気にそう言った。


「うん、そうしよう」


水樹が笑みを浮かべて水穂に答えるのを、高城は物静かに見つめた。


「じゃあ、門まで送ろう……」


「いえ……」


高城が真顔を作って先に行くから、水樹は水葉に手を振ってリビングを出た。


「これから克樹君に会うのは本当かい?」


「嘘をつく必要が?」


「水穂に悪いと気がひける?」


「水穂の為にも、そんな事考えないでください」


「だが、君は覚えていただろう?」


玄関を出ると高城は、再び水樹に顔を近づけてきたが、水樹は直ぐに顔を背けて高城を睨みつけた。


「水穂を傷つけたらぶっ殺す」


「相手は君しかいない……」


「だったら自分で自分を始末する」


「水樹……その言葉とさっきの君は、矛盾してるって知ってるよね?」


「…………」


「背徳心は心を騒つかせる……そうだろう?」


水樹は高城を一瞥して、門を飛び出す様にして出た。


水樹は高城が解らない。

どうして自分から選んで水穂の元に出て行ったのに、またあんな事をするのか、そして自分は一瞬でも受け入れたのか……。

高城の言う様に懐かしかったのか……それとも……。

水樹は誰とも約束などしていない時間を、どう過ごしたのか覚えていない。

ただ遅く帰って来た克樹は、酒の匂いをさせて水樹の隣で静かな寝息を立て眠っている。

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