第29話

「奥田君が葵さんに恋?」


さすがに黙っているわけにもいかずに水樹に話すと、水樹は予想通りの反応を見せた。


「葵さんって男だよ?奥田君知ってるのかな?」


「あの奥田がそんなドシ踏んで、寝込む訳ないだろ?」


「ああ……確かに……でも、恋煩いなんて……一番有り得ない人だよね?」


「どうする?葵さんに言っておくか?いずれ奥田家が動くとかなりヤバイぞ」


水樹も奥田家を知っているから、慌てて葵さんに連絡を入れる。


「奥田君?」


葵さんの明るくおっとりした声が、水樹のスマホから漏れてくる。


「何度か会ったよぉ」


「えっ?何度か会ってるんですか?」


「うん。土地とか見に来たんよぉ。柴犬のしばちゃんと……」


「し、しばちゃんとだけですか?平林君って人は?」


「平林君?ううん、一人と一匹だったよぉ。僕より若いのに、そりゃしっかりした子じゃのう?」


「それで?どんな話しをしたんです?」


「そりゃ、土地の事だったよ。とにかく聞く事聞く事なんでも知っておって、もう吃驚したんよ。畑とかにも興味あるらしくって、一緒にしたいって言われたんよ」


葵は意外と、楽しそうに話しをしている。

恋云々ではないだろうが、を別に悪く思っていない事は確かな様だ。


「それで奥田君は元気かいのぉ?よく連絡くれてたけど、ここのところ既読もしてない様だし、少し心配しとったんよぉ」


「あ……奥田君実は熱を出してて……」


と言って水樹は慌ててしまった。

まさか葵に恋煩いしてて、寝込んでいるとは言い難いが、と言って奥田家が動いたらもっと困った事になる。

と言って、葵に言ったところで、逃れ様が無い様にも思える。


「そりゃぁ、大変だねー」


葵は心配そうに言った。


「葵さん、奥田君は葵さんが、好きみたいなんです」


「ああ、なんかそう言ってくれたんよぉ」


「えっ?」


あっさり葵が言うものだから、水樹の方が唖然としてしまった。


「そう言ってくれてのぉ、一緒に畑やりたいと言われたんよ」


「そ、それで葵さんは、何て言ったんですか?」


「そりゃ、一人でするより二人の方が楽しかろう?」


「……って言ったんですか?」


「うん」


「そしたら奥田君何て?」


「なんか、凄く考えこんどったよぉ」


「あの……葵さんは、どういうつもりで言ったんです?」


「どうもこうも、畑を一緒にやる事じゃろう?」


「そうなんですけど……じゃ、じゃあ、奥田君が葵さんを、好きというのは?」


「好きと言われて、嬉しく無い人間はおらんじゃろう?僕もあんなに賢い子は好きだよぉ?水樹君同様弟みたいな……」


「……って言ったんですね?」


「うん……そしたら、ちょっと考えこんどったのよぉ。弟みたいな、なんて失礼だったかいのぉ?えらい財閥の御曹司さんに……」


「……では無くてですね……奥田君は葵さんが好きなんです」


「うん。知ってるよぉ」


「……じゃなくてですね、恋してるんです」


「……???」


葵は言葉を失った様で、黙ってしまった。


「あ……葵さん。厭ならどうにか、僕達が話してみますから……奥田家はそりゃ物凄い家ですけど、克樹と僕は友達だから、葵さんの気持ちを言えば、きっと解ってくれると思うんです。だから……」


「うーん。水樹君、奥田君は僕に恋して、どうしたいんかのぉ?」


「えっ?」


「結婚相手とは、思っておらんじゃろぅ?畑を一緒にやるんだったら、それでいいんじゃなかろうかのぉ?」


「葵さん。好きな人とは、もっと欲が出てしまうと思います」


「欲?」


「愛し合いたいとか、抱き合いたいとか……つまり……」


「うん、解るよぉ。僕が言いたいのはその先さ……。そんなの引っくるめてのその先さぁ……」


「一緒に暮らしたいと思いますよ」


「じゃ、一緒に畑をやればいいんだねぇ?」


「ああ……そうですね……」


「しばちゃんと一緒に畑をやればいいんじゃろう?」


「そうですね……。奥田君は今、葵さんの気持ちが解らなくて、恋煩いしちゃってるんです」


「恋煩い?またまたどうして?」


「奥田君は、あんまり恋愛経験が無いから……」


「そんなの、僕だって無いよぉ。水樹君はあるの?」


「僕も無いです。今がいっぱいいっぱい……」


「そうじゃろう?皆んなそんなに無いよ……。でも、克樹君はいい子じゃけん、上手い事やれると思うんよ。水樹君は苦労したろう?大事にしてもらいんさい」


「葵さん?」


「僕はいろいろと疎い方じゃが、こういう事は解るんよ。僕と水樹君は似とるからのぉ……育った環境が悪かったからかのぉ?結婚はできん思うんよ。その代わりその他の固定観念は無いから、上手くやれると思うんよ。……無いと言うより、違う何かを求めているのかもしれないね」


葵の言葉は今までの水樹の中にあって、とても頑なに固まっていた何かを、溶かしてくれる様な気がした。

……そうだ、自分だけではなく、きっと誰もが背負っているものが、一つや二つあるのだ。自分だけが不幸でも無いし、辛い日々を過ごした訳でも無い。

そしてそれに縛られて意固地に、何も知り得ない他人と比べても仕方がない事だ。

人は大なり小なり、いろいろな経験を経て大人になっている。

自分の人生に、負い目を持つ必要は無いのだ。

心底を知り得ない他人と比べて……。

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