第31話
水穂は予定日を、三日程過ぎて女の子を産んだ。
予定日には、直ぐにでも駆け付けられる様にしていた水樹だったが、当日は仕事の都合で駆け付ける事は叶わなかった。……ゆえに何故か克樹が駆け付け、写真を送る羽目になった
「不思議なものだ」
高城はガラス越しに、赤ん坊を見ながら言った。
「私はもはや、子供は望んでいなかったのに……」
「可愛いでしょう?」
「まだ分からんが……」
「そんなもんですよ。女性は腹に宿して、大変な思いで産むんだから、実感を持って育てるだろうけど、男は育てながら我が子と、実感を持つものみたいですよ」
「君も?」
「まあ……俺はあんたに呪縛されて、踠き苦しんでましたから……」
「ふふ……いい気味だ」
「はっ、厭なヤツ。相変わらずムカつく」
「呪縛は解いてやったろ?」
「あれで?」
「充分だろ?水樹の体内から、微かに君の匂いがするよ」
「嘘でしょ?」
「いや……以前の水樹の体臭とは違う。きっと君と水樹の匂いが、混ざり合っているんだ」
「……そんな事ばかり言っていちゃ、いけないお父さんですよ」
「君もそうだったろ?」
「まあ……今もそうですけど……」
高城は微かに力弱く、克樹の頭を拳で叩いた。
高城への感情が昔に戻っていく。
憧れと尊敬……。
愛しい水樹を、見つけてくれた感謝の気持ち……。
水樹は面会時間のギリギリに来て、残念な事に赤ん坊は見る事ができなかったが、元気にしている水穂を見て安心して帰って行った。
「赤ん坊の顔ってどうよ?」
水樹は、送られて来た写真を見ながら、ため息を吐いた。
「どうよって?」
「高城さん似なのかな?水穂似なのかな?」
「そんなの、もう少し経たないと解んねーよ」
「そうなの?」
「産まれた時は、皆んなあんな感じだからな。なに?お前、高城に似て欲しかったわけ?」
「ちげーよ」
「じゃあ、何だよ?」
克樹はさっきまでの、高城に対するしおらしい気持ちなんか、吹き飛ばして嫉妬する。
「ちょっと期待した……」
「はあ?高城かよ……」
「いや、意外と僕似かなぁ?なんて……」
「………???」
「ほら……僕大樹さん似じゃない?ちょっと有りかなぁ?って……」
「ばあか」
克樹は不機嫌極まり無く言った。
「お前に似ててみろ。俺が壊れてしまうわ!」
「はあ?」
「高城とお前の子供みてぇで、ムカつくだろーが」
真顔で言うから可笑しくなった。
「なる程ね……」
「最近ちょっと、高城と仲良くなった……」
「そうなんた?」
「それをぶち壊すみたいな事すんなよ」
「例えば?」
「高城を誉めたり愛してるみたいな……」
「馬鹿じゃねぇの?」
「ごめん……馬鹿だ俺」
克樹は大袈裟に言って、頭を抱え込む格好をした。
「水穂ちゃんが、お前みたいな女の子欲しいって、毎日お前の写真見てたって知ってるか?素子さんもお前みたいな子供欲しくて、叔父さんに罵倒されても産んだんだってよ……。何でかなぁ、あの香里もそういや言ってたよ……お前みたいな鼻とか目とか唇とか……」
「克樹が言うなら解るけどね」
「ばあか。お前は天使だよ……」
「何それ?キモくね?」
「大樹さんもだ……自分で産めない分、人が欲しがる物を持ってんだ。今度は何処に行くのかな?」
「………?」
「誰もが羨むこの美貌……」
克樹が水樹の頰をさすると、水樹は照れて克樹の手を払った。
「馬鹿ばっか言ってんじゃねぇよ」
水樹の赤くなった頬が可愛かった。
さて、水樹があんなに夢中になっていた水穂の赤ちゃんだが、母子共に無事退院して、克樹の母の美奈子とお祝いに行ってから、まるで憑き物が落ちた様に水穂の所に行かなくなってしまった。
あんなに小まめに通っていたのに、何かあったのかと訝しく思う程だ。
「何故って?」
水樹が家政婦の野村さんを、水穂の所に貸し出しているものだから、ポテトグラタンを作りながら、考える素振りを作って言った。
「……だって、水穂は育児に大変だろ?僕が毎日行って邪魔してもさ……。なんか克樹と高城さん似てるよね?」
「馬鹿言うなよ。あんなエロロリ」
「だって高城さんからも連絡来たもんな。何故来ないんだって?」
「全くあいつぁ、お前の顔見たいのかよ?子供ができたっていうのに?」
「それは無いよ。高城さんは今凄く忙しいらしいから、毎晩午前様らしいよ」
「じゃ、水穂ちゃん大変だろ?」
「うん。だから野村さんに行ってもらって、凄く助かってるって。それに素子さんが暫くは一緒に居るからね」
「じゃあ……」
「本当は赤ちゃんの顔見たら、なんかよくなった。やっぱり水穂か高城さんにしか似ないんだなぁ……」
「ばあか」
克樹は水樹の頭を抱え込んで、髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回した。
「前にも言ったろ?お前の顔は水樹だけで充分だって。その内どこかに誕生するかもしれないけど、俺はお前だけでいい……水鈴の目元が、ちょっと似てるだけで充分だ」
「えっ?そうなんだ?」
「うーん俺の願望と親バカか?一部でも似てりゃ、俺は満足だ」
「そうか……」
水樹は一瞬黙って克樹を見た。
「この間の女性……お前の子供できたって……」
「……じゃないだろーが?嘘つき女だったろーが」
「はは……そうだった……なんか、克樹は絶対産ませなかったけど、ちょっと考えちゃったんだよなぁ……」
「いや、だから……お前が居たら絶対あんな事は……」
「……じゃなくて、お前の子供はきっと可愛いだろうなぁ……ってさー。愛せるかとか育てられるとかそんなの無いけど、ちょっと思ったんだよなぁ。お前小さい時からカッコ良かったもん……だけど、赤ちゃんはやっぱり親にしか似ないんだ……それに、克樹がそう言うから、だから水穂の所行く気失せたんだよね」
「俺で左右されるって、かなり惚れてんな?」
「馬鹿か?」
「いやいや……」
克樹のにやけた顔が可愛い。
そう思うこと自体が惚れた弱みだと……そう思う。
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