第27話

もどかしい日々を送っている克樹に、母美奈子から電話が入った。


「また熱海から縁談?暫くは従兄弟水入らずで暮らすつもりだって、伝えろって言っただろう?」


ここのところの不満もあって、少し強い口調で言う。


「そうなのよ。私もそう言ったんだけど、確かにお義姉さんの言う事も正しいのよ……だけどね……」


「ここのところ、幾つ話しを持ってくりゃ気がすむんだか……」


「確かにね……私もウンザリなんだけど、克樹はまだ若いんだから、いくら弟の様だからって、水樹の面倒なんて……」


「そんなの俺の勝手だろ?母さんも言いたい放題言わせておかないで、ピシッと断れよ」


「そうなんだけど、私もあんたの事を考えると、やっぱ……」


「ああ……とにかく暫く結婚は、考えてないって断って……」


克樹はそう言うと、話しを終える間も無く切った。

ここのところ急に、否以前から少しずつは有ったが、ここへ来て毎週のように縁談の話を持ち込んで来るのは、父公輔の実家熱海の藤沢からだ。

昔は旅館をやっていたという藤沢家だが、遠の昔にやめてしまい、いろいろと事業に手を出しては長続きしない。

実家は父の兄が継いだが、その当時は何をしていたのか、克樹が知る由も無い。

ただ、父は単身でこっちの建設会社に就職し、なかなか才能があったのか自分で会社を興して、暫くは順調にやっていたが、いろいろと建設業界が厳しい時に、大手会社に煽られて二進も三進もいかなくなって、克樹達の運命が狂った。

その時に、母が祖母の遺言書を隠して家を売る様な、そこまで追い詰められていたにも関わらず、父の実家の熱海は何もしてはくれなかった。

……にも関わらず、水樹の犠牲で会社が盛り返すと、こちらの景気の良さをいい事に、同様に会社を興し父から仕事を回して貰って、かなり甘い汁を吸っている様だ。

母はなぜか決して熱海の愚痴は零さないが、克樹にもいろいろと耳に入れてくれる人脈はあるから、熱海の所業は全く居つく事も無く、転々と地方に仕事をしに回っていた克樹ですら知っている。

そんな、恨み事はあっても親しみもありがたみも無い、親戚というだけの名ばかりの遠い親類に、今更の様に親戚面をして、それも克樹には余計な事でしか無い、縁談をことごとく持ってこられては、不機嫌極まりない今でなくても怒りたくなるというものだ。

まして今は、水樹に構ってもらえないから、苛立ちが激しくて不機嫌極まり無いどころか、何かに当たって無いと気が済まないところ迄きている。

高校生の時に、母の所業を知って荒れに荒れて、母を傷ついた事があるから、水樹を捨てる様にして逃げ帰った時から、母に対しては気を遣って優しく接して来たので、今日の八つ当たり的な不機嫌な言い方は、自分でも反省しているが、水樹をやっと手に入れた現在、何人たりといえども余計な事をして欲しくは無い。それが縁談ともなれば尚更の事だ。




「えっ?今度の休み、おばさんの所に行かないの?」


水樹はパソコンを見ながら言った。


「暫く水穂ちゃんで忙しいだろ?何かあれば俺が行くから、お前は水穂ちゃんの所に行ってやれ。母さんもそうしろって……たった二人の兄妹なんだし、お前達は世間の兄妹とは違うんだから……」


「あー、うん。ありがとう……。実は高城さんが忙しくなっちゃって、素子さんもご両親の所に行く用事ができてさ、ちょっと水穂が寂しいだろうと思ってたんだ……」


「えっ?高城はいいにしろ、素子さんのご両親大丈夫なのか?」


「大丈夫なのは大丈夫なんだけど、お父さんが骨折しちゃったらしい。様子を見にね……。出産はまだ先だけど、遠出は高城さんの手前させられないからさ……。なんせ高城家本家の初孫だからさー」


「なんだかんだと、高城は過保護だよなぁ」


「大事に思ってくれてる……凄くありがたいよ」


水樹はそう言うと、克樹に意味ありげに微笑みかけた。


「久々に頭洗ってやろうか?」


「はぁ?頭なんか……」


克樹は言いかけて水樹を直視した。


「うん……」


そう言うと徐ろに水樹の傍らに座った。


「その前にさ……」


克樹は真顔で水樹の顔に顔を近づけて、唇を合わせながらパソコンを閉じた。

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