第33話
美奈子は吃驚して克樹を見た。
「二度と身を固めさせる……みたいな、偉そうな口を利かないでくれ。熱海にもそう言って……とにかく断れよ……」
「そりゃ、ずっとずっと断っているわよ、だけど克樹あんたは若いんだから……」
「そりゃ、自分で決めれる……そうだろ?」
「そうなんだけどね、お母さん……」
「もういい。二度と二度と聞かないから、そっちも言うな……」
「……そうじゃなくてね……」
美奈子は慌てて克樹に言おうとしたが
「克樹?なに?おばさんに大声出して……」
水樹が克樹の声を聞いてやって来た。
「いや……なんでもない。そろそろ帰ろう」
「えっ?でも……」
水樹は美奈子を見つめた。
美奈子は微かに笑んで、水樹と目を合わせた。
リビングで楽しく話していて、美奈子が台所に立って行った後、克樹がトイレだと言って出て行った。きっと何か母子で話す事でもあるのかと気にも留めずにいたが、克樹の大声を聞いて気になってやって来た。
学生の頃に美奈子に手を上げてから、克樹が美奈子には気を使って来た事は知っていたから、だから克樹の大声は有り得ないと知っているから……。
「どうして怒鳴った?」
帰りの車の中で水樹は、克樹を睨め付けて言った。
「あんなの怒鳴った口に入らん……」
克樹はわざと、バックミラーに目を向けて言った。
「どうせ縁談とかがきてて、おばさんに断れとか言ってるんだろう?」
「はっ……」
「当たりだろう?そんな事は解ってる」
「…………」
「高城さんも同じだったからな」
克樹の眉尻が一瞬上がって、不快な表情を見せた。
「高城家は暗黙の了解……みたいなところがあってさ。高城さんも若い頃は、克樹に負けず劣らず盛んだったの聞いてるだろう?僕が養子になったら落ち着いたからね。表向きは僕の教育に熱心だった事にしているけどね……それだって、あれだけの家のそれも一人息子だ、縁談なんて山程あった、あの人は一瞥だったけどね。だからマジで水穂を選んでくれて、子供ができてホッとしてる、あれだけの家を僕に継がすなんて言うのは表向きだ。身内の誰一人だって本気で思っちゃいない」
「だから松長さんの所に?俺との事もそう思ってんのか?」
「藤木の家も前とは違う、跡継ぎは必要だよ」
克樹は真剣な表情を崩さずに、車を端に寄せて止めた。
「お前は俺が結婚して、家庭を持てばいいと思ってんのか?」
「思ってるよ」
「はあ?愛してるって言っただろ?言ったよな?」
「うん」
「だったら……」
「だけど、克樹が本気で好きな人ができて、子供ができたら……って事だよ」
「そんな相手いるわけないだろ?ずっとお前が好きだったんだ、他に好きな相手ができるわけないだろう?」
「そうかもしれないけど、藤木の跡を継ぐ者は必要だよ。今じゃなくても……」
「俺に作れって、平気で言うんだ?」
「だって、あそこは大事だろ?おばあちゃんの家を売って大きくなった会社だ」
「お前を高城にくれてやって、大きくした会社だ……ばあちゃんの遺志をほったらかしにして、家を売りお前を売った」
「何言ってんだ?」
「俺の両親はお前を売ったんだよ。そして大きくした会社さ」
「お前馬鹿か?」
「水樹、馬鹿はお前だろ?ばあちゃんの遺志とお前を犠牲にして、そして大きくなった会社の為に、俺は好きでもない相手と結婚して子供を作るのか?そうして継いで行かないといけないのか?」
克樹が涙を流した。
それを水樹はジッと見つめながら拭きやった。
「だったらいいよ」
「だったらいいよ……ってなんだよ?」
「だから、克樹に好きな人ができたら……って話しだよ。無理にしろという事じゃない。だけど大事な事だ。おばさんを怒鳴って済ませる問題じゃない。だからこの先克樹が心を許せる
「俺が心変わりすると思ってんのか?」
「…………」
「お前言ったよな?あの時だったら駄目になってた……って、だけど俺達はずっとずっと時間をかけて解ってるって……自分の気持ちが解ってるって……」
「うん……だって解ったろ?」
「ああ、苦しいくらい解ってる。だったら……だったら……」
「ああ……解ってる。克樹の気持ちは解ってる……」
「だったら……」
「だからさ、怒鳴る事ないだろ?解ってるんだからさー。おばさんに断らせる事じゃないだろ?いつもの克樹の様に、穏やかにおばさんに言えばいいだろ?僕の事で怒鳴ったりするな、それはまだ互いに、解ってないからだと僕は思うよ。怒鳴るのはお前に弱い所があるからだ」
「解ってる!」
「ほらまた……」
水樹は笑顔を向けて言った。
「ムキにならなくたって解ってるからさぁ……克樹は僕の事だとムキになるよね?それは嬉しいけど、ちょっと違うよ。僕の求めてるものじゃない……。僕は可哀想でも哀れでもないんだ、僕は克樹達と同様に、いろんな物を背負って生きて来た。克樹達と一緒だよ、特別不幸でも不遇でも無い。そんなの皆んな背負ってる……大なり小なり背負って生きてる。克樹だっておばさんだっておじさんだって……だから僕の為に、大声出したり怒鳴ったり怒ったりするな」
「俺の好きなのはお前なんだ。なんでお前は俺の縁談で、平然としていられるんだ?どうして後継ぎの事を平気で言えるんだ?」
水樹は克樹の首に腕を回した。
「愛してるよ克樹……ただ愛してる……それだけじゃ駄目?」
「だったら、縁談がきてるって知って、平気な顔すんなよ……」
「えっ?」
水樹は真顔で顔を傾けて聞いた。
「少しは不機嫌な顔しろよ……」
「ふっ……」
「なんだよ……」
「だって克樹は、僕以外好きにならないだろ?」
「………」
「仮令、お見合いしてもさ……」
「ああ……」
「だから平気だ。もし克樹が結婚しても平気だ」
「だから俺は……」
「いつかまた、克樹は帰って来るだろう?」
「……………」
「高城に行く時言ったよね?三年待つ……って。そしたら一生克樹と暮らせるって信じてたから……それが十年以上経ったけど、克樹は僕の物になったろ?また、克樹が結婚したって、いずれ僕の物になる為に戻って来る……」
「馬鹿か……」
「だって、僕には克樹しかいないんだよ?知ってるだろ?」
「そんなの知らんかった……」
「じゃ、覚えとけよ」
水樹は克樹の耳元に唇を近づけた。
「お前だけだ……」
克樹はジッと水樹を見つめて、急に車を走らせた。
「今夜は寝れると思うなよ」
克樹は猛スピードで車を走らせた。
「何言ってんの?お前馬鹿か?スピード、スピード落とせよ」
水樹が慌てる様に言う。
「怒鳴るなって、お前が言ったんだぞ」
「マジで克樹バカ!あれはおばさんに……とにかくスピード落とせ」
「早く帰って……したい」
「いや、スピードは落とせ違反だ」
「水樹が悪い」
克樹は真顔で言ったが、水樹も真顔で克樹を見る。
嘘ではないが覚悟はある。
克樹の為ならば、再び待つ覚悟はできている。
従兄弟に戻る覚悟はできている。
あの会社は、水樹にとっては特別なものだ。
祖母が孫に残してくれた大切な家を売って、そして生き延びさせた。
克樹の父親と克樹が、精魂込めて大きくした会社だ。
あの会社があるから……だから水樹も頑張れた。
高城の家の子として恥ずかしくない様に努力する事は、水樹にとってはかなり大変な事だった。
神童……秀才の名を欲しいままにした、高城の養子という立場は、かなりの重圧だった。
それを頑張れたのは、あの会社が大きくなったから……。
潰れてもおかしくなかった克樹の父親の会社が、祖母の家のお金で持ち直し、そしてどんどん大きくなったから……。
あの会社は、祖母が居るのだと思わせてくれる。あの大きくなる会社に、祖母が居て水樹に希望を与えてくれる……そう思わせてくれるから、だから歯を食いしばって頑張った。
高城の親戚達に認めさせる事ができたのだ。
克樹はその夜は、言葉通り寝かせてはくれなかった。
しつこいくらいに水樹を求め、絶対に気持ちが揺るがず変わらずに掌中にすえおくと、確固たる意志を示す様に水樹を離してはくれなかった。
水樹はその気持ちが嬉しくもあり、そして辛くもあった。
子供の頃ならば、ただ一途に思いが通じればよかったが、大人になるといろいろな事が付いて回る。それが解って考えてしまう。
大きくなった克樹の父親の会社は、決して克樹とその父親だけの物ではなくなっているのだ。
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